涙。
………ずっと認められなかった。
それすら裏切りだった。
でももう、言える。
きっと言える。
願えば、いくらでも好きなだけ。叫ぶことが出来る。
それがこんなに、胸にくるんだ。
だから。
今更なんて、言わないで欲しい。
聞こえるか………?
苦しいくらいに本当は。
本当は。
お前達を、愛してた。
なあ。
嬉し泣きなら、してもいいのかな…………
+++ +++ +++
サンジはゾロの耳元に唇を近づけて、囁いた。
それから………ゆっくりと身を離す。
左足を、後ろに踏み出して。
右足がそれに続いた。
そのまま、地面を蹴って。
仰向けに体を投げ出した。
その身を支えるのは…………蒼い蒼い、空。
その姿は、壮絶に綺麗だった。
「………Do you understand?」
その時の彼は。
自分の知る。
その、まんまの。
気障で。
皮肉屋で。
いつも、人を小馬鹿にして――――
笑っていた、あの場所。
想い出した。
それが。
どうしようもなく。
胸に、落ちて。
光が破裂する。
落ちていくその影を、隠すように。
+++ +++ +++
『俺が』
『本当に望んだこと』
『本当になりたかったもの』
『この地の砂の、砂の底』
『あかいあかい泉が』
『蒼く』
『透明に』
『なったら』
お前達を、愛していた。
『そしてずっと』
『ずっと』
『側に………………』
+++ +++ +++
「あ……………」
固い、寝台の上。
ウソップはそろりと身を起こした。
チョッパーは、まだ帰らない。
何か、あったのだろうか。
そう心配して、昨夜は一睡もできなかった。
動かないこの身が、歯痒くて。
―――アイツは、今頃何をしているだろう。
ウソップは目を閉じた。
ひそり、と。
耳元で誰かが、何かを囁いた気がした。
静かで穏やかな、声で。
ぽたり、とシーツの上に音が落ちる。
ウソップは手のひらでごしごしと頬を拭った。
ぽたり。
ぽたり。
その手をまじまじと見つめる。
わからなかった。
ちっとも、わからなかった。
「なんで、涙が出るんだ………?」
+++ +++ +++
一瞬。
蒼い光が、視界を全て覆う。
チョッパーは思わず息を呑んで、傷口を消毒する手を止めた。
その場にいる全員が、無言だった。
耳を澄ませた。
綺麗な―――とても綺麗な、澄んだ音がする。
もうずっと長い間、聞いていなかった音。
「…………っ!?」
飛び出しそうな心臓を、やっとの思いで押さえ込む。
ざわり、と南軍兵士達に波紋が広がった。
矢傷の手当を待っている者も、無傷だった者も、皆がその音を聞いた。
そしてその蒼に、視線をさらわれて。
その為―――先程治療が済んだばかりの黒髪の少年の黒い目から。
静かに、透明な雫が流れ落ちた事に気付いた人間はいなかった。
チョッパーの背後に、視線が集中する。
彼の鋭敏な鼻は、もうその音の正体を掴んでいたけれど。
信じられなかった。
彼の蹄を、澄んだ液体が冷たく濡らすまで………チョッパーは動かなかった。
それからゆっくりと、振り向いた。
+++ +++ +++
コーザは静かにナミの手を取った。
傷ついた指に触れ、立ち上がらせる。
原形をとどめていない衣。腫れた目。
もう………彼女が緋陽だと言っても、誰も信じないだろう。
赤い髪の少女は毅然とした態度で、真っ直ぐに立って見せた。
血と泥で汚れた頬は、彼女の美しさを損ないはしない。
真っ直ぐに。
見つめる。
そして無言で歩き出す。
コーザはその後に続いた。
崖のふちまでいくと、ナミは立ち止まった。
そのまま、しばらく微動だにしなかった。
見えるのは、一面の蒼。
太陽の光が水面に反射して、金色に光る。
「綺麗ね…………」
じっと、その風景を見つめ続ける。
たなびくその髪とのコントラスト。
彼女を含めて、それは一枚の絵だった。
ずいぶんと長い間、二人はそこに立ち尽くしていた。
ふと、柔らかい風が通り過ぎる。
何かを思い出させる、その感触。
ナミは出来の悪い子供を叱るような口調で、呟いた。
「私の力まで、持っていっちゃった」
「……………………」
「もうきっと緋陽の術は、使えないわ」
それから彼女は振り向いて、コーザを見上げた。
「泣いてるの…………?」
変わらない、表情。
苛烈な眼光を宿す瞳。
コーザは後から後から流れ落ちるその雫を拭わずに、立ち尽くしていた。
「これは俺の涙じゃない…………」
一緒に、連れていってはくれなかった。
「裏切り者」
天を仰いで、コーザはそう呟いた。
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