幻。




おまえには、きっと。
きこえないと。

おもっていた。



+++ +++ +++



コーザの長刀が………からん、と地に落ちた。

コートの裾がゆっくりと翻り。
彼はその場を退いた。

サンジはずっと、ゾロの顔を見ていた。

エースの剣と重なるように、自分の左胸に突き刺さった――――



折れた、小太刀ではなく。



+++ +++ +++




自分の為にあるわけではない、乾いたこの世界で。

とてもとても、ちっぽけで。
たかだか数十年の命を。

惨めに、のたうちまわるその姿。

全ては風と、砂とになって消えていく。
手のひらをすり抜けて、どこかへ。

それを何故か。
一生懸命、全てを賭けても、押しとどめようとするんだ。

月を欲しがる子供のように。

無意味だと。
愚かだとわかっていても。

その為だけに、今ここにいる。



風が吹いて。
砂が荒れて。
それだけで。

ただ、それだけで。



そして。

誰にも知られず。
何も残らず。


消えて。


どれ程の哀しみも。
どれ程の痛みも。



忘れ去られるこの世界。








でも。

ここに、いたから。





あなたに、逢えた。





+++ +++ +++



きらきらと、何かが飛び散って、光った。
サンジの体は、薄く透けているように見える。
ぼんやりとした輪郭。

サンジの蒼い目が、綺麗に細められた。

「やっぱり………あったな、三度目」

いつかのあの夜の、宣言通り。

「悪ィな」

胸から流れ出す液体は、透明で。

「最期まで、お前を苦しめた…………」

ぽつり、ぽつりと砂の上にサンジの言葉が落ちた。
岩の上に落ちる、色のない雫。

金髪が、日に照らされて。

ゾロの手に握られた小太刀は。
もう、その役目を終えた。

突然。
言葉が、溢れて。

「馬鹿野郎」

ゾロはそう言ってやった。

「こんな、醜い鴉にでも」
「馬鹿野郎」
「救いは、あるのか」
「馬鹿野郎」
「ありがと………な」
「馬鹿野郎っ…………!」

サンジは少し、戸惑ったように微笑んだ。
ほんの少しだけ、躊躇って。

「な……ちょっとだけ…………」

恐る恐る、問いかける。

「テメェに触っても、いいか…………?」

サンジは、ゾロの頬に手を伸ばした。
いや……伸ばそうとした。

もう持ち上がらないそれ。

…………喉が詰まって、何も言えなくて。
ゾロは自分から、サンジの手を取った。

引き寄せる。




崩れかけた指先が。触れた。




「テメェ………なんか、優しくねぇ?」

「俺のために………泣いてくれるのか…………?」



暖かい、涙。



そう、ずっと知ってた。
実は優しいんだよな。

全然似合わねぇくらい、優しいんだよな………


「……………なんだよ」


サンジは抱きしめるように、胸を押さえようとした。
実際には、肩が少し痙攣しただけだったけれど。

こぼれ落ちる、のは。

「なんだよ?これ………」
「こんなん、いいのかな………」

困った顔で、見上げた。
溢れて、止まらない感情。

「俺が、こんなん感じていいのかなあ………?」

首を傾げて。
子供のように繰り返す。

「なあ、何て言うんだ、これ……?」




そんな言葉さえ、知らなかった。




「スゲェ、しあわ…………」






『俺』を。

愛してくれ。







        希。 涙。 NOVEL