冷。




「敵…………?」

 いぶかしげなサンジの声に、ゾロがはっ、と自分を取り戻す。
 サンジと、目が合った。
 そう、何かの間違い―――


「今更」


 かくて、望みは打ち砕かれる。

「何を言ってるんだ?もしかして、そいつはまだ気付いていなかったのか」
「サンジ………もう言うな」
「何故?エース、聞かせてやればいい。俺がどんな奴かを」
「サンジ!」

 サンジの声。エースの声。

「冥土の土産に」

 ゾロの瞼の裏が、かっと赤くなった。

「お前が…………!」

 掴みかかろうと、二、三歩歩く。
 すぐによろめいてしまったが。
 がらがらにしわがれた声が、のどの奥から絞り出される。
 胸の傷が、どうしようもないほどに疼く。

「お前が、全部指揮してたのか」
「この戦争も、お前が仕組んだのかっ!?」

 ゾロは叫んだ。
 聞く側の方が胸を叩かれるような、声。
 激怒と、憤怒と……わずかな哀願を混ぜたたような声。

 そして、反対に。
 何の起伏も見せない声。

「そうだな、裏で糸を引いていたのは全部俺だよ」

 ――――理由もなく、信じていた。
 裏切らないと。

「は…………」

 乾いた笑いが突き上げる。
 ゾロは狂ったように笑った。

 ただ。
 それが当然の如く、今更、確認なんて必要ないくらい。

 信じていた。

 それに理由なんて、要らなかったのに。

「は…………はは」

 エースは、哀情のような、激情のような、どちらとも付かない顔でゾロを見ている。
 サンジは、ただ単に、眺めていた。

 その辺りの風景を見るように。
 微笑みすら、浮いていない。

 笑いながら、ゾロが呻いた。

「ぬけぬけと」
「平気な顔して………嘘ついてたのか」
「スゲェよな」
「アレが、演技だったなんてな」

 嘘だと言ってくれ。

「――――何か、期待しているのか?」

 純粋な疑問が、そこには含まれている。
 皮肉でも、ないのかも知れなかった。

「テ、メェ……………!」
「知っていたか?」


「俺は、お前達を憎んでいる」


 ずぐ、と何かが心臓を突き刺す。
 傷の痛みと熱。心と体。その青灰色。
 ゾロを痛めつける全て。

 サンジの瞳に、ようやく変化が見られた。
 薄く鋭い、冷たい。

 殺意。

 ………その瞳にそれが混じるのが、嫌だった。
 だから、ここには連れて来たくないと思った。

 あの、時。
 あの時から、それほど時は過ぎたろうか?


 この世界は、何か間違ってやしないか?



「俺の民を殺したな」

 その言葉と共に、じり、とサンジの左手があがった。
 煌めく刃と瞳。どちらも、冷えている。

 ゾロの手が、震えた。
 そろそろと、何かを掴むように動く。

「何でだ………?」

 誰も、答えるもののない問い。
 それでも言いたかった。

「お前、俺の国にいたよな……?」
「少しでもいたよな?」
「飯、喰わせてたじゃねぇか」
「北の人間がみんな」
「どんなに必死で生きてるか、知ってるじゃねぇかよ!?」

「………………………ゾロ」

 エースが、ゾロから目を離した。
 彼には、サンジがどう答えるかが予想できていたから。
 辛かった。
 こんな事に何の意味があるのか。

「だから?」

「それが俺に、なんの関係がある?」

 ほら。やっぱり。



+++ +++ +++



「ああ、あの国を見て、わかった事もある」
「余裕なんか、全然ないんだな」

 飢える人。乾く人。
 奪い合い。砂と風。

 サンジはうっすらと微笑む。
 辺りの温度は驚くほど高い。エースとゾロの背後で、野営地が燃えているから。
 辺りの空気とは、裏腹。

「自分の事だけで手一杯だろう?」
「他人の面倒まで、見ていられないだろう」


 だったら、奪うしかないじゃないか。


 だから。

「――――お前達、ここで死んでくれ」

 気軽にそう言うと、サンジは小太刀を構えた。

「……………………………」

 ゾロは、動けない。手ひどい怪我を抱えている。
 サンジ相手に―――もしも例えそれが雑魚でも、戦えるような傷ではない。
 エースも、足が動かない。

「苦しまないように送ってやる」

 ゾロには、サンジの台詞はもう聞こえていないようだった。
 何も見えてはいないのだろう。

 そしてエースは………静かに言った。

「サンジ…………取引をしよう」
「時間稼ぎか」

 サンジの殺気は衰えない。
 エースはかまわず言葉を繋げた。

「攻撃を止める」

 小太刀の先が少し、揺れた。

「…………………何?」
「今、この野営地を攻めているウチの兵を退かせる」
「……………………………」
「………今のオレ達じゃ、お前に殺られる事は確実だが………」

 脈ありと見て、エースは決定的な台詞を紡ぐ。

「被害は、そっちの方が多く出るぜ?」

 数秒の沈黙。
 答えは、呆気なく返された。

「…………………何を望む?」
「お前」

 ぴく、とゾロが身じろいだ。

「……の身柄の、拘束」
「―――捕虜になれと」
「そうだ」

 すっ、と小太刀の先が、地面を向いた。
 サンジが返事をする為、口を開きかける。
 だがそれは、ゾロの呟きによって遮られた。

「だめだ」
「ゾロ?」

 エースがいぶかしげに振り向く。
 そんなものはもうゾロの目には入っていなかったが。

「捕虜?冗談じゃねぇよ………」

 昏い、昏らい昏らい。
 エースの顔が、初めてひきつった。

「斬る」

 それを聞いて―――サンジが、初めて声を上げて笑った。

 朗らかに。





          集。 狂。 NOVEL