噂。




「オマエら………見てると面白いぞ」
「見せ物じゃネェっ!」

 後ろからかかったからかうようなエースの声に、ゾロは突っ伏したままでうなった。自分でも自覚があるだけに、指摘されると腹が立つ。
 ふてくされているようなゾロを指さして、サンジが言った。

「エース、このマリモ………砂漠で脳味噌溶かしちまったんじゃねェのか?それとも俺が知らねェ病気でも持ってんのか?」
「病気っつーかな………ま、この俺が通訳してやるよ」
「通訳?」

 聞き返すサンジには答えず、エースはひらりとカウンターを飛び越えた。
 呆気にとられるサンジを後目に、カウンターの中に設置してある貯蔵庫を開ける。

「あっ、テメ勝手に………!」
「ホラ」

 エースは溜息を吐いて言った。
 貯蔵庫の中に手を突っ込み、中のものを取り出す。

「こりゃ何だ?」
「…………見てわかんねェのか」
「塩だろ」
「わかってんなら――」
「コレは?」
「……………イースト菌」

 エースの言いたいことがわかったらしく、サンジはこれ以上ないほどの仏頂面で答えた。

「お前は塩とイースト菌で生活してんのか。パン生地じゃあるまいし」
「………試しに喰ってみるか?パン生地より相性が合えば、腹が膨れてくるかも知れねェぜ」

 開き直ったサンジの台詞に、エースは肩をすくめた。
 貯蔵庫の扉を閉じ、サンジに向き直る。

「………………そんなヤサグレた非行少年みたいな顔すんなよ」
「誰が非行少年だっ!」

 エースはなだめるようにぽむぽむとサンジの肩を叩くと、カウンター越しに頭を引き寄せた。そして優しく言い聞かせるように言葉を繋げる。

「あのな………オマエが腹すかしたヤツを放っとけねェ、て気持ちは判るし、それがオマエのいいトコだし、俺の好きなトコだ」
「…………………………」
「だけどな、ちょっとは自分の身体のことも心配しろ………見ろ、こんなに痩せちまってるじゃねェか」
「…………………………」
「オマエが人に優しいのはわかるし、コックとしての意識も大事だ。だけどな、オマエがそれで身体を壊すようなことがあったら、俺は後悔してもしたりねェだろうよ」
「…………………………」
「だから…………俺の為にも、あんまり心配かけさせないでくれ………」
「…………………………エース」

 しんみりとしたエースに、サンジがおずおずと声をかける。
 するとエースは顔をあげて、

「――――というのが、ゾロの正直な気持ちだ」
「俺のかよっ!!?」



+++ +++ +++



「素直じゃねェなァクソ剣士。いきなり体重なんか訊くから何かと思ったじゃねェか。レディに言ったらセクハラだぞ」
「阿呆かオマエはっ!誰がテメェのことなんか心配してるかっ!」
「………イヤだからゾロ、オマエそれ墓穴深くしてるだけだって………」

 呆れたように呟くエース。
 サンジはニヤニヤと笑いつつ、カウンターを飛び越えて戸棚の一つを開けた。

「しょーがねェなァ。ここは一つ、『エースの』帰還祝いにとっておきのヤツ一つ開けるか………今はもう、酒だって貴重品なんだぞ?」

 ボトルを一つとグラスを三つ、戸棚から器用に取り出したそれを、優雅な手つきでカウンターに並べる。
 そんなサンジに、店の隅から声がかかった。

「―――コックさん」
「あ?なんだよジイさん」

 ふと顔をあげ、愛想の欠片もない様子で目の前に立つ老人へと目を向ける。
 老人は神妙な顔をして、

「とても美味かったよ…………ありがとう」

 と、舐めたようにピカピカになっている皿をサンジに手渡した。
 サンジはそれを見て、にやりと唇をつり上げる。

「そりゃどーも」
「この恩は…………」
「三歩で忘れろ。丁度、新作メニューの味見役が必要だったんだよ」

 ひらひらと手を振るサンジに、老人は小さく微笑むと、ぺこりと一礼してエリカを出ていった。
 それを見たゾロがぼそりと呟く。

「……………このカッコつけ野郎が」
「ああん!?ケンカ売ってんのかダサダサハラマキ!」




 サンジが『エースの』祝い酒、と念を押した酒は、けっこうな上物で、それをちびちびと飲みながら、三人はとりとめもない会話を交わしていた。
 ふと、エースが思いだしたように口を挟んだ。

「なあゾロ………さっきの話、どう思う?」
「さっきの?」

 ゾロが答えるより早く、サンジが首を傾げた。
 エースが、茶目っ気を含んだ笑みをサンジに向ける。
 ゾロが溜息をついた。

「ん?俺とゾロが、死ぬかも知れないって話v」

 さらり、とにこやかな顔で言い切ったエースに、サンジの唇からぽろりと煙草が落ちる。青灰色の瞳がまん丸になるのを満足げに見つめるエースに、呆れたようにゾロが台詞を補足した。

「……………正確には、殺られるかも、だろ」

 そう言ってマイペースに酒を飲むゾロを、サンジは立て掛けてあったまな板で殴った。

「うがっ!?」

 目はエースから離さず、そこまで気にしていられないのか全く手加減がない。
 ゾロは一瞬でカウンターに沈んだ。

「――――どういう事だ、エース」
「イヤ、オマエゾロの事心配しろよ………かなり理不尽だったぞ、今の。意味もわかんねェし」

 まな板の角でで殴られたゾロは、声も出せずにもがいている。
 サンジはそれには目もくれず、エースを問いつめた。

「どういう事だよ。また……緋陽が出る戦に送られるとか?」
「それはまだ予定にはねェけど」
「じゃあ何だよ、アンタと、この生命力だけはプラナリア並みにあるマリモが殺られるかもって」
「そのプラナリア並みはオマエのまな板で死にかけてるぞ」
「元気に動いてる」
「コレは動いてるっていうか………痙攣っていうか」
「そんなんたいして違わねェよ」
「―――――違わねェワケがあるかァっ!このクソアホコック!」

 がば、と起きあがったゾロに、サンジは冷たい視線を送る。

「ホラな、元気だろ?」
「…………ちょっとゾロが可哀想になってきたなァ、俺」



+++ +++ +++



 エースが語ったのはこんな話だった。
 戦が始まる少し前、王宮の出入りをしている将軍が何者かに殺されるという事件があった。
 通り魔、という事で問題なくその話は処理された。
 戦が始まって少し経過してから、今度は街の視察をしていた文官が、建築材の下敷きになって死んだ。以前の事件との関連性は、全く指摘されなかった。
 ところが、戦が本格化してきた頃から王宮関係者が事故に遭うことが多くなってきた。これはどうも偶然ではない、と思っていたのだが、エースとゾロが戦に出ている間に――つまりここ最近――将軍が殺される、という事件が多発しているのである。
 どう見ても、暗殺。
 つまり、北の戦力を殺ぐことを目的とした者が、都に潜入しているのだ。しかも、頻度と方法から見るに、なりふり構わなくなってきている。捕まることも恐れず、堂々と。

「――パニックになられちゃ困る、ってんで、狙われる可能性のあるヤツにしか王も話を通してない。でもいくら何でも、これだけ頻繁に将軍が死ぬんだ、みんな不審がってるみたいだけどな………ま、その点で言っちゃ俺やゾロなんかは結構ターゲットなんじゃねェかと思うんだけど」
「………………へぇ」

 サンジがぽつりと呟いた。目を伏せ、煙草をくわえ火を点ける。
 ゆっくりと煙を吐き出した。

「――――そんなコト、俺みたいな一般人に話していいのかよ………?」
「いいや、俺はサンジを信頼してるしな?ま、噂ってコトにしといてくれ。それに心配してもらえるかと思ったし」
「するか、んなモン。テメェらが『きゃ~殺されるぅ~』ってタマかよ。向こうだって、少しでも考える頭があるなら狙って来ねェだろ」
「それがなァ………結構手強いらしいんだ、コレが」

 エースの言葉を、ゾロが静かにつなぐ。

「クロが腕を一本取られた………得意の抜き足で逃げ切ったそうだが、全く歯が立たなかったらしい」
「あの『百計のクロ』が………?」

 呆然と呟いたサンジが、ふと我に返ってゾロを睨む。

「―――テメ、実は楽しみにしてるだろ」
「……………………」

 ゾロは否定せず、無言で酒をあおった。

「………この戦闘キチガイ!それでどっかの路地で冷たくなってたりしたら指さして笑うぞコラ!」
「うるせェ。なるか」
「テメェの墓には『緑化運動推進派』って彫ってやるからな」
「するな!」
「『緑を大切に』?」
「問題はそこじゃねェっ!!」
「ワガママだな、マリモの分際で」
「つまり………テメェは俺を怒らせてぇんだな」
「サンジ、流石にゾロの血管切れるぞ……死ぬんだったら、そっちの方が可能性は高い」

 ゾロとサンジはそのまましばらくぎゃいぎゃいと騒ぎ、エースはそれを肴にぱかぱかと酒を飲んだ。
 その後は、仕事が終わったルフィが乱入してきた為、その話はそこで終わった。




        乏。 緋。 NOVEL