響。
「――――つまり、緋陽の力は本物だと言うのか?」
「はい」
玉座に腰掛けた北の国の王。
エースとゾロは一段低い場所に立ち、今回の戦の報告をしていた。
「我らの優勢かと思った途端、突如として暴風が巻き起こり、隊全体が岩のつぶてに晒されました。偶然ではないと思われます」
「ふむ…………」
「―――第二隊、第三十九隊共に約半数が死亡。無傷の者は一人もおりません。奇襲により、相手と距離を詰めていなければ全滅の怖れもありましたでしょう」
エースの言葉に、ざわ……、と居並ぶ文官達に動揺が走った。
切り札とも言うべきエースとゾロが組んで出陣したのに、追い返すのがやっとだったとは。
「どういたしましょう………!」
「緋陽の術は防げないのでしょうか…………?」
「次の戦はどうやって…………」
「静まれ」
低い声で北の王は呟いた。
眉間に深い皺を寄せ、何事かを思案しているようだ。
「ご苦労。そなた達でなければ噂の正否も掴めずに戦いが終わっていたに違いあるまい。緋陽の軍にそれだけのダメージを与えただけでも、手柄と言って良いだろう」
「………………………」
ゾロは黙って、両足に力を込めた。
エースもじっと王を見つめて言葉を発しない。
無礼とも言うべきその態度だが、王は彼等の心のうちを理解しているようだった。溜息を吐いて慌てふためく臣下を眺める。
「もう良い。皆、下がれ」
その言葉に、謁見の間にいた大臣、文官などが静かに退場していく。
その肩は心持ち落ち込み気味で、ただいまの報告がよほどのショックだったことを示している。
ゾロとエースも一礼し、その場を退出しようとした。
その背に静かに声がかかる。
「エース、ゾロ。そなた達はいましばらくここに残れ。………話しておかねばならぬ事がある」
苦渋に満ちたその声に、ゾロとエースの足が止まった。
+++ +++ +++
「ポートガス隊長ーーーvvロロノア隊長ーーーーvv」
謁見の間を退出してすぐ、張り切った大声が響いてきた。
「「……………………」」
ゾロとエースは顔を見合わせて巨大な溜息を吐く。
ただでさえ頭の痛い相談を受けた直後に、このテンションに付き合わされるのは勘弁して貰いたい。
「アーンタ達ィ、もーしかしてあちしに会わないまま、退出しようってんじゃなーいでしょーねーいっ?」
(………出来ることなら)
(……………頭痛)
「遠慮しなくていーいのよーう、疲れたでしょーお?ちゃーんと食事の用意がでーきてるわよーうっ!?ベッドもちゃーんと整えておいたからねーいっ!付き合ってあげたいのは山々なんだけどーう、あちしのカラダはひとつしかないから、添い寝は諦めるのよーうっ!あちし、どっちか一人だけなんて選べないのよーうvごめんねーい、罪深いあ・ち・しvを許してねーいっ!そのかわり、食事はあーんvして食べさせてあげるわよーうっ!」
「「………どうぞ、良かったらコイツを差し上げます」」
エースとゾロは同時に呟いて、お互いを指さした。
(なんだとコラっ)
(テメェが犠牲になれオラっ)
ひきつった笑顔を浮かべながら、小声で互いをどつきまわす。
この王宮の侍従長、ボン・クレーはそんな二人を微笑ましげに見つめた。
ボン・クレーは侍従長という地位のためか、王宮内での権力はかなり高い。王宮にいる間は、食事から着替えから睡眠まで、捕まったら最後、全てこの男に世話されることになるのである。
にっこりと笑いながら、ボン・クレーはむんずと二人の襟首を捉えた。
「だーいじょーぶよーうっ、いい男の世話は何人だって苦にならないのーうっ!とっておきのお酒もあるのよーうっ、さあさあ、食堂にいらっしゃーいっv」
そのままずるずると引きずって行かれそうな雰囲気に、ゾロは思わず顔を歪めた。脇腹にめりこんだエースの拳を払いのけつつ、彼の靴を踏む足に体重を載せる。
二人とも、ここは相手を犠牲にしても助かろうという鬼畜な事を考えていた。
しかし、ボン・クレーの手はしっかりと二人の襟首を捉えて放さない。
そんな絶体絶命の二人の横を、すたすたと通り過ぎようとする女が一人。
真っ直ぐに背筋を伸ばした、しゃんとした女だ。
王室付き侍従の、ノジコである。
もがく二人とオカマなど目に入らないかのように、小脇に書類を抱えたまま無視していこうとする。
エースは慌てて彼女に目くばせした。
(助けてくれよノジコちゃんっ)
ノジコはちらりとそれを見遣ると、溜息を吐いて足を止めた。
ボン・クレーの後ろで、聞こえよがしに口に手を当て、ぼそっと呟いた。
「あら、あんな所に第十一隊隊長が」
ぐりんっ
途端に恐ろしい勢いでボン・クレーの首が百八十度回転する。
「んなーーーーんですってーーーいっ!?ベックマンちゃんがっ!?どこどこどこっ!?」
その剣幕に少しも押されず、ノジコは爽やかな笑みを浮かべた。
「―――あちらの角を曲がっていきましたわv」
「待ーちなさいよーうっv」
ボン・クレーは目をハートにさせ、いそいそと大股で、ノジコの指さした方向に走っていく。
ゾロとエースは肩の力を抜いて安堵の息をついた。
「助かった」
「サンキュー、ノジコちゃん」
「別にいいけど……」
ノジコは書類を抱え直し、食堂の方をあごで指した。
「アンタ達の隊にはもう先に食堂に行ってもらったわよ。早く行きなさいな」
「あー…………」
ゾロがぼりぼりと頭を掻く。
エースがにっこりと笑いながら、
「俺らはいいや、街に出て喰ってくるから」
「…………ああ」
「え?街ってアンタ達…………」
なにか言いかけたノジコだが、エースとゾロはもう歩き出していた。
軽い会話を交わしながら、驚くほど早足で去っていく。早く城下町で羽を伸ばしたいのだろう。
子供のようにはしゃぎながらみるみる遠ざかっていく背を見送り、ノジコは額に手を当てた。
「全く、アレが隊長だってんだから………わかんないモンよねぇ」
+++ +++ +++
「あーーーーーーっ!!」
いきなり上がった馬鹿でかい叫び声に、通りの通行人は思わず発生源の方を振り向いた。
その声に心当たりのある二人は、立ち止まって迎えた。
麦わら帽子をかぶった少年が、通行人を巻き込みながらこちらへ走ってくる。
「オマエら帰ってきてたのかーーーー!早く言えよなーー!」
「イヤ普通わかんだろ……こっそり帰ってきたワケじゃねぇしよ」
「大通り通って帰ってきたぞ……」
戦から帰ってきた隊列を見逃す方が難しいのではないか。
「全然気付かなかった!」
「それで、この人込みの中で俺らはわかるのかよ……」
目の下に傷を持った、明るい笑顔の少年。
赤い上着に、首にはなにかの動物の牙を使ったペンダントを下げている。肩には、巨大な荷物を載せていた。
ルフィは、この街で働く少年だ。ふとしたことで知り合いになった気の合う数少ない友人。
ゾロは、疑問に思ったことを尋ねた。
「オマエ、アイツの護衛はどうした?」
「ん?今はいいんだ」
その言葉に、どういうことかと聞き返そうとしたが、ルフィの走ってきた方から、また怒鳴り声が響いてきた。
「コラーーーーーっ!小僧っ!油売ってないでさっさと荷物を運べ!」
「いけね」
ルフィはげっそりした顔で舌を出すと、荷物を担ぎなおした。
「またバイトか?」
「そ、今は城壁補強の臨時手伝い」
「ま、頑張れよ」
ぽん、と頭を叩いたエースに、ルフィはにししと笑い返すと、
「それじゃ、バイト終わったら『エリカ』に行くからさー、待っててくれよ!」
「ああ、わかった」
「絶対だぞー!」
「俺らも、今から行こうと思ってたトコだよ」
「そか、じゃ、後でな」
ルフィは方向転換すると、来たときと同じように一目散に走っていった。
巨大な荷物にどつかれて、通行人が道を開けていく。
「強引な………」
それを笑いながら見送り、さて目当ての店へ行こうと、二人はまた歩き出した。
いつもに比べて人通りの少ないような気がする道。
閉まっている店も多い。
「………………」
「…………どうした?」
ふと、前方を見たエースの気配が変わったのに気付いて、ゾロはその視線を辿った。
その先には、一人の男。
長いマントを羽織り、サングラスをかけている。額から左目の脇にかけて、大きな太刀傷があった。
ゾロの目が細くなる。
男の歩き方は、玄人のものだった。
狼のような眼光。
通り過ぎたその男を見送って、エースが呟いた。
「………スカウトしてぇかも」
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