「全く、ヘヴィだねぇ」
+++ +++ +++
ここより他に、生きる場所もない。
誰より、それを知っていた。
「俺にもさ」
「負けらんねぇ、ワケがあるから」
エースは、自嘲の混じった声で言った。
くすぶる火種が、胸の奥にある。
「だから」
真っ直ぐに、見つめて。
「来いよ、サンジ」
手を、差し出した。
剣を握った、その手を。
+++ +++ +++
ぴきん、と。
触れたら砕けそうなくらい。
張りつめる。
エースとサンジの間合いは、それほど開いてはいない。
二人とも知っていた。
この戦いは、瞬く間に決着が付くと。
エースの片足は動かない。
サンジも、血を失いすぎた。
見つめ合う。
脳内で何度も繰り返されるシミュレート。
相手の、一歩先を読むために続けられる。
それ故、動いた途端に、その結末は決まるのだ。
むしろ動き出す前にかもしれないが。
勝負は、一瞬だ。
二、三度も打ち合えば終わりだろう。
間違いは許されない。
負けも、許されない。
きりきり、と耳の奧で音がする。
たゆまない殺気。
サンジの頬を、汗が伝った。
底の見えない黒い目。
このまま、静止していても埒があかないのはわかっていた。
出血しているサンジの方が、時間が経つほど不利になるのは明らかで。
それでもサンジは動けなかった。
決定的な、勝利のイメージが掴めない。
一分、いや二分?
時間の経過すらあやふやな中で、互いの瞳だけを見つめていた。
その均衡を崩すのは。
サンジの目の端に、岩を掴む白い手が映った。
間をおかず、炎の色の髪も。
彼女の顔を確認する前に、サンジは地を蹴って飛び出していた。
+++ +++ +++
がきん
と、重い、鈍い金属の音。
一撃目は、互いの獲物同士がぶつかった。
エースの足が勢いのついたサンジの重みを支えきれる筈もなく、重心を崩してその帽子がとぶ。
エースが頭から地面に倒れ込む。
その顔に動揺はない。
ただ単に押し倒されたのではなく、自分から飛び込んでその体勢になったのだ。
サンジは一瞬でそれを確認したが、そのまま彼の心臓を狙って小太刀を突き通した。サンジも踏みとどまらなかったため、間合いは開いていない。
エースはブリッジに似た体勢で手を地面につくと、更に体重を頭の方に移した。
覆い被さってくるサンジとその刃を怖がらず、動く方の足を構え―――
そのまま倒立に近い体勢で、サンジの顎を蹴り出してくるだろうと予想はついていた。
しかしそれでも、そのまま体重を載せた小太刀はエースの胸を貫くに違いない。
この体勢では自分を吹き飛ばす程の蹴りは放てまい。そうサンジは確信する。
―――――じゃあ、な。エース。
視線が、合う。
「!!」
違った。
エースは足を振り出したが―――それはサンジを狙ったものではなかった。
サンジの目が見開かれる。
がぎゅんっっ
耳障りな、音。
――――刀も、剣も。
横から見れば、確かに薄い金属の板でしか、ない。
しかし。
真っ直ぐに飛び込んでくる凶器にそのまま生身で触れられる人間は、そういない。
恐怖心が、必ず先に立つ。
ましてやエースは一度、同じ小太刀で足を串刺しにされているのに。
ああ、そうか。
サンジは唐突に納得した。
……………そんな事で臆する程、可愛いげがある男ではなかったと。
一度そういうことがあったからこそ。
それに対抗する手段も用意してあるのだと。
やはり………あの時殺しておかなければならなかった。
込められた力の、丁度垂直方向から一点集中。
鉄板が仕込まれたエースのブーツは、小太刀を横から蹴り砕いていた。
今まで酷使したせいもあったのだろうか―――小太刀は刀身の半ばから綺麗に折れた。
それが丁度、ゾロの鬼徹を受け止めて刀紋に傷が走っていた場所だったとは、エースも知らないに違いない。
折れた先端は、見当はずれの方向へ飛ぶ。
微妙に狂わされた力のベクトル。
短くなった刀身はエースの体には届かず、倒れ込む途中のサンジの横っ面を衝撃が襲う。
地面に手をついたままのエースは、横に蹴り出した足の威力を殺さずに、無理矢理体をひねって動かない方の足まで振っていたのだ。感心するくらいの身のこなし。
勿論その足の筋肉を動かしているわけではないため威力は劣るが、ブーツに仕込んだ鉄板が、それを補ってくれる筈。
ぼぎ、と骨の折れる厭な音が響く。
頬骨を砕いたか、とエースは思った。だが、流石にそこまで甘くはないようだった。
折れた刀の切っ先を追うように吹き飛んだサンジは、とっさに顔とブーツの間に右腕を挟んでいた。折ったのはそちららしい。
そして更に。
折られた一瞬に判断したのだろうが………手首のスナップだけで投げつけられた小太刀の残りは、エースの、左肩と胸の丁度中間当たりに突き刺さっていた。
――――惜しかったな、とエースは胸中で呟いた。
この一発で、エースを仕留められなかったのは大失敗である。
サンジの手に、もう武器はない。
勿論、素手でも充分危険な相手だということはわかっているので、油断はしないが。
左の肩口を擦り、蹴り飛ばされたサンジが地面に突っ込む。
エースも、無理な体勢で体をひねった為、容赦なく岩にキスしながら倒れ込んだ。その勢いを殺さずに、二回ほど転がって起きあがる。
片足が動かない状態で一度横たわってしまうと、起きあがるのに五秒はかかることを知っていた。その隙は致命的である。痛み。回転のせいで小太刀が柄まで肉に食い込んだらしいが、気にしている余裕はない。
顔をあげる。
体制を整えたらしいサンジが、飛び込んでくるところだった。
右のハイキック。
エースは、剣を構えた。
この場面。普通なら。
かわすか、ガードするか。
それとも、もっと俊敏なら、構えたその剣で、サンジの足を突き刺すか。
選択。
剣を構えているエースをみて、サンジの口元が歪む。
かわす、を選べば良かったのだ。
そのまま剣を突き刺しても、サンジの足を止める役には立たない。
その剣ごと、叩き潰す。手か、それとも腕か首かを。
それで右足が壊れても、別に構わなかった。
「っ!!」
だが。
エースはサンジの脚力を知っていた。
右手の剣を、使うことはしなかったのだ。
逆に左手で、自分の左肩に刺さった小太刀の柄を掴み――肉から刃の抜ける、づぶり、という音――逆方向から刀を差し出した。
少し身を引き、ふくらはぎに折れた小太刀を差し込む。
エースの血に濡れた、赤くぬめった刃。
サンジの蹴りを、後押しする形で。
かかとが、エースの胸を擦る。
しかし、それだけだった。
思っても見ない方向から加えられた力。
過度の加速に、軸足が揺らめく。
そのままエースは渾身の力を込めて、小太刀を岩に突き刺した。
サンジの肉を挟んだまま。
血がしぶく。
エースの肩から、サンジの足から。
縫い止められたサンジ。勝敗は決した。
そのまま、エースは右手の剣を振り上げた。
体をひねって、サンジが上半身を起こす。
繰り出される切っ先が、その身に迫る。
避けることは出来ない。
避ける気も………なかった。
エースに向かって、ぐん、と体を傾ける。
刃を、こちらから迎え入れるように。
そして………
エースの死角。
サンジの左手には、金属の破片………折れた小太刀の切っ先が、握られていた。
先程、拾っておいたのだ。
ぎゅっと握りしめられ、手のひらに食い込み、血に濡れている。
リーチが足りない。
これが、エースの首に届くように。
サンジは自分から身を乗り出し………左腕を差し伸べていた。
肉体に、冷たい金属が埋まる。
やけにゆっくりと、それを感じた。
相打ち………か。
これが、自分の望みだったのだろうか。
何故だか、サンジにはそんな気がした。
ここで。
このまま。
サンジは静かに息を吐いて、笑った。
肉を裂く。
ふたつの音が、重なった。
+++ +++ +++
『だからな?オマエら、あんま心配かけさせんなよ』
+++ +++ +++
呆然と。
サンジは自分の胸を、見下ろした。
左の鎖骨の下。
心臓から僅かに逸れた地点に。
エースの剣は、突き刺さっていた。
折れた小太刀は。
エースの頸動脈を切り裂いて抜けた。
吹き出す血で染まる、サンジの手。
サンジの――――青白い、唇が。
震えた。
瞳を、合わせる。
揺らめく炎。
小さく。
「何で、逸らした………?」
エースは笑った。
「オマエ………マジで、残酷だよなァ」
「どうしても、憎めねぇんだもんな」
エースは、笑った。いつものように。
「俺も、甘かったな………出来ると、思ってた」
本当に、そう思った。
――――思ってた、けど。
なあ。
………俺が、迷ってないように見えたかよ?
ホント、全然、知らなかったんだぜ。
俺って結構、意志薄弱だったのな?
あーあ。結局。
ゾロのことなんか、言えやしない。
「俺ァ……俺達ァ、きっと…………」
ごぼり、とエースの喉が鳴った。
「お前に会っちゃ、いけなかったんだなぁ………」
いつものように、明るく。
首から噴き出る血など、気にもとめずに。
そんなの、何でもない事みたいに。
ただ、笑って。
「ごめんな」
それは、誰に対しての言葉だったのか。
「………………………え?」
どさり、と。
とてもとても重い音が、して。
「なに…………言ってんの」
「お前」
「馬鹿じゃねぇの?」
「なあ?お前さ」
「全然………意味ねぇよ」
「だって」
「これじゃさ?」
「無駄死に、じゃねぇかよ?」
「なあ」
「……………………………エース?」
そして。
返る言葉はなく。
サンジの絶叫が、響いた。
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