And Then




 ネルガは、祈るように呟いた。

「ああ、そうか」
「俺を殺すためか」
「だからそんなに足掻くのか」
「そこまで俺が憎いか」
「そうだろう?」

 …………そう言ってくれ。


 ――――お前は、死にたかったんじゃ、ないのか…………?




「違ェ、よ………」


 潰れた声。
 ネルガの体が震えた。

「嘘だ」
「嘘だ」
「お前、俺が憎いだろう?」
「自分も憎いだろう?」
「もう、そうする以外に逃げ場がないだろう………!?」
「俺を殺したところで、ゼフは帰ってこない!けれど殺したいだろうっ!?」
「何もできなかった自分が許せないだろうっ!?」
「死にたいと、思っていたんじゃないのか!」
「その気で、ここに来たんじゃないのかっ!」


「お前が死んだら、俺も死ぬことがわかっていたから…………!」


 まるで、鏡のような。
 自分とそっくりな目だと。
 同じ事を望んでいると。

 復讐しかない。
 それが果たせれば、もう何も。
 それを果たしたら、もう何も。
 生きる意味すら。
 ――――今も。

 だから。


「だから、俺とお前を殺す為に、ここへ来たんだろう!?」


 地獄へ堕ちると。
 それでもいいと。

 ………………それしか、なかった。

 血を吐くようにネルガは叫んだ。
 サンジが、ぽつりと呟く。


「……………バーカ………」


 ――――そうか。
 アンタ、自分でも気付いてなかったんだな。


 俺を殺したいだけなら、こんなコトする必要、全然ねぇじゃねぇか。
 いくらでも、機会はあったじゃねぇか。

 …………悩んでいたんじゃないのか。
 自分でも気付かないところで。

 本気だったら、俺はもうとっくに、生きちゃいねぇ。

 ………俺に、殺されたくて。
 でも、復讐を……大切な人を、忘れられなくて。

 わかるんだ。
 わかってるんだよ。


 ――――ホントは、ゼフのこと、どう思っていたんだ?

 俺が、アンタを、思っていたように。

 凄まじい殺意。
 …………それ、自分に向けて、だろ?


 ………………バカだな。

 ……………辛かったんだな。アンタも。



 許せなくて。
 許せなくて。
 許せ、なくて。


 でも、許したかったんじゃないのか………



「俺も、わかったんだ…………つい、さっき、な………」



 ……………生きろ。



 痛くて辛くて哀しくて泣けもしなくても。

 俺の為に泣いてくれる馬鹿がいて。
 俺が守るものがまだそこにあって。

 ――――そんで。俺が。


 俺が。


 俺が生きたいと思うから。

 俺の為に、一緒に歩きたいと思うから。



 そこに理由が、あるんだ。




「………生きるよ…………諦めない」




「……………………」


 ネルガは、刀を握りしめた。

 独り言のように、ぽつりと呟く。



「―――俺は、後悔しないと言った……」

「だが、お前は、後悔するんだな」




「大事なものが、あるのか」



 …………同じじゃ、なかったな。



 自然と浮かぶ、自嘲。
 ネルガは、その巨大な斬首刀を自分の首に当てた。

 ―――けじめ、か。
 生きたいと言っているのを、一緒に連れて逝く訳にもいかない。

 こいつは、もう。
 生きていけるらしいから。


 力を込める。

 サンジの目が、見開かれた。



「ふざけっ……………!!」


 腕を伸ばす。

 ―――――――届かない。





 きゅいんっ!!!!





 耳を裂くような、金属音。

 斬首刀が――――折れた。


「っ!」


 がしゃっ

 思わずその方向を見たネルガの手から………刀の柄が、落ちる。


 シトロスの港の時計塔。
 海軍支部の、屋上を見下ろせる、唯一の建造物。


 ―――――顔を歪めてこちらを見ている、部下達がいた。


 二班班長が、ゆっくりと銃をおろす。

 今まで、一度として自分の命令を破ったことなどなく。
 一度として自分に銃を向けたことなどなく。


 呆然とするネルガに、サンジは声をかけた。
 ともすれば聞こえなくなるほど、小さな。
 しかし、絶対に聞き逃しようのない、声で。


「……………テメェにだって、あったじゃ、ねェか……」


「大事だ、ろ………?」


 …………じゃあ、死ねねぇじゃねぇか。


 辛くたって。
 後悔したって。
 逃げたくっても。


 まだ、そこにある。


 サンジは、うっすらとした笑みを唇にのせた。


「…………………………ふ、う」

 ネルガの唇から、慟哭が漏れた。
 その血の色の瞳からは涙を流さないまま。

 ――――ネルガは、泣いていた。

 …………………それが、終わりだった。




 熱いのか冷たいのかよくわからない。
 見えるのは小綺麗にまとまった、空。
 痛みはもう、あまり感じない。



 ……………ああ、なんか、眠ィな。

 ちょっと、疲れた。


          『――――俺がお前を死なせたくないって言ってんだ!』


 ああ、うるせぇな。

 わかってるよ……………。


 これくらい、なんでもねぇんだから。

 ちょっと、待っとけよ……………




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