生意救世主。




 誰か 俺の名前を呼んでくれ



+++ +++ +++



「……………もう一遍言ってみろ」

 ルフィは支部から出てこようとしていた海兵の一人を締め上げていた。
 喉を掴んで、つり上げている。

 ウソップはうつむいて。
 ナミは、呆然と立ちすくんでいた。
 ゾロは無表情でチョッパーの角を掴んでいる。

 チョッパーは束縛から逃れようと、狂ったように暴れていた。

「放せっ!!畜生、放せぇっ!!」
「……………………」
「放してくれよぉっ!!」

 ルフィの締め上げに、今にも泡を吹いて、気絶しそうな海兵。
 ナミが我に返って叫んだ。
 ウソップは動かない。

「ルフィ!止めなさいっ…………死んじゃうわ!」

 ………ルフィは腕から力を抜いた。

「がはっごほっ…………ぐっ………は、はぁっ」

 咳き込む海兵に顔を近づけて、低く呟く。
 先程から何度も言っている、同じ台詞を。

「もう一遍言って見ろ」
「……………ひっ!だ、だから…………!」

 騒ぎを聞きつけ、海兵達が集まってくる。
 ゾロはそいつらを見回した。

「放せっ!あいつを殺してやるっ!!」

 海兵は、震えながら、これも何度目かの同じ台詞を吐く。


「だからっ、大佐も、ちゃんと賞金は払うって…………何の問題があるんだっ!?『Cheeky Jesus』ならもう、きちんと処刑されたんだからっ…………!」

































「嘘つけ」

 ゾロは、しかめ面で呟いた。

「は………………………?」































 ぽかんとする海兵。
 ゾロは、すたすたと支部の敷地内に入り込んだ。
 いきなり手を離されたチョッパーは、思わず見送ってしまう。
 門をくぐった中には、広い空間が開けている。
 演習場だろう、短く苅られた芝生が広がっていた。その向こうには、支部の建物。

 ルフィも、海兵から手を離してゾロを見る。

 その隙に、海兵は我に返って、ホイッスルを口に含んだ。


 ピィーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 甲高い音が響く。
 支部から、海兵達がばらばらと走り出てきた。
 素早く不審者の前に立ちふさがる。

「止まれ。何者だ?」
「………海賊狩り」

 海兵のうちの一人が、ゾロの腰の刀に気付いて言った。

「ロロノア・ゾロか………何の用だ。受付はそこにあるだろう」
「受付係があてにならねぇ」

 ゾロは平然とその言葉を斬って捨てる。

「あてにならない…………?何か失礼でも?」

 無造作に距離を詰めるゾロに、海兵達がざっ、と身構えた。

「嘘つきやがんだよ」
「嘘…………?」
「念のために訊くが…………Cheeky Jesusはどうした?」
「どうしたって………何故そんなことを訊く?」
「いいから」
「大佐が、直々に処刑したが」

 ゾロは、大きく溜息を吐いた。

「――――ダメだコイツら」

 そしてすらりと刀を抜く。
 仏頂面で海兵達に刀を突きつけた。

「面倒臭ぇ。自分で確かめるから、順にかかってこい」



   +++ +++ +++



 ナミは、海軍の支部で乱闘を繰り広げるゾロを見つめて、ぽつりと呟いた。

「ゾロ…………狂っちゃったのかしら……………」

 しばらく考え込んでいたルフィが、顔をあげる。


 ぽむ、と手を叩いて、息を吸い込んだ。


「ゴムゴムの~~~~~」
「え、アンタ、何!?待ちなさいよちょっと、またなの!?」


「銃乱射!!」


 海兵達が一度に五、六人吹き飛ぶ。
 そのままルフィは支部の敷地内に走り込んだ。
 目に付く海兵達を、手当たり次第に殴り飛ばしている。

「ルフィ…………!?」
「か、敵討ちのつもりなのか…………?」


 動揺するナミとウソップをよそに、チョッパーの目に、だんだんと焦点が戻っていった。



+++ +++ +++



 どこだ。

 ゾロは刀を振るった。
 苦鳴をあげて、海兵が倒れ伏す。
 峰打ちなので、問題はない。

 どこにいんだよ。

 もう一人。
 意図も簡単にゾロに切り伏せられる。
 もう、二、三十人は倒している。

 ――――らちがあかない。

 ゾロは舌打ちをして、残りの海兵達の集団に向き直った。
 鬼徹を右手に、雪走を左手に。
 和道一文字を、くわえて。

「鬼」



「――――――斬りっ!!!!」



 ごうっ!!



 ゾロの気合いと共に―――烈風がその場を駆け抜けた。



「「「「「「「「!!!」」」」」」」」



 海兵達が、ばらばらと吹き飛ぶ。
 幾人かは建物の壁に叩きつけられ。
 幾人かは敷地内にあった噴水に突っ込み。
 幾人かは植え込みに首まで埋まり。
 幾人かは芝生の上に転がった。

 そして。

 ゾロは溜息を吐いた。


 ―――帽子を深くかぶった一人の海兵が、ひっそりとその場にたたずんでいる。



見付けた。

「…………………テメェを捕まえるには、もちっと修行が必要、っつったよな?」

 ゾロは刀を鞘に収めた。
 がしがしと頭を掻く。

「泥棒の心得―――よく考えて見りゃ簡単だ。
 一、計算すること………テメェはひねくれてっから、絶対ェ素直には帰ってこねぇ。思いっきり混乱させて、アタフタしてんのを指さして笑うヤツだ。
 二、目立たないこと………変装だろ?木を隠すなら森の中、海軍にいるなら海兵のカッコしてんだろ。一人増えても気付かない……下っ端の中に紛れてる筈。
 三、相手を騙すこと………死んだ、っつったか?」


「悪ィけど、スゲェ笑えるジョークにしか聞こえねぇ」


「オイ泥棒野郎。コレでも修行が足りねぇかよ………人がせっかく頭脳労働してやったんだからよ。観念してさっさと捕まりやがれ!」



 しん、とその場が静まる。


 ゾロの前に立った一人残った海兵は、うつむいていた。
 その肩が、細かくフルフルと震えている。


 ゾロは、満足そうな笑みを浮かべた。
 何か言おうと口を開こうとする。
 直後。


 ぶちっ。



 その場にいた全員が、その音を聞いた。




「こ………………」

 海兵がうつむいたまま何やら言葉を発した。
 小さすぎて聞き取れない。

「こ?」

 思わず聞き返すゾロ。


「~~~このクソ馬鹿アホミドリハラマキマジで死ねお前はっ!!!!」



 ぎんっ

 無理に笑おうとして、ひきつりまくって青筋が浮いている顔。
 子供が見たらダッシュで逃げ出すこと間違いナシだ。

「誰がひねくれてるから素直に帰って来ないだ!?俺が趣味でこんなクソめんどくせぇコトしてるってのかコラァっ!!大声で正体バラしやがってテメェは金田一少年かよっ!?浸ってんじゃねェ時と場合を考えてカッコつけやがれっ!!」


「ここは海軍支部だろーがァ!!」


 その言葉にゾロが周りを見回して見れば。
 怪我をさせない程度に吹っ飛ばした海兵全てが、二人の周りを囲んでいた。

 サンジは鬱陶しい海軍の帽子をかなぐり捨てる。
 死ぬ思いをしたお膳立てが全て、火星の向こうまで吹っ飛んだ。
 この馬鹿を誰かどうにかしてくれ。

「人が苦労して穏便に脱出しようとしたのをぶち壊しやがってテメェは俺を殺したいのかっ!!?ああわかったよその前に俺がテメェを殺してやるこの脳味噌筋肉剣士っ!!」

 続々と詰めかける海兵。
 新たな一団が支部からぞろぞろと出てきた。

「………………………おお」

 ようやく状況を理解したゾロが、一筋の汗をたらした。
 にかっ、と場違いな笑みを浮かべて言う。

「…………………………………悪ィ」

「悪ィで済むかーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 ああもう。血管切れて死ぬかも俺。




    +++ +++ +++



 殺気だった顔で包囲を狭める海兵達。
 それはそうだろう、いきなり乱入してきた海賊狩りに訳もわからず叩きのめされた挙げ句、実は自分たちの中に賞金首が紛れ込んでいて、まんまと逃げられる所だったとは。
 ここまでしてしまったのだから、ロロノア・ゾロも麦藁団も、到底無事ではいられまい。

 海軍シトロス港支部の全兵が、この場にいる。
 サンジは肩を落とした。

 向こうでルフィが闘っているらしいが、この数だ。
 手間取っているに違いない。この中には班長達もいるはず―――


(死ぬ気で帰ってきたのに……また、逆戻りかよ?)

 ふざけんな。



「かかれっ!!」

 サンジは唇を噛んだ。
 海兵達が一斉に二人に飛びかかろうとした瞬間。







「止まれ」



 低く尖った、よく通る声が響く。
 海兵達が、反射的に動きを停止した。
 いつの間にやら演習場のど真ん中に立っている黒髪の男。

「――――――――大佐?」
「『Cheeky Jesus』は処刑した。そいつは、ただの民間人だ」

 木刀を手にしたネルガは、己の部下をぐるりと見回した。

「し、しかしっ!」
「……文句がある奴は、遠慮なくかかってこい」
「大佐っ!?」
「――――見ていたが、たった二人の海賊狩りに、こうもてこずるとはな。鍛え直す必要がある」

 その言葉に、海兵達は絶句する。

「自覚がある奴は、基礎体力を付けるために建物の周りを500周。それが嫌なら」

「自覚させてやる。一度にかかってこい」

 部下達の顔が一斉にひきつった。
 ネルガの容赦のなさは身をもって知っている。
 大人しく500周走るか。
 一ヶ月ほど寝込むか。
 …………………大半は、前者を選んだ。


 その場に残ったのは、一班から十三班までの班長。
 神妙な顔で警棒を構えている。


「……………よし」

 ネルガは、薄く笑った。
 たいがい自分も、我が儘な男だと思いながら。


 まったく、悪くない。




   +++ +++ +++



「なーサンジ、俺腹減ったぞ!メシ作ってくれ!」
「……なんで俺がテメェのゴム腹満たさなきゃなんねぇんだ」
「俺の船のコックじゃねぇか」
「いつからんなことになったんだよっ!」


「サンジーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「…………心配かけたか」
「あったりまえだこのヤロっ!もう離れないからな、一ヶ月は絶対安静だっ!コレも返すぞっ!このヤロ、このヤロ!」
「…………持ってたのか……サンキュな」



「ゾロ、コイツ頑固だぞ。説得してくれ」
「だから言ってんだろがっ!!俺は海賊狩りがキライなんだ!」
「………テメェ、ワガママ言うんじゃねぇよ」
「はぁ?何がワガママだってんだクソ剣士」
「俺が困るんだよ」
「は?」
「テメェを捕まえるまで、この島出ねぇって、誓っちまったし」
「……勝手に誓うなっ!!テメェの方がワガママじゃねぇかっ」


「………っつかな。もうわかってんだよ。テメェ、いつも思ってることと反対の事いいやがるからな。だから、じたばたすんじゃねぇよ」


「船の形………あんなにわかりやすいの、そうはないぜ?」
「海に、出たかったんだろ」
「来いよ」



「…………………なんで命令形なんだクソ野郎が」



   +++ +++ +++



 サンジは、ゴーイングメリー号の船尾に立って、ぼんやりと遠ざかるシトロスの港を見つめていた。
 手には、いくつもの青い煌めき。
 陽光を反射して、きらきらと輝いている。

「…………終わったんだな」

 後ろから近づいてくる足音。

「何浸ってんだよ」
「…………放っとけ」

 サンジは、オールブルーを見つめる。

 もう、さよならだ。


 手を放す。

 軽い音を立てて、海の結晶達は見えなくなった。


 ――――忘れるわけじゃない。


「捨てちまった…………」

 それでも少しの感傷は押さえきれなくて、サンジは低く呟いた。
 ゾロは、しばらく黙っていたが、

「要らねぇだろ………あんな石っころなんか」

 つかつかとサンジに歩み寄ると、無理矢理振り向かせる。
 素早くサングラスを奪った。
 呆然とするサンジをよそに、思い切り海へと放り投げる。

海中に没するサングラス。
いきなりの暴挙にサンジはゾロの胸ぐらを掴んで怒鳴りつけようとした。

「テメっ」
「―――もっといいもん、そこにあんだろが」

 その、蒼。




ぽかん、とサンジが口を開ける。




「………………………………口説いてんのか?」
「アホかっ!!」
「寒ィぞ」
「うるせ」




 ゾロはサンジの頭をはたくと、手すりを背にしてよりかかった。


「終わった、ワケじゃねぇだろ」
「……………………何が」



「『お前』が、これから生きるんだろが」



「俺の人生、楽しくしてもらわねぇとな。責任取れ」
「……………だから」
「口説いてねぇよ」
「天然かよっ!?」


 サンジは吐き捨てると、くるりと方向転換した。
 船尾の方へすたすたと歩いていく。

 船首のメリーの前に、どかっと座り込む。

 その肩が、細く震えていた。


「こっち来たら殺す」
「わかったよ」


 ゾロは、細い背中に向かって足を進めた。
 サンジはひざを立てて、頭を伏せている。


「顔見たら殺す」
「わかってるよ」


 背中合わせに、座り込んだ。









 ――――これが、始まり。








 不意に、去り際にネルガに言われた言葉が浮かんできた。


『本気で、連れていくのか?』
『あいつは、口も足癖も悪いし』
『意地っ張りでプライドが高い』
『一番縁遠い言葉は「素直」だ』
『手懐けるのは難しいし』
『そもそもそんなことを許す奴じゃない』
『顔と本性の落差が激しすぎる』
『すぐにトラブルを呼び込む』
『負けず嫌いで短気だ』
『それでも?』



 ゾロは、不敵に笑った。
 奴もわかっているだろうに。




「バーカ。そこがいいんじゃねェかよ」




「…………何言ってんだ?テメェ」
「いいや、こっちの話だ」








「サンジ」









                    Cheeky Jesus : END。   





長々とおつきあいくださって、ありがとうございました。
それでは失礼いたします、レディ。
…………捕まって、しまいましたから。



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