And Then




「オイ、ロープ貸してくれ」
「あら、そんなもの何に使うの?チョッパー」
「サンジをベッドに縛り付ける」
「……………なんか吹っ切れたわね、アンタ」

 ナミは苦笑しながら倉庫を指さした。

「あの中にあるから好きなだけ使って良いわよvそれから…………」

 ぐるっ、と首を回して後部甲板をあごで指す。

「あそこで体中からぼたぼた血ィ吹き出しながら素振りしてる視覚公害筋肉も、簀巻きにしちゃって頂戴v」
「ゾロ……………じっとしてろって言ったのにっ!!こらっ!!」



  +++ +++ +++



 下での騒ぎを聞きながら、ウソップは鼻歌を歌っていた。
 いい気分だ。
 見張り台の上から空と海と島を描く。

「っか~~~~!いい天気だぜ~、こんな日に外にいないのはウソだな!」

 シトロスの港から、船を海岸へ移して9日目。
 ウソップは上機嫌で写生をしていた。

「る~る~る~♪」

 下での騒ぎも一段落したらしい。
 ウソップは画板を持ち上げて、悦に入った。

「上出来~!さっすが俺様!」

 青い空と海と、島の緑のコントラストが美しい。
 直後。


 ばすっ


 ……………その青に、ぽつんと黒い穴が開いた。
 ウソップの頬から、つ、と血が滑り落ちる。

 呆然とするウソップの目が、画板に開いた穴から見た景色。
 海の上に浮かぶ四隻の船。

「か、海軍…………………!!」



+++ +++ +++



 がちゃがちゃがちゃがちゃんっ!
 一斉に向けられる銃口。その数は百を超えているだろう。

「―――Cheeky Jesusの引き渡しを要求する」

 ゴーイングメリー号は海軍の船に囲まれていた。
 甲板にはずらっと海兵が立ち並び、銃を構えている。
 ―――――舳先に立っているのは。

 黒髪に血の色の瞳、白い服。巨大な斬首刀を腰に下げた、刺し貫くような眼光の男。

 その眼がゴーイングメリー号の甲板を一瞥する。
 冷たい氷に撫でられたような感触を、クルーは味わった。

「知らないわよ、そんなヤツ!」

 手すりを掴んでナミが叫ぶ。
 ネルガの手が、軽く振られた。

 きゅんっ!

 二班班長の撃った弾が、ナミの足下に突き刺さる。

「何すんだテメェ!!」

 怒ったルフィがネルガを殴り飛ばそうと腕を振り上げた。
 二班班長の静かな声が響く。

「――――動けば今度は当てるぞ」
「…………………!」

 刀を抜こうとしていたゾロの手が止まる。
 今甲板にいるのは、ルフィ、ナミ、ゾロ、チョッパー。
 ウソップは、見張り台。
 サンジは、船室のベッドに縛り付けられているはずだ。

「『麦藁のルフィ』………海賊狩りだったはずだな?」

 ネルガとルフィの視線が交錯する。
 黒と赤。

「Cheeky Jesusを、引き渡せ。賞金首だ」
「イヤだ」

 ルフィは即答した。

「アイツはサンジっていうんだ。俺の船のコックになる予定なんだぞ」

 その言葉に、ネルガの眉が少しひそめられる。

「名前……………そうか、教えたのか」

 無表情が、少し崩れた。
 ルフィは、その眼のうちにある光が少し変わったのに気付いたが、それが何かまではわからない。

「ではこう言い換える。俺は、決着を付けに来た」
「…………………」
「奴を出せ。――俺は奴の仇だ」


「ダメだっ!!」


 チョッパーがぶるぶる震えながら叫んだ。

「サンジは、酷い怪我をしてるっ!これ以上動いたら死んじゃうんだっ!」
「……だからなんだ?」

 冷たい視線。
 ネルガの声は平坦で、容赦がない。
 チョッパーは射竦められた。
 しかし、こわばる手足に力を込めて、ネルガをにらみ返す。
 ナミにもウソップにも、サンジを渡すつもりはなかった。

「俺と奴は、殺し合いをしている。怪我をしているからと言って容赦するのか?殺し合いはスポーツじゃない」
「……………………」

「仇に情を期待するのか」

 ―――そんな情けない奴を、俺は知らない。

「それこそ奴は怒るだろうよ。二度も仇に情けをかけられる、それに奴のプライドが耐えられると思うか」
「……………………」
「奴の気持ちが一番わかるのは、俺だ。俺が奴を殺したいように、奴も俺を殺したいんだから」
「…………………違う」
「知っているだろう?―――奴が今まで生きてきたのは何の為だ」
「……違う」
「復讐の為だ。それ以外の目的は、ない」

 俺と同じ。

「違うっ!」

 チョッパーは叫んだ。

 違う。
 サンジは。
 サンジは―――

「サンジはっ!」

 激高したチョッパーを、涼しい声が押しとどめた。
 緊迫した雰囲気を打ち破る、柔らかな低い声。

「チョッパー、泣くな」

 ネルガの視線が動く。
 日の光を浴びて輝く髪。黒スーツの痩身。サングラス。
 斜に構えた態度。しなやかな仕草。
 ベッドに縛り付けられている筈の。

「サンジっ!?」
「チョッパー、オマエ、バカだろ。俺ァ泥棒だって、一番わかってるだろうに………縄抜けくらい、出来なきゃ困るだろーが」

 サンジは苦笑して、煙草をくわえた。
 火を点けて、海軍の船に向き合う。
 …………ネルガと、目が合った。

「――――レディに銃を向けんじゃねェよ」
「……俺は、差別が嫌いなものでな」

 ネルガはあごをしゃくった。

「来い―――復讐者」
「…………………」

 サンジは煙草を吐き出すと、ルフィに向き直った。
 黒い瞳がサンジを見ている。

「俺は行く。……悪かったな、迷惑かけて」
「……………そか」

「サンジ君っ!?」
「心配しないで、ナミさん」

 にこやかに笑うサンジ。
 そのまま視線を横にずらし――――その表情は180度変わる。

 ゾロはひらひらと手を振った。

「――生きて帰ったらケーキがあるぜ。テメェが作ったヤツだけどな」
「ちっ、エースかよ………………っつかソレ、いつの話だ?!」
「…………………冷蔵庫に入れといたから、大丈夫だろ」
「大丈夫なわけあるかっ!どーしてくれんだよ自信作だったんだぞっ!?責任持って全部オマエが喰えっ!!」

「ああ」


「……………帰ってきたら、全部喰ってやる」
「………………………残しやがったら、オロすからな」


 サンジはゾロに背を向けた。
 振り向かないまま、肩越しに中指をおっ立てる。

「クソ野郎が」





 それからサンジは、手すりを蹴って、翔んだ。
 跳んだ、のではない―――

 太陽を背にして。
 羽のように軽く。


 目眩がする―――既視感。



『バカ、乗り逃げされちまうじゃねぇか!』
『それは困る!』
『早く腕伸ばして引き留めろ!!』
『悪ィな、この船貰うわ』
『お前、ヒトのモン勝手に取ったら――』
『あー?あれ、テメェら――』
『俺ァ―――』



 ……………あの時から。



 見えなくなる背中。
 遠ざかる船。






 ………泥棒、か。
 ―――盗ったモン、後でちゃんと返せよ?



 最後になんて、させない。




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