Silly Boy




 ―――――俺に出来ることは、そんなに多くない

 だから もう 

 決めたんだ



+++ +++ +++



 ゾロは甲板で、日課の早朝鍛錬をしていた。
 昨日、サンジが目覚めた後のチョッパーは本当に嬉しそうだった。ゾロの所に、礼まで言いに来たのだ。
 ただ………その時ほんの一瞬、哀しげに目を伏せたような気も、したのだが。

 …………多分、気のせいだろう。

 泥棒野郎は、一瞬目覚めた後またすぐ寝込んだらしい。
 まあ、あれだけの傷をおって、起きあがるのはただのバカだろう。
 少し治ったと言っても、常人なら血反吐を吐いてぶっ倒れるくらいの状態だ。

 久しぶりに無心で出来る素振りをしながら、ゾロはふと、甲板をコツコツと叩く足音を聞いた。
 聞き覚えが全くない。
 ばっ、と振り向いたゾロは、姿勢を真っ直ぐ正して歩く、ただいまベッドでくたばっている筈の、スカした野郎を目撃する。

「………………………バカがいた」

 思い切り眉をひそめ、ゾロは500キログラムの鍛錬器具を床に降ろした。
 完璧にスーツを着込み、サングラスをかけたサンジは、ゾロを完璧に無視して船のへりをひらりと飛び越える。

(……………怪我は何処いった?)

 しかめ面のまま、ゾロは一歩足を踏み出した。
 勝手にふらふら出歩かれて、傷口が開きでもしたらまたトナカイが大騒ぎする。
 手すりから見下ろせば、着地の姿勢でサンジが固まっていた。
 ―――骨まで見えていた足で、どうしようというのか。

(バカだ。バカすぎる)

 ゾロは溜息を吐いた。
 それを言うなら全治二年は、死んでも治らないバカさ加減だろうに。ゾロには全く自覚がない。
 しぶしぶ、声をかけようとしたゾロだが、またもや後ろに気配が生まれる。

(…………また泣いてるし)

 ゾロはくるりと振り向いた。
 トナカイ医者が、声を出さずに泣いている。
 ………どう考えても、あのアホのせいだろう。

 チョッパーは、手すりまでひょこひょこと歩いてきた。
 ぼたぼたと涙を垂れ流しながら、ゾロを見上げる。
 何となく、してほしいことがわかったゾロは、チョッパーの襟首を掴んでひょいと持ち上げた。
 チョッパーは、そのまま海岸を見下ろす。
 サンジを止めるかと思ったのに、黙ったままで辛気くさい。
 別れのように。
 …………別れ?

 ゾロの額のしわが深くなった。

「オイ」
「……………」
「行かせてイイのかよ」
「……………」
「いっちまうぞ?」
「……………」
「―――追いかけるんじゃなかったのか」
「……………………………俺には止められないっ!」

 チョッパーは噛みつくように叫んだ。
 その剣幕に、ゾロは片眉を上げる。

「…………サンジは、きっと差し違えるつもりなんだ」
「……………………」
「それしか見えてない……あんなに怪我してるのに……海軍に行くって!」
「………そんで黙って行かせるのか」
「止めたいよっ!でも聞いてくれないんだっ!!ゴメンって笑うだけで………ちゃんと帰って来るって嘘吐くんだっ!死んでも止めたいよっ、でもっ!!」


「行かせてくれって………頼まれたんだ」
「あのサンジが…………俺に、頭を下げた…………!」

 最後の方の言葉は、声になっていなかった。
 チョッパーは歯を食いしばって見ている。
 サンジの背中は、ゆっくりと遠ざかっていく。
 力を込めすぎたひずめが、ぶるぶると震えていた。
 それを横目で見たゾロは、溜息を吐く。



「お前、ちょっとあの馬鹿を甘やかしスギじゃねぇのかよ」



 ぱっ、とゾロはチョッパーの襟首を放した。
 物理法則に従って、トナカイは為すすべもなく落下する。
 ゾロは、そのまま元いた所に戻っていく。
 チョッパーは、そのままうずくまってうつむいた。
 もう何も考えられなくて、このまま死ぬまで泣いていようかとぼんやり考える。
 そう、それでサンジを追いかけるのだ……

 がこん

 何か重いものを持ち上げるような音。

 チョッパーは顔をあげた。


 つかつかとゾロがこちらに戻ってくる。
 …………何故か、肩に「ものすごい棒」を担いで。

 船の手すりの所に立ち、ゾロはサンジの背を鋭く睨んだ。
 チョッパーは、何の意味があるのか解らずそれを見守っている。

 ゾロは、細く息を吐いた。

 力の込められた腕が、ぐっと盛り上がる。
 にやり、とゾロの唇がつり上がった。

「俺ァ、ヤツの頼みなんざな…………」

 500キログラムの重りが振りかぶられる。
 船が、ゆっくりと傾いた。
 チョッパーが、ごくりと唾を飲み込む。


「――――頼まれたって聞く気はねぇんだよっ!!」



 ぶおんっ




 500キログラムが、空を飛んだ。



 真っ直ぐ、サンジの細い背に向かって。
 放物線を描くどころではなく、一直線に。
 ものすごいスピードで。
 …………長距離ミサイルどころの騒ぎではない。なんせ人力なのだ。
 まず間違いなく、人に当たったら即死だろう。







 どごんっ







「!!」

 ものすごい勢いで舞い上がる砂。
 落下地点を中心に、五メートルほどの高さにまで巻き上がっている。
 目にも入ったが、それどころではない。
 チョッパーは迷わず巨大化した。
 手すりの上に立っている大馬鹿選手権世界一を突き落とし、目を見開いてサンジの黒スーツを探す。

「サンジっ、サンジっ!!?」
「……………………この扱いは何だ」

 波打ち際にしりもちをついたゾロは、据わった目つきで立ち上がる。

 ぼやぼやしていると、死んでしまう。


「テメェケンカ売ってんのかこのクソミドリ腹巻きマリモ刀マニアっ!!三万回ハラキリして詫びろっ!!」
「ああうるせェなちょっと人の話をききやがれこのワガママ巻き眉毛っ!!」




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