Selfish Prince



「ファイっ!その怪我っ、銃創だな!?」

 チョッパーは勢いよく彼の前に滑り込む。
 見付けた!
 傷ついた姿に心臓が跳ね上がる、が、まだ自分の手の届く場所にいてくれた。
 安堵と焦燥が複雑に混ざり合い、チョッパーは大きく息をついた。
 キディは面食らったようにチョッパーを見つめる。

「お前………何でこんなトコに………怪我してる、大丈夫か?」
「オマエの方が、よっぽど重症だっ!!」

 上手く口に出来ない思いを声にのせて、チョッパーは叫んだ。
 先程、海兵達は叩きのめしたものの、チョッパーはかなりの手傷を負ったのだった。チョッパーの右の目は腫れ、体には酷い痣がいくつもできている。
 キディは痛そうに顔を歪ませてそれを見た。
 が、チョッパーに言わせればキディの怪我の方が余程酷い。すぐに手当をしなければ―――ぞわぞわ、と、また背筋を悪寒が駆け登る。

「何でいつも、こんな無茶―――」

 キディは我に返ると、腕の中のナミをチョッパーの背中に乗せた。
 スーツの上着を脱いで、丁寧にその肩に掛ける。

「ちょ、何なのよ」
「ファイ?」
「悪い。オマエ、ナミさんを仲間のトコに送ってくれ」

 チョッパーは、今にも追いつかれそうな距離に迫る海兵と、血塗れのキディを交互に見た。
 聞き間違いか?
 自分は、彼の力になるためにここにいるのに。

「なんて言った?」
「俺はヤツらを食い止める」

 平然と言い切るキディに、一瞬呆然とするチョッパーより先にナミの方が食いつく。
 凄まじい怒りを宿した瞳で、怒鳴りつける。その剣幕は、たいていの人なら数歩後ずさりするくらい激しかった。

「何言ってんのよっ!?そんな体でっ」
「オマエ、ふざけるなっ、すぐに手当しないと危険だ―――」
「ナミさんは一人じゃ逃げられない。こんな事言ってる時間が惜しいだろ、あれが見えねぇかっ!」
「でもダメだっ!!」

 チョッパーは頭を振る。
 彼の怪我は危険だ。戦闘など出来る状態ではない。今すぐ手術室にぶち込まなければいけない。
 ―――でもそんなことよりも、もう離れたくなかった。
 やっと追いついたのに。

「一緒に逃げよう、ファイ」
「俺は、もう走れない。オマエならヤツらを振りきれる」

 血塗れの左足。細かく痙攣している。

「逃げるんだっ!」
「イヤだ!」
「行けよっ、もう追いつかれるんだ!」
「じゃあ俺が残るっ!!」
「―――――わかれよっ!!」

「ナミさんを巻き込んだのは俺だ、責任をとる」

 この場に残ったら。どうなるのかは自明の理だろう。
 自分の事に自分で始末をつけられないようなら、これ程くだらない男はいない。

「そんなこと…………!」

 どうでもいい。
 思わずチョッパーは叫びそうになった。
 寸前で、どうにか喉の奥にしまい込む。
 それを言ってしまえば、終わりなのだ。
 彼は彼の存在理由を、失ってしまうから。

「ワガママだってわかってる。でも」
「我が儘だ!」


「ここを譲ったら、俺は」


 なんて残酷なのだろう。
 でも、そのプライドを否定したら彼は傷つくのだ。
 深く深く傷つくのだ。

 でも、その我が儘を許すために、自分だって傷つくのに。
 彼の勝手を許すのに、心を削らなければいけないのに。
 なんて身勝手なのだろう。


「俺は誓ったんだ。絶対守るって」
「ミジメにさせるなよ………カッコつけさせろ」

 その言い草に、ナミが怒鳴った。
 瞳に怒りを溜めたままで。

「ふざけないでよバカじゃないの!そんなコトされても迷惑なのよっ。変な騎士道なんて、そんなの鬱陶しいのよっ!!」
「惚れた?ナミさん」
「―――――このっ!こんな時まで!」

 どんっ

「!?」

 急に、ファイがチョッパーを突き飛ばす。

 どがっ

 先陣を切っていた、一番足が速かったらしい海兵を、キディは蹴り飛ばした。
 ざっ、と向き直って、戦闘態勢を取る。
 まだ躊躇っているのを感じ取り、肩越しに叫ぶ。

「チョッパー、早く逃げろ!」
「イヤだ。イヤだイヤだイヤだっ!!」
「後からすぐに追いつくから!」
「嘘だっ!」
「―――オマエに教えただろう!守れよ!!」
「―――――――っ!」


 何を?



「いいから行けェ!!!」



 なんで。
 どうして。
 俺が本当に守りたいのは―――!



 チョッパーは、二、三歩たたらを踏んで、くるりと身を翻した。
 その行動に、背中のナミが反応する。

「降ろして!」
「…………………」

 駆けだそうとするチョッパー。止まらないのを知り、ナミは後ろを振り返る。
 細い背中。
 群がろうとする海兵。
 ああ、まだ。

「ワタシ、まだアナタの名前すら知らないのよっ!」

 その声に、キディは薄く微笑んだ。振り向かないまま。
 そう、自覚はある。
 自分は、酷い男だと。
 何一つ、伝えていなかったのだと。


「サンジって…………いうんですよ」


 チョッパーの足が止まった。
 それを見越したように、そのままサンジは言った。

「頼んだぜ」
「……………!」

 迷いを振り切るように、チョッパーは地面を蹴った。
 彼は卑怯だ。
 自分が、彼の頼みを断れないことを、知っているのに。


 本当は、ファイを守りたかったんだよ。
 俺は、その為に強くなったんだよ…………!


 でもこれが、ファイの望みなんだね。


 チョッパーは泣きながら走った。
 後から後から涙が溢れ、風圧で風に舞った。
 彼にはいつも、泣かされっぱなしだ。
 人でなしだ。
 悪党だ。

「ファイ、俺………守れたのかな…………!」

 貴方の事を、守れたのでしょうか。
 貴方の大切なものを、守れたのでしょうか。

 辛い。

 身を切られる方がよほどいい。

 辛い。

「よくやった、って…………言ってくれ」

 頭をポン、と叩いて、自分の好きなミルクココアを、お気に入りのカップに注いでくれ。


 そうでなければ、あんまり辛すぎるから。


 泣き続けて死ねるかも知れないということを、あの男は絶対にわかっていない。



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