Selfish Prince


 ――――痛い。

『根性無しが』

 ――――焼けつくような痛み。

『お前はその程度だったのか?』

 ――――目の前が真っ暗だ。

『失望したよ』

 ――――何も、聞こえない。

『惨めだな』

 ――――うるせェよ。

『お前は誰だ?』

 ――――俺は?

『お前は何の為にそこにいる』

 ――――何の為だと?

『倒れているのは誰だ?』

 ――――…………誰かが、俺の手を握ってる。

『その手で、何を守るって言うんだ?』
『何が守れるって、いうんだ』

 わかってるよ、黙れよ。
 弱ェよ。情けないくらい弱ェんだよ俺は。

 綺麗なものさえ、直視できない。

 ―――ああ、例えば。アイツらならもっと上手くやるんだろうか。

『惨めだよ、お前は』
『這いつくばって、泥を舐めろ』
『泣き喚け』

 ――――――――――――それでも。それでも。
 立ち上がるから。


 俺は俺なんだよ。






 ごぎんっ

 鈍い音。

 折れる警棒。

 月明かりの中で、黒スーツの痩身がゆっくりと立ち上がる。
 海兵達は再び銃を構えるが、殺到していたガードマン達が邪魔で狙いを付けられない。

「っ!!?」
「コイツ………まだ」
「化け物か!?」
「とどめを刺せ!!」

 フワリと軽く持ち上がる体。
 ナミは、また抱き上げられた事に気付く。

「ごめんね、ナミさん」

 いつもの女性用パーフェクトスマイル。
 前を見る蒼い瞳。
 血に濡れた頬が、細かく震えている体が、それでもしっかりと立っている。

「不安にさせた?」
「………………誰が」
「冷たいなァ」
「アンタねぇ………!ふざけてないで、降ろしなさいよっ!」
「ダメです」
「置いていきなさいっ!一人なら逃げられる――」
「ナミさん、俺を殺す気?」
「はぁ?」

 キディは柔らかく微笑んだ。

「知らない?ロミオは、ジュリエットがいないとあっさり死んじゃうんですよv」

 ぽこぽこぽこっ、と二人の周りにピンクのハートが自動発生する。

「――――アンタは、この期に及んでそれかぁぁぁぁっ!!」





 気付いたことがある。

 『命に代えても』

 あれは、冗談ではなかったのだと。

 ホントに、馬鹿な男だ。



 +++ +++ +++



「―――――で、どーよ?やってくれっか?」

 エースの問いに、ルフィはにししと笑った。
 ゾロは目を閉じてあぐらをかいている。ウソップは、神妙な顔でルフィを見た。

「俺もそーしてーけどな。それやんのにちょーどいいの、きっと俺じゃねェよ」

 あっけらかんとした口調。

「そか」

 エースは落胆した様子も見せず、どこか納得したように苦笑する。
 ゆっくりと空を見上げる。
 頭上には、端を欠いた不完全な月。

「じゃ、誰がやんだ?」
「意地っ張りで強がりで頭固いヤツは、それと同じくらい意地っ張りで強がりで頭固いヤツに任せるんだ」

「じゃじゃ馬馴らしは、力ずくで出来るヤツがいーんだ」
「成る程、俺サマ達じゃソフトすぎたワケだな」
「……………どの口でそういう事言うんだ、お前らは」



 +++ +++ +++



 ベルの屋敷をどうにか脱出したものの、すぐ後ろから追跡され続けている。
 ベルの私的なガードマン達ではなく、海兵が主だ。
 普段のキディなら人を一人抱いていても、その脚力で苦もなく振り切れる筈なのだが、キディは脇腹と左足に被弾していた。
 そもそも、その状態で走れる方が異常なのだ。
 更に言うなら、あの状況で死ななかったのがおかしい。数十発の弾丸を、二発にまで減らし、なおかつナミをかばった。
 そして、その怪我のまま、海兵達を振り切ることこそ出来ないが、逃げ続けている。

「本当に、人間か………?」

 第三班班長は、額の汗を拭った。
 追いかけている海兵達も、揃って同じ感想を抱いている。
 しかし、いくら化け物でも、もうお終いだろう。

「はぁっ………はっ」

 もちろんキディは人間である。
 激痛。
 失血。
 疲労。
 流石に、脂汗と呼吸の乱れを止めることは出来ない。
 笑顔を浮かべる余裕もなかった。
 ――――目の前が霞む。

(……………煙草、吸いてェなァ)

 ナミの表情も曇っていた。
 止血もろくにしていないため、キディの脇腹からも左足からも血が大量に流れ落ち、道路を湿らせている。
 このままでは冗談ではなく本当に死んでしまう。
 ナミは、それでもこの男は死ぬまで走り続けるかも知れないと思っていた。
 先程から何度も自分を降ろすように言っているが、聞き入れない。
 その度に無理をして口を開くので、ナミは黙るしかなかった。
 しかも、海軍を振りきれない。このままでは、いつかは追いつかれるだろう。
 細い路地で、回り込まれて追いつめられるのも時間の問題。
 この男ももそれはわかっているだろうに。

「かはっ……………!」
「!!」

 キディの口元が、血で汚れる。
 ぐらり、と体が傾いだ。

(―――――情けねェにも程があるだろ、俺!)

 精神に、体がついていかない。
 歪む意識の中、全く関係ないことに意識が向かう。

(筋肉、バカにしっぱなしだったケド………)

 こうなると、実用性を認めざるを得ない。
 口の中が、錆の味でじゃりじゃりする。無性に煙草が欲しい。
 後は、この窮地を上手く脱出するための便利アイテム。この際、あの腹巻きでもいい。

 急に猛烈な吐き気が襲ってきた。

(腹巻きの呪いか……?)

「ぐっ……げほっ!」

どうやら、脇腹の傷が内臓を傷つけていたらしい。どうせなら、血は全部傷口から出てくれればいいのだが。鼻から出るのだけは、格好悪いから勘弁して欲しい。
 そんな中でも、きちんと動いてくれている足に、キディは少しだけ感謝した。
 走り続けろ。
 もっと。もっと………


「ファイーーーーーーーーーーーーー!!」

 その声に、遠ざかりかけていた意識がよみがえる。
 転がるようにこちらに駆けてくる、ピンク色の帽子。

「…………………チョッパー?」




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