Moonlight In Bullet


 どがんっ

 壊れ物を扱うように、ナミを腕に抱え、キディは走った。
 その間絶え間なく襲ってくる警備員を瞬く間に蹴り倒しながら。
 一瞬も止まらずに跳びはねているというのに、ナミの感じる振動は驚くほど少ない。折れた足に負担をかけないように、気を使ってくれているのがわかる。
 余裕の笑みを浮かべているように見えるキディだが、実はかなりせっぱ詰まっていた。それを顔に出す気は全くないが。
 人を一人抱えての戦闘、というのは実はほとんど不可能に近い。雑魚相手でも死ぬほど神経を使う。
 しかも今までは細い廊下で一人ずつ飛びかかってくる敵を蹴り返せば良かったが、庭に出たら囲まれることは間違いない。
 ナミに毛ほどの傷も付けないように、キディは絶大な注意を払っていた。
 自分が足で戦える人間で良かったと、心から思う。
 この手は、戦うためのものではない。
 守るためのものだと。そう思えるから。

 安心してください。絶対に、帰すから。
 あの、暖かい場所に。
 自分はもう捨ててしまった、綺麗なもののもとに。

「絶対に、逃がすなぁ!」

 いつでも涼しげな表情をキープ。
 なんでもない。不可能なことはない。
 それが、自分。
 怪盗という名の仮面。






「来たな」

 ネルガは塀の上から庭の様子を見下ろす。
 小型のでんでん虫で、部下に司令を送る。

「第一班、第二班、第三班。指定の位置に着いたか?」
『はい』
「照準を合わせろ」

 その言葉に、邸内のいたるところに隠れていた海兵達が、銃を構える。
 いくら俊敏であろうとも、身軽であろうとも。
 足手まといを一人抱えて、これだけの銃弾を避けられるはずはない。

 第一班班長はベランダの上から銃を構えた。
 第二班班長は、でんでん虫からの指令に耳を傾けている。
 隣のベルが、恐る恐る尋ねた。

「射殺………するのか?」
「ええ」
「女も?」
「そういうことになりますね」

 少しの動揺もない声。
 海兵達は、黙って照準を合わせている。
 無表情に、冷徹に思えるほどに。
 ベルは決まり悪げにそれらを眺めると、

「…………いいのか?裁判とか……女は、もしかして無実かも知れない」
「大佐の敵は、オレ達の敵ですから。どんなことをしても排除します」

 引き金にかける指を震わせてはいけない。


 ――――絶対的正義はどこにある?



「もう黙ってください………きっと、誰だって、守りたい物が有るんです」



+++ +++ +++



(ファイ…………どこにいるの…………!?)

 チョッパーは、夜のシトロスを走り回っていた。
 ちらほら見える通行人は、あまりの勢いに思わず道を開ける。
 ファイの匂いを辿ろうとするが、酒、食べ物、化粧や香水、香辛料のにおいが邪魔をして、なかなか掴めない。
 彼が本気で姿を消そうと思ったら、足どりなど掴めるものではないとわかっていたが。
 諦めない。
 追いかけ続ければ、いつかは捕まえられる。
 彼に辿り着くまで、足を止める気はなかった。

(ついていくから……どこまでも!)

 青い鼻のトナカイは、必死に走った。
 守りたい人を追って。

(だから、俺の手の届くところにいて………!)

 勝手に遠くへ、いかないで。



   +++ +++ +++



 キディは走り続けた。
 正門は、もうすぐ。
 足の速さには自信がある、邪魔な警備員は軽く振りきれる筈だ。
 息が、切れ始めている。
 先程、うっかりかわし損なった警棒に、肩をやられた。走る度に響く鈍い痛み――ひびくらいは入っているかも知れない。
 キディの額を汗が伝う。
 表情は、意地でも返る気はなかった。
 ――――ナミに気付かれなければいいのだが。

 後八十メートルぐらい。普通に走れば十秒もかからない距離だ。

 ぼぎんっ

 キディの足が、ガードマンの鎖骨をへし折る。
 後ろから打ちかかってくるのを軽くかわし、その背を蹴って高く飛び上がる。

 後六十メートルくらい。やけに遠く感じる。畜生、また新しく来やがった。

 どずっ ばきっ

 ガードマンの囲いを真正面から突破。ナミが小さく悲鳴を上げる。
 自分の腕を掴む、細い指。
 大丈夫、この指がある限り。

 ―――守りたいものがある限り、俺は強くなれる。

 追いすがる者を無理矢理振り切り、必死で走り続けた。

 後三十メートルくらい、か?


 もう、ちょっと。

 走れ、ば。

















「撃て」













          月明かりと。



                             銃声。


                                             誰かの悲鳴。










 ああ。


 これくらいじゃ、俺は傷つかない、はずだ、ろ?






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