Moonlight In Bullet



 ナミにも、頭上の喧噪は聞こえていた。
 湿った、冷たい鉄格子の中。
 無口で無表情な見張り。
 囚われた美女。

「いかにも、よね…………あのブタオヤジ、意外とドリーマーだわ」

 ずきずきと痛む左足から意識をそらせる為に、ひっきりなしに違うことを考える。
 ばたばたと走る音。打撃音。
 ナミは、助けがきているものだと信じて疑わなかった。
 伸びるゴム船長。大人っぽいが、ガキな剣豪。腰が引けているが勇敢な狙撃手。
 どんどんと破壊音は近づいてくる。
 もうすぐ。

 がんっ

 ものすごい勢いで、部屋の扉が吹き飛んだ。
 その角が、賊に対して戦闘態勢に入っていた見張りの頭に直撃する。
 他人事とは言え、自分まで痛みが伝染したように思い、ナミは頭を押さえた。

「ナミさんっ」
「ちょっと、遅かったじゃない、って…………………は?」

 そこには見慣れた黒や緑の髪ではなく、輝くような金髪。
 黒スーツ。細い体躯。
 蒼い……瞳。

「…………………………」

思わず観察。

(これね……ゾロが言ってたのは。確かに……)

 認めるのは女として少し悔しいが。
 深海よりも深い色合いの、蒼。

(綺麗だわ)

 状況を忘れて鑑賞する。
 その間キディは、ナミの惨状に言葉を失っていた。

 綺麗に結い上げていた髪は、見事に崩れてぐしゃぐしゃになっている。黄色のイブニングドレスはボロボロで、何かをかけられたのだろう染みになっている。冷たいコンクリートの地面に直に座らされ、その右手には枷がはめられ。その枷は鎖で壁に繋がっている。顔は汚れ、メイクも全て落ちていたが、ナミの目の輝きには何ら問題はない。
 それよりも。

 彼女の投げ出された細い足が、変な方向に曲がっていた。


 ぷつ、と脳裏で何かが切れた音がする。




 キディはよろよろと鉄格子に近寄り、うなだれた。
 小さな声で、ようやく言葉を発する。

「ごめん…………ナミさん、ごめん………!」

 自分のせいで。
 無関係な人まで巻き込んだ。
 傷を負わせて。
 償いきれない。

「ごめん…………!」
「え、何?聞こえないわ」

 囁くような声は、ナミの耳までは届かなかったようだ。
 眉をひそめて聞き返す。ナミからは、うつむいたキディの顔は見えない。
 ただ、鉄格子を掴む手が真っ白になっていたから。
 その肩が、震えているような気がしたから。

「どうしたの………?」

 心配するようなナミの声に、キディは目を見開く。

 ダメだ。こんなのは。
 情けない。こんなのは、違う。

 一秒数えたら、震えは止まる。
 二秒数えたら、笑顔を浮かべられる。
 三秒数えたら。


 俺は、Cheeky Jesus。レディに優しい悪党。



 がごおんっ

 轟音。
 キディの足が振り切られ、鉄格子がひしゃげた。
 その勢いに、ナミは思わず首をすくめる。

「すいません、ナミさん。巻き込んでしまって」

 完璧な笑み。優雅な物腰。弱音など吐いたことがないような、強気の瞳。
 先程までの雰囲気は欠片もない。目の錯覚かと思うほどに。
 そこにいるのは、百戦錬磨の怪盗。

 キディはナミの手の枷を砕くのは危険と判断したのか、鎖の繋がった壁の方を破壊する。
 じゃらん、と鎖が落ちた。
 それをかかとで邪魔にならない長さに砕き、キディはナミの前にひざまずく。

「絶対に、無事に返しますから。それからあのブタは、後でちゃんとぶっ殺しておきます」
「え…………」

 その辺りで、ナミはようやく気付いた。
 この男は、自分を助けに来てくれたのだと。
 何百人もの警備を振り切って、自分のもとに来てくれたのだと。

 綺麗な蒼が、真剣に、真摯にこちらを見ている。
 信じてもいい、と思った。

(ワタシのお宝を盗んだのは、許さないけどね)

「…………ええ、お願いするわ、ナイトさん?」

 ナミはその細い腕を、優雅に差し出す。
 キディはうやうやしくナミの手を取り、口付けた。

「命に代えても」



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