Moonlight In Bullet
「本当に来た………」
ベルは庭を見下ろして、呻いた。
その背後には、ネルガの部下である海兵が立っている。
「何故だ!?泥棒だぞ、ただの………悪党が、仲間を助ける必要が何処にある………!?」
ベルのいるバルコニーの真下の庭で、ガードマンたちが走り回っている。
「回り込め!」
「邸内への侵入を許すな!」
「撃て!撃て!」
「これだけの警備の中を………わざわざ死にに来たのか」
ベルはごくりと生唾を飲み込んだ。
その言葉に、ベルの右隣にたっていた第二班班長が呟く。
「…………死ぬ気はないのでしょうね。あれだけの銃弾が少しも当たらない。驚異的な身軽さと反射神経だ」
「…………っお前達は何をしとるんだ!見ているだけか!?行けっ!」
「ミスター」
「な、なんだ」
静かな声と目つきに、ベルはうろたえる。
かしずかれるのが当然と思い込んでいるので、反抗されることに慣れていないのだ。
「オレ達は大佐以外の命令を聞く気はない」
「なんだとっ………」
「………今オレ達が参戦したところで、あなたのガードマン達が邪魔で上手く行動できないでしょう。作戦のことは聞いたはずです」
「む…………」
怒号は止む様子がない。
倒れ伏すガードマンの数は加速度的に増える一方だ。
どぉん!
バルコニーが……いや、ベルの屋敷全体が微かに揺れた。
侵入者が、屋敷の扉を蹴破ったのだ。
すさまじい脚力。
「Cheeky Jesus…………三千万ベリーか。流石に、真っ正面から相手は出来ないな」
「ああ。部下が傷つくだけだ」
第一、二班班長は冷静にその様子を見ていた。
キディは、怒っていた。というよりも、静かにキレていた。
卑劣なやり方に。ふがいない自分に。
何より、無関係なレディを巻き込んでしまったことに。
前を遮るものだけを蹴り倒しながら、キディは曲がりくねった無意味に長い廊下を走っていた。
ベルの屋敷に入ってからは、ガードマン達は銃を使ってこなくなった。
そこらに無造作に置いてある調度品の目利きくらいは出来るので、その理由もわかる。
絵や絨毯に傷一つでもつけようものなら、いったいいくらの損害か。
意外な事に、趣味は悪くなかった。
しかしそれら全てがか弱いレディ達の涙と汗を引き替えにしたものだと思うと反吐が出る(野郎はどうでもいいが)。
さて。
「お姫様はどこにいるんだ?」
まあ、それは簡単だろう。小悪党、三流悪役の考えることは単純なのだ。
地下。もしくは最上階。それかベルの寝室。
絵に描いたようなパターン。話が簡単でいい。
(もし最後の選択肢だったらあの豚ブチコロしてやる………ま、近いトコから回るか)
軽い口調に軽い思考。
だがキディの眼光と雰囲気だけは、それを裏切っている。
どがあっ
ガードマンが吹き飛び壁に叩きつけられ………ぐるりと白目をむいた。
容赦、全くなし。
殺しはしない理性は残っていたが。
(もしナミさんに何かあったら………関わったヤツ全員、地獄行きだ。原型が残らなくなるまで、蹴り潰す)
それも、擦り切れる寸前である。
+++ +++ +++
そのころ、ゴーイングメリー号では。
自炊という言葉を知らない男三人が、仲良く腹を鳴らせていた。
彼等は、世話をしてくれる人がいなければ勝手に全滅してくれるかも知れない。
「腹ぁ、減ったぁ……………」
「………………(心頭滅却)」
「ナミ、遅いなぁ………どこで道草喰ってるんだろ」
しかも、彼女の身に何かがあったとは、全く考えていない。
考えているのは己の腹の事情である。腹の虫は現在全力で抗議、デモ行進中だ。ゴム船長が、肉を生でかじり出すのは時間の問題であろう。ちなみに、ナミの蜜柑はとっくに全滅している。
街に食べに行くということも考えたが、まだ海軍もうろついているだろうし、それよりなにより財布を預かっているのはナミである。もし、宝に勝手に手をつけたりしようものなら、三人揃って仲良く一度は地面にKissするハメになる。
その辺り、ゴーイングメリー号のしつけは徹底していた。
ルフィはもう既に蜜柑に手を出してしまったため、ゴムが伸びきるまで海水に漬けられるのは間違いないだろう。
ぐううううううううう。
間延びした音が、夜の空気を伝ってどこまでも響く。
力の抜けきった三人を、見下ろす影が一つ。
「オマエら…………」
呆れたように額に手を当てて呟く、愛嬌のあるそばかすの男。
「エース!」
がば、と光速で身を起こすルフィ。
ゾロも、薄目を開ける。ウソップは軽く挨拶した。
「メシ作ってくれ!」
「オイ…………客にそれしか言うことはねぇのかよ、ルフィ」
辟易したように首をすくめるエース。
この男は何でも器用にそつなくこなす事を、ここにいる全員が知っていた。もちろん料理も、その辺の下手なメシ屋より上手いし、美味い。
「メシメシメシメシ~!!」
「人の話聞けって………ま、土産があるんだけどな」
と言って、エースは右手に持った包みを差し出す。
一抱えほどもある箱。揺らさないように、大事に支えられている。
「ケェキ」
「ケーキーーーーーーーーーーーーー!!」
途端にルフィがエースの腕ごともぎ取りそうな勢いで、包みにかじりつこうとした。
「こら、ちょっと待て、俺ごと喰うな、っつか、箱ごと喰うな」
「なんでケーキなんか……」
「お、ゾロ、文句あるのか?」
「くくく、この俺様は知ってるぞ~。お前、そんな顔して実は甘党なんだろ?にあわねぇって自覚あるから隠してるみたいだけどよ~」
「うっせぇ、黙れウソ」
「省略すんなぁ!」
「オマエら、見て驚くなよ?」
暴走しそうなルフィを見事に押さえ、慎重にケーキの箱を開けるエース。
食べ物が絡んだルフィをここまで手際よく押さえつけられる人物を、ゴーイングメリー号の船員は他に知らない。
「「「…………………………」」」
「スゲェだろ。ちゃんと食えるぜ?」
一瞬黙った三人に、エースは得意げにケーキを見せびらかす。
「アーティスティック………!」
「既に食いもんじゃねぇな………」
「んまほー…………!!」
そこにあったケーキは、船の形をしていた。
平面ではない。なんと立体。
垂直に立つマスト。飴細工のガラス窓。
甲板に並ぶ樽まで、見事に表現されている。
お菓子の家ならぬ、お菓子の船。
並々ならぬ技術。精密なアート。
尋常な腕で出来る事ではない。
((スゲェけど………なんで船?))
ゾロとウソップは同時に思った。
「エーーーース!スゲェよお前が作ったのか!?」
「いや、違ェ………いくら俺でもこんなの作れねぇよ。ハルだ、ハル」
ひらひらと手を振り、この頃菓子作りに凝ってたみたいだからなぁ、と続けるエース。
「考え得る限りの手間と技術で作ってくれたみたいなんだけどな………ってルフィ、一口で食ったら、ゴムをあぶるぞ」
「スッゲェ!めちゃくちゃスゲェ!こんなん作れんのかー、なぁ、アイツやっぱ仲間になってくれねぇかな」
((ハル………っていうと?))
ぴた。
ゾロとウソップの動きが止まる。
直後にがばっと顔を上げ、エースに掴みかかった。
「エース、居場所知ってるのか!?あいつの仲間が、今日泣いて………俺、可哀想で可哀想で」
「さっさと教えやがれ!はいつくばらせて説教くれてやる!」
エースは苦い笑みを浮かべながら二人を押しとどめる。
「エース!!」
「いや、アイツは…………もういっちまったよ。実はそれ、お別れ記念のケーキ」
まいった、というかんじのジェスチャー。ふざけた口ぶりと真剣な目で。
「フラれちまったのよ、俺」
「………………遅かったのか」
「いや」
エースは首を振った。それからルフィの首根っこを捕まえて、引っ張り上げる。
顔を付き合わせて、微笑む。
「その事で、オマエらに相談があるんだよ」
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