Bloodey Blue Memory




 自分はただ、大人しく死んでいれば良かったのだと。
 そう気付いたのは全てが終わってからだった。




 痛みすら麻痺した幼い手足は、それでも前進を止めずに。
 ひたすら這い続けた。
 全ての爪がなくなっても。
 指の肉が破れても。
 血走った目で。
 ただ一つのことだけ考えていた。

 どうか、どうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうか。
 誰か。お願いだから。


 ………………祈っていたのかも知れない。






   +++ +++ +++


 どすっ

 ゼフの蹴りが斬首刀をかいくぐり、ネルガを吹き飛ばす。

 しゃんっ

 代わりに斬首刀はゼフの左肩を浅く薙いでいた。
 長時間戦っていたわけでもないのに、既に二人の体は大小様々な傷で覆われていた。

「がはっ………」

 ネルガの口から赤い血がこぼれる。
 肋骨はもう既に何本か折れていた。
 流石に、老いたとはいえ『赤足』の名は伊達ではない。
 いくら凄腕とはいえ、まだ若いネルガは苦戦していた。
 その足技についてこれるだけ、実力があると言った方がいいか。
 ゼフの方は、致命的な傷は一つも受けていない。

「そろそろ決着を付けるか」
「くっ………………」

 壁に叩きつけられて崩れた体制を、刀を突いて立て直す。
 ゼフの寝室の調度品は、蹴りの余波や刀傷でボロボロになっていた。
 船の炎上予定時刻まで、後十分もない。
 ネルガは焦り始めていた。
 斬首刀を水平に構える。
 ネルガの紅い目が火を噴くように昏い感情に燃えた。

「………………」

 ゼフの方も、ただならない呼吸を感じたのか構えを改める。
 ぴいん、と場の空気が張りつめた。
 静寂がその場を支配する。
 最後の一撃。
 二人ともがそれを解っていた。

「う、おおおおおおおっ!!」

 ネルガが渾身の力を込めて床を蹴る。
 長いリーチを最大に生かしての、突き。
 尋常でない瞬発力に、普通の人間なら何が起こったのかわからない間に串刺しになるだろう。
一直線上に、ゼフの心臓。
 一瞬。
 完全に避けきることは不可能。
 しかし、致命傷を避けてかわしさえすれば、ゼフはネルガの延髄をへし折ることが出来た。

 そう、避けられたかも知れない。


 ちょうどゼフの後ろに、部屋の扉がなければ。

 ………ちょうどゼフの後ろから、息も絶え絶えなかすれ声が聞こえなければ。


「ジジ、イ…………」






 一瞬の食い違い。




 どずっ


 生々しい音。
 血に染まる斬首刀。
 吹き上がる血が、顔にかかる。
 視界が赤くて。
 熱いものが顔にかかる。



 これは、なんですか?

 どういうことですか?




 ああ。



 自分が大人しく、死んでいれば。

 こんな、事には。

 ならなかったのでしょうか?




 後悔というものは何の為にあるのだろう。
 その後の人生を屍で生きる為か。


 サンジの目の前で、全てが一瞬で終わった。




「ジジイ………………?」



「ジジイ………………?」



「なぁ、ジジイ……………?」



「おい、冗談だろ…………?」



「目ェあけろよ」



「蹴れよ。怒鳴れよ?」



「なぁ……………?」



「何で……………………?」



「ねぇ…………何でだ…………?」



 もしも。
 この場に居合わせなかったら。



 どうか。
 誰か。
 お願いだから。
 嘘だと言ってください。

 明日も同じ日があって。
 同じ人がいて。
 同じ事で怒って、笑って。
 同じように。

 それだけでいいから。

 それ以外は望まないから。

 そんなに、だいそれた願いだったでしょうか?

 叶えられてはいけない願いですか?










「助かったよ、サンジ」
「礼に、見逃してやる」






 誰がこんな事を思い付いたのか、どうか聞かせて欲しい。
 殺してやるから。


 その後俺も死んでやるから。


 なあ?

 でも、テメェの喉笛食いちぎるまで、俺は死なねェぞ?
 何をしてでも、生き延びる。

  地獄まで一緒に送ってやる。


   +++ +++ +++



『赤足のゼフ』の死は、瞬く間にグランドライン中に響きわたった。
 海賊狩りの『赤目のネルガ』の名と共に。
 ゼフのオールブルーは行方知れずになった。


 ―――その数年後、裏の世界に『Cheeky Jesus』と呼ばれる怪盗が知られるようになる。




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