Bloody Blue Memory




 さんさんと降る日差し。
 海の上に、ふざけた船首と旗をくっつけた船が浮かんでいる。

「あ~る~晴れた~ひ~る~下がり~か~い~ぞ~く船~の上~♪」

 コック帽をかぶったアヒルにナイフとフォークの十字。
 それは『クック海賊団』のマークだ。

「ジ~ジ~イィと~ふ~た~りぃで~ジャ~ガ~イ~モ剥い~ている~♪」

 その船から、歌声が聞こえてくる。
 変声期前の、少年の声。

「か~わ~い~いサンジ~こきつかわ~れ~て~♪」

 甲板の上では、包丁を持った少年が鼻歌を歌いながら芋の皮むきをしていた。
 十をいくつか過ぎたぐらいであろう、細い手足をした金髪の少年。
 年頃に合わない慣れた手つきで、包丁を操っている。

「それでもが~ん~ば~り~イ~モ~を~む~く~ぅ♪」

 その隣には、立派な髭をした中年と老年の間くらいの男。
 少年の速度も大した物だが、その三倍くらいの精密さと速さで芋の皮を剥いている。

「しょりしょりしょ~り~しょ~り~♪レディがい~な~い~♪」

 二人が剥こうとしている芋の量といったら、半端ではない。
 五十人分くらいの量にはなるのではないか。

「しょりしょりしょ~り~しょ~り~♪いるのはジジイだけ~♪」
「………………………黙れチビナス。鬱陶しい」
「うるせェジジイ。この美声が鬱陶しいなんて、とうとう耳まで呆けてきたんじゃねぇのか」

 少年は、あどけない見かけに全く似合わず、口汚かった。

 どごっ

 途端に男の足が少年の腹にヒットする。
 少年は船の端まで、見事に吹っ飛んだ。
 それを見て、一人の若者がさっ、と腕を伸ばす。

 ぼすっ

 軽い音を立てて、少年は黒髪の若者の腕に収まった。

「おいおいお頭、勘弁してやってくれよ。サンジが海に落ちるトコだった」
「サンキュー♪」

 サンジと呼ばれた少年はあまり堪えていない様子で、男の腕からぴょんと飛び降りる。
このような事態に慣れているのだろう。

「ガキを甘やかすな」

 苦虫をかみつぶしたような表情で、頭と呼ばれた男は呟く。

「とは言っても………サンジがいねぇとメシの支度が遅れるんじゃないですか」
「そんなガキ一匹いてもいなくても変わらん」
「ガキ言うな!クソジジイ」

 サンジはそういいながら、一生懸命走ってもとの場所に戻っていく。
 結局、よく懐いているのだ。

「まったく、ジジイは気が短くていけねぇ。きっと脳卒中かなんかで倒れるぜ。血圧高ェし」
「余計なお世話だ、チビナス」
「だからチビナス言うな!ケチジジイ!」

 ぎゃいぎゃいとまた騒がしくなる甲板。
 若者は苦笑した。
 二人の所に近寄り、船のへりにもたれかかる。

「ケチケチケチケチケチクソジジイ!今日こそはオールブルーを見せて貰うからな!」
「誰が見せるか。腐る」
「腐るかァ!いいから見せろよ!見せろ!見せろ!」

 ばたばたと足を振り回すサンジ。
 オールブルーというのは、このクック海賊団の船長兼コック、ついさっきサンジを蹴り飛ばした赤足のゼフの宝である。
 あらゆる青い宝石で出来た、タリスマン。
 それを持つ者は海に愛されると言われ、事実クック海賊団は一度も時化に遭ったことがない。
 この船の最年少で見習いコックのサンジは、それを一目見たくて仕方ないのだが、まだ一度も見せて貰ったことがないのだった。
 ゼフはオールブルーを非常に大切にしており、いつも部屋の宝箱の中にしまっている。

「ダメだ」
「…………諦めろサンジ、この船の誰だってまだ一度も見せて貰ったことがないんだから」
「えっ、お前もないのか!?副船長なのに!?」

 サンジはビックリして男を見上げた。
 この男はまだ非常に若いにも関わらず、その冷静な判断力と剣の腕をゼフに認められ、この海賊団の副船長を努めていた。
 いつも喧嘩をする(祖父と孫とのじゃれあいにしか見えないのだが)二人の仲裁をするのもこの男の役目である。
 ゼフがこの男を副船長にするときも大いにもめたのだが、文句を言った者を全て一人で叩きのめした実力を見てからは、誰もが彼を副船長だと認めた。

「ジジイ~、見せてやれよ~、んでついでに俺にも見せろ。海より蒼いってホントか?」「知るかクソガキ。しゃべってないで手を動かせ」
「動かしてるっつーの!頑固ジジイ!」

 べー、と舌を出す仕草は子供そのもの。
 ゼフの口元が僅かにつり上がっているのに気付いているのは、本人も含めても副船長以外にいないだろう。

「で、今日のメニューはなんですかね?この大量のジャガイモは」
「へっへへ!今日は『ジジイと俺特製:ホワイトソースマカロニジャガイモキングスペシャル!』だ!」
「………………ポテトグラタンだ」

 ゼフの蹴りがまたもやサンジにヒットする。
 ゴムマリのように弾んで吹っ飛ぶ細い体を、今度は見送る男。
 毎日鍛えられているので、本当はそれほど心配するものではない。

「なにしやがるっ!」
「変な名前を付けるんじゃねぇ。メシが異常な物みたいに聞こえる」
「味気ないだろ!それじゃまんまじゃねぇか!」
「いや、美味ければ何でも………」

 若者は、また仲裁に入る。
 このまま放っておけば、食事の支度に差し障りが出るに違いない。
 この大海賊団のコックは、この二人しかいないのだから。

 腰に差した一振りの斬首刀。ごついブーツに白い服。
 黒い髪を適当に切って撫でつけている。二十代前半、もしくはまだ十代であろう。
 実力にふさわしい、鋭い眼光。紅い瞳。

 サンジはこの男に、少し憧れていた。


 その男の名は、ネルガといった。


    
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