それぞれ。












He does, He does, She does.





ベル・ゴーディーは腰まで埋まりそうなクッションに埋もれて、タンブラーを揺らす。
口元を歪ませ、何度目かの同じ質問を繰り返した。

「仲間は何処にいる?」
「知らないって言ってるでしょ」

ナミは強気な視線を返した。
黄色のイブニングドレスはしわくちゃになり、髪も埃っぽくなっていたが、ナミの態度は毅然としていた。

「ダイヤは」
「―――何度訊かれても、知らないモノは知らないのよ。あの泥棒野郎は、私達とは関係ないの」
「それが信用できるとでも?」

ベルは、傲慢な態度でナミを見下ろした。
彼女は絨毯の上に直に座らされ、後ろ手に拘束されている。
タンブラーに付いた水滴が、ぽとりと下に落ちた。

ここは、ベルの屋敷である。
混乱の極みにあったパーティー会場の始末は部下に任せ、やっと一名だけ確保できた女盗賊の尋問を行っているところだ。
ベルの屋敷はシトロスの北西にあり、常時厳重な警備体制が敷かれている。
テロの標的にもなることが多々あるベルは、屋敷の周りを異常なほどのガードマンで固め、高い塀で囲んでいた。

「アンタには女の嘘と本当も見抜けないのね。関係ないと言ったら関係ないのよ」
「じゃあなぜ、わしを襲った?別の理由か?」
「…………………………それは」

(ルフィに訊きなさいよっ!ワタシだって知りたいくらいよ)

「……………ノーシィか。ヴェルザンディか?ふん、養ってやっている恩を忘れやがって。わしがいなくなったったら誰がシトロスの貿易を支える」

ベルはふん、と鼻を鳴らした。
太い足を億劫そうに組み替える。

「底辺の人間は、文句を言わずに働けばいい。それしかできないのだからな。わしは、ずいぶん効率よく奴らを管理しているつもりなのだがね」

こつこつと肘掛けを叩き、いかにも分別がありますといった表情で、ベルは独り言を言う。ナミには、ベルがその馬鹿げた思いこみを本気で言っているのがわかった。

「わしが酷い圧制を強いているときた。安く仕入れて高く売るのは商売の基本だし、ちゃんと金を払って商品を買っているのに恨まれるとは。恩を仇で返すとは、態度がなっとらん。なぜなんだろうな?仕返しまでたくらむ輩が出てくる」

ふうむ、とタンブラーからスコッチを少し口に含み、ベルは眉根を寄せた。
足を組み直し、また視線をナミに向ける。

(………………………ブタね)

ナミはその視線の気色悪さに、反吐を吐きそうになった。

「どう思うね。民衆の恩知らずな態度を」
「………それはアナタが救いようのないゲスだからじゃないかしら?ミスターチキン。仕返しが怖いなら悪ぶってないでママの所へ帰りなさいな」
「…………………………」

ベルは黙り込むと、ゆっくりと立ち上がった。
ナミのもとへ近づき、タンブラーを傾ける。

ばしゃっ

スコッチが、ナミの頭からしたたり落ち、イブニングドレスを完膚無きまでに再起不能にした。雫が、絨毯にぽたぽたと落ちる。
ナミは微動だにしなかった。うつむいた額に前髪がべったりと張り付く。
蜜柑色の髪の毛は、濡れて深みを増している。

ベルはタンブラーを投げ捨てると、抑えた低い声で尋ねた。

「…………今、なんといった?雌豚」

ナミははっきりと顔をあげ、ぎっ、とベルを見据えて言い放った。心底軽蔑した声で。

「アンタは救いようのない生ゴミだって言ったのよ、ねぇミスター?耳まで悪いの?」



ベルは傍らの部下に、低い声で言い放った。

「――――足を一本。その後は地下牢に放り込んでおけ。仲間の居場所を吐くまで、食事は絶対与えるな!」





   *** *** ***





ルフィ、ゾロ、ウソップの三人は、取り合えず船に戻ろうと、港へと続く道を歩いていた。
黒いジャケットとパンツの正装はまだしていたが、仮面はあまりに目立つので外してある。

「運動したら腹減ったなー」
「船に付くまで我慢しとけ。着替えたらメシ喰いにまた来ればいい」
「ナミの奴、本気で先に逃げるんだもんなー」
「………あれ、なんか変な声聞こえねぇ?」
「あ?」
「……確かに」

一つ通りを挟んだ向こうに、人垣が出来ている。
その中から、叫び声が聞こえてくるのだ。
人垣はよく見ると少しずつ移動しており、どうやら誰かが歩いている、その周りを囲っているらしい。

「わああああああああああああん!!!!」

「泣いてる…………」
「しかしまあ、馬鹿でけぇ声だ……」
「何がそんなに、悲しいのかな…………」



人垣の中心にいるのは、膝丈ほどの茶色い獣。
喉が張り裂けるような大きな声で喚き、涙を流す。
見る者の心が傷むような、深い泣き方。

チョッパーは、泣きながら歩いていた。

「うわああああああああああああああん!!」
「わあああああああああああん!!」

あまりに出る涙のせいで、よく前も見えない。
通りの人々の方が避けてくれるおかげで、ぶつかる心配はなかったが。

「お前、何してんだー?トナカイ」

突然、ひょいっと持ち上げられる。
チョッパーは慌てて目を拭った。

目の前には、赤いベスト。
その上には、人なつっこい笑顔。

「お前は……………」
「トナカイ、何で泣いてんだ?」

ルフィの言葉に、拭った目にまた涙が浮かぶ。

「俺、おれ……………う」
「お、おい」
「ファイに、ファイに捨てられ、ひっく、たんだ………!うわああああああん!」

ゾロとウソップは顔を見合わせる。

「どうすんだ、これ………?」
「……………俺に訊くな」





*** *** ***





「落ち着いたか?」

優しい声でウソップが尋ねる。
チョッパーの目の前には、作りたてのホットミルクが置かれていた。

「う、うん…………ありがとう…………」

小さなひづめでカップを支え、そろそろとそれを飲むチョッパー。
涙は収まっていたが、その瞳はまだ潤み、声は涸れていた。

ルフィ達は、取り合えず泣きっぱなしのチョッパーを連れてゴーイングメリー号に戻ってきていた。
先に帰ったはずのナミはいなかった。
仕方ないのでこういう事態には一番適任であるだろうウソップが、まずはチョッパーを椅子に座らせ、お手製のホットミルクを振る舞っていたのだ。

「何があったんだ?」

なるべく自然に、優しい声で問いかけたウソップだったが、

「ファ、ファイが………!」
「わ、わかった、落ち着いて話せ!」

途端にまた目にじわっと涙を滲ませるチョッパーに、慌てて頭を撫でてやる。

「うん…………」

チョッパーは何度かこくこく頷くと、息を整えてゆっくりとしゃべりだした。





「俺……ファイに捨てられた」

「ファイは、復讐者だから………………」


ねぇ、俺一体何の為に強くなったと思う………?





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