それぞれ。












He does, He does, She does.





「チョッパー」

背後から掛かった声に、医学書を読んでいたトナカイはびくりと身を震わせる。
恐る恐る振り返ると、無理矢理顔に微笑みをのせて、大好きな人を出迎えた。

「―――お帰り、ファイ」 
「ああ。…………ずいぶん余計なコトして時間喰っちまったけど、成功したよ」
「………………」
「………嬉しくなさそうだな」

キディは、困ったように微笑んで、俯いてしまったチョッパーの頭を撫でた。
チョッパーはその手を振り払い、ソファからぴょんと飛び降りる。

「嬉しくないよ」
「あー、結構キツいんだったな、お前」

キディは頭をがしがしと掻くと、代わりにソファに倒れ込んだ。

「でもま、もうイイだろ。…………コレで最後なんだから」
「……………!」

キディはベルから盗んだブルーダイヤを取り出し、チョッパーにかざして見せた。

「キレイだろ?コレが…………オールブルーの、最後の一つだ」

噛んで含めるように、諭すようにキディはチョッパーへの言葉を紡ぐ。
チョッパーは、聞きたくないとでも言うように、フルフルと首を振った。

「だから、もう、俺のやらなきゃいけないコトは後一つしか残ってない」
「ダメだ、ファイ」

一番聞きたくないのは、その言葉。

「…………さよならだ、チョッパー」
「イヤだっっ!!!!!!」




チョッパーは激しく叫んだ。
もうずっと前から覚悟していた時が、今来たのだとわかっていた。
それでもやっぱり、そんなことは許せなかった。
キディの優しい目が、なくなるのはイヤだった。
時折見せる寂しい目だって、自分は見守っていたかった。

「何でだっ…………!!」
「チョッパー」

キディは微塵の動揺もみせず、そこにいた。
それはもう、ずっと前から決定していた事なのだ。
キディは一度決めたことは絶対に変えない。そんなことは自分が一番良く知っている。
けれど。

「何でそんなこと言うんだっ!」
「―――理由は、良く解ってるだろ?」

キディの長い指が、ソファの横にあるテーブルの上に伸びた。
そこには、簡素な木の箱がのっている。
恋人にするような丁寧な動作で、キディは箱の蓋を開けた。
一つ一つ、中身をゆっくりと優しくつまみ上げ、テーブルの上に並べる。

「サファイア、アクアマリン、瑠璃、ブルートパーズ、スターサファイア…………」

テーブルの上に、蒼い光が溢れかえる。それは、とても幻想的で美しい光景だったが、チョッパーは既に、それより綺麗なものを知っていた。だからあまり興味も持てなかった。

でも、それはキディにとって何より大切なものだ。

「………………ブルーダイヤ」

キディはまたゆっくりとした動作で、それをしまいなおした。
ぽん、と今までからは考えられないくらい無造作な扱いで、それをチョッパーに放り投げる。
慌てて、チョッパーはそれを両手で受け取った。一つもこぼれなかったことに安堵し、大きく息をつく。

「……………っどうしたんだよ、ファイ」
「………それ、お前にやるよ」
「!?」

チョッパーは驚いてファイに掴みかかった。

「なんで?!これを全部集めるために、あんなに苦労してきたんじゃないのか!?いきなり、どうして―――」
「それも、お前にはわかってる筈だ、チョッパー」

静かな声で答えるキディに、チョッパーは言葉を詰まらせる。

「俺は――――」

自分は、何の為に。




「俺は、綺麗なものなら、欲しくない」




ずっとずっと、初めて会ったときからその目には、何処か遠くが映っていた。
ふとした瞬間に見せる笑顔と、その寂しさ。
彼が本当は、どんなに不器用な人間か、自分ほど知っている者はいない。

「それは、そのままずっと離れないようにしといてくれ。ネックレスでも、ブレスレットでもいい――――二度と、バラバラにならないようにしといてくれ。その後でなら、海に捨てようが、売り飛ばそうが構わないから。でも、俺みたいな薄汚ェ悪党の手に渡るのだけは、阻止してくれ」
「ファイ―――」
「それからこの家、お前にやるよ。その辺に置いてある宝も、好きに使ってくれていい」
「ファイっ!!」

チョッパーはブルブルと震えながら、キディの足にしがみついた。

「俺、何でもするよっ!ファイのためなら何でもするからっ!何処にでもついてくからっもっと強くだってなるからっ!何でもワガママ聞いてやる、何にも欲しがったりしない!すぐ泣くのだってもう止める!!だから―――だから!!!」
「…………お前、もう泣いてんじゃねぇか」


「―――俺を、側においてよ…………捨てないで。俺、ファイしかいない……」

「俺を俺として見てくれる人、ファイ以外いない…………!」
「独りになるのはもうイヤだ…………!」


自分に取りすがって泣く愛しい獣の背を、キディは優しく撫でた。
サングラスを外し、チョッパーを抱え上げると同じ高さで視線をかわす。

「―――俺は、お前に懐いてもらえるような人間じゃない」
「そんなことない!俺を、スラムのゴミ捨て場でうずくまってた俺を、拾い上げてくれたのはファイだった!側に置いてくれた………強くなることを覚えた!!」
「――――逃走や変装に便利な道具を拾っただけだ。もう必要なくなったから捨てる」
「嘘だ!!」
「………嘘じゃない。お前には、もう、俺なんか必要じゃない。俺もそうだ」
「嘘だ………………俺は知ってる」


「ファイは、ホントは………復讐なんてしたくないの知ってる!」
「ホントは、ずっとコックになりたいって思ってたの、ちゃんと知ってる!!」



キディの蒼い瞳が揺らいだ。
ぎゅ、縋るようにチョッパーを抱きしめる。

「へへ、さっきな…………アイツら、仲間にならないかって言ってきた」
「アイツら…………?」
「結構、楽しかった。一緒にいて、イヤじゃなかった――――このまま、そいつらと同じ位置にいれたら、って………ちょっと、思ったりもしちまった」

キディはうつむいて、その長い前髪で顔を隠した。
穏やかな声だった。夢見るような声だった。
その声に、思わずチョッパーは口を挟んだ。

「だったら」

その声は穏やかなままで。彼は、その言葉を切って捨てた。


「さっき言ったろ。俺は――――綺麗なものなら欲しくない」


キディはチョッパーを抱いていた手をゆるめ、静かに床に降ろした。
チョッパーは涙を溢れさせ、ぼたぼたとカーペットに染みをつくった。
あんなに幸せだった時間が、もう消える。
なくしたくないものが、また両手をこぼれ落ちる。



「………ゴメンな、チョッパー………俺ァ、聖人君子になんかなれねェんだ」

「だってまだ、ちっとも忘れられない」
「心の中、汚ねェもんでいっぱいだよ」
「どろどろで、ちょっと気ィ抜いたら溢れてくる」
「どうしたって抑えられねぇよ」
「そうしなかったら、生きていられねぇんだよ」

「ちっとも、忘れられない…………!」


「ヤツを、殺しに行く」


「さよならだ、チョッパー………お前がいてくれて、俺はずいぶん助けられた」

「―――――感謝してるよ」



「お前は暖かかったから………俺は今まで甘えっぱなしだった…………ありがとう」



――――そうして、キディは静かにその家を去っていった。





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