He does, He does, She does.
シトロスの通りを、男女合わせて五人が爆走している。
「賊を発見!直ちに確保に移る。陣形3に展開!」
号令と共に、彼等の前に隊列を組んだ男達が立ちふさがった。
「っ海軍か!」
「ああ、いよいよ本格的に犯罪者っぽい………」
「確かにテメェのそれは犯罪だな、長ッパナ」
「テメェ、自分なんか真性の犯罪者じゃねぇかっ!」
「ちょっと、いい加減恥ずかしいから降ろしてっ」
「うほー、ぞろぞろいるなぁ」
五人五通りの対応。半分以上に危機意識が足りていないが。
「まだまだ出て来るぞっ」
「ちっ」
キディはナミを地面に降ろした。
「ナミさん、コイツらはここでオレ達が食い止めますから、先に逃げてください」
「なんで複数形になってんだ………」
「ああん?お前、剣士が敵に後ろを見せるのかよ?……ま、別にイイけどな、腰抜けは引っ込んでやがれ」
「―――誰が腰抜けだと?ふざけんな敵前逃亡は泥棒の十八番じゃねぇのかよ」
「今は泥棒じゃなくてナイトなモードなんだよ、レディをお守りするのが役目だ。もうイイからお前は腰抜かしながらその辺で光合成でもしてろ」
「じゃ、じゃ、そういうことでっ、お、オマエらに全て任せたぞ!安心しろ、このキャプテンウソップ様の後ろからの援護があるからなっ」
「テメェはそう言いながら逃げてんな」
「なー、もうぶっ飛ばしていいのか?後はこの仮面、取ってもイイか?うっとーしくてさー」
「ダメよ、顔が割れるから」
「ナミさんの美しさは、仮面ごときで隠れる物ではありませんっv」
「駄目なのか。さすがにちょっと暑苦しいんだがな」
「テメェの暑苦しさは少しくらいアップしてもかわんねぇから平気だろ。むしろ仮面で隠してた方がすっきりするぞ」
「……テメェの眉毛の方を先にすっきりさせとけ」
「…………あん?テメェ言っちゃいけねェことを言いやがったな!?」
「そのぐるぐる眉毛のことか」
「ぐるぐる言うな!人工芝!」
海軍に囲まれているというのに、この呑気さ。
「はあ………それじゃ頑張りなさいよ、ワタシは先に船に帰ってるから」
「ま、待てナミ俺も………」
「お前はこっちだ」
ゾロに襟首をひっつかまれ、引き戻されるウソップ。
「ちっ、刀がねぇのは失敗だな」
「テメェの刀があろうがなかろうが、多分戦況に影響はねぇよ」
「……言ってくれるじゃねぇか」
「お望みならいくらでも言ってやるぜ?」
「ゴムゴムの~~銃乱射!!」
どかどかどかどかどかどかどかんっ
海軍の一群が、派手に吹き飛ぶ。
「あ、お前勝手に始めやがってっ」
「だってオマエらしゃべってばっかりなんだもんよー」
「い、いいぞ、その調子で全部やっつけろ!第二の部下よ!」
「違うぞ、俺はキャプテンだ!」
「怯むなァ!分断して客個撃破!陣形5!」
海兵達は訓練され、良く統率された動きで打ちかかってくる。
味方が何人か倒されたにも関わらず、あまり志気にも影響はないようだ。
「一人残らず捕らえろ!!場合によっては銃の使用も許可する!」
*** *** ***
「ふう………アイツら上手くやってるかしら。捕まる心配は絶対ないだろうけどね……身元が割れるのは勘弁だわ。ま、こう考えれば仮面パーティーで良かったとも言えるか」
ナミは、ちょっとした細い裏通りに身を潜め、仮面を外した。
「あー、それにしても全く無駄足だったわ………きっとアイツら今頃目的忘れてるだろうし……船に海軍連れて帰ったら承知しないんだから」
仮面をその場に捨て、ナミは船に戻ろうと路地を歩き出した。
その細い背に、黒い影が映る。
「っ!?」
気配を感じてナミは振り向いたが、伸びてきた手に口を塞がれ、それ以上なにも出来なかった。必死にもがくが、異臭のするハンカチを当てられ、だんだんと意識が遠くなる。
「う……………」
ナミの手足から力が抜けた。
目を閉じたナミを、数人の男が取り囲み、抱え上げる。
「………一名確保」
*** *** ***
「つ、強いっ………!」
また新たに部下が地に伏せ、第七班班長は思わずその台詞を吐いた。
部下は半数以上が倒され、相手にはまだ疲れも見えない。
悪魔の実を食べているに違いない、不思議な伸びる身体を持った少年。部下から奪った警棒を武器に戦う、目つきの鋭い男。しなやかな身のこなしの、線の細い派手な金髪の男。そして(あまり役には立っていないが)奇抜な鼻の形をした、縮れ毛の少年。
皆それぞれ仮面やサングラスで素顔は隠しているが、あまり役には立っていない。
存在そのものが目立つような集団である、一度会ったら忘れないだろう。
そして、そのうちのほとんどが(一名除く)恐ろしく強かった。
この辺りの名のある海賊団とも、いい勝負をしてきたはずの自分の部隊が、軽くいなされている。
「くそっ………!」
思わず弱気になった自分を恥じるように、彼はまた声を張り上げた。
「囲め!分断しろ!」
ひゅん どがっ
また新たに、一人を昏倒させる。
ゾロは感じたことのない感覚に、戸惑っていた。その感覚自体に戸惑うのではない。むしろその感覚は――心地良い、とさえ言うべき物だった。
ゾロはそんな物を感じる、という事態に戸惑っていたのだ。
腕を薙ぎ払い、敵を倒し、攻撃を避け、また腕を振り下ろす。
そんな、日常の定型作業とでも呼ぶべき物だった筈の、『一般人』との戦闘。
その中に、いつもと違う物を感じている。
「オラクソ剣士ィ、ぼーっとしてんじゃねェぞ!」
認めたくない、認めたくはないが………それは、この男のせいかも知れない。
『呼吸が合う』のだ。ルフィと戦っている時も、こんな感覚は味わったことがない。次に相手がしたいことがわかり、自分がしたいこともわかってもらえる。
背中合わせで、戦える。
そんな言葉が、素直に出てくる。これほど神経を逆なでする相手には会ったことがない、と断言すらできるのに。
邪魔にならない。それどころか………一緒に戦うことに、快感すら覚える。
「おいテメェ………マジで真性の戦闘狂だろ」
キディが、一人の海兵にかかとを落としながら呟いた。
「………何がだ」
ゾロは、飛びかかってくる相手の腹を薙いで聞き返す。
「だってよぉ………初めてヤった時も、今も」
キディが回し蹴りを海兵の首に叩き込む。
「………テメェ笑ってんだぜ?」
また新しい海兵が突進して来た。
「……………笑ってる………?」
ゾロが、相手の鳩尾に警棒を突き入れる。
「――――俺、笑ってんのか……?」
無意識に、口元を押さえるゾロ。
(…………もしかして………俺は、楽しんでる……?さっきから感じてんのは、それなのか………?)
ルフィに言われた言葉と、キディに初めて会った時の事が、ゾロの脳裏をぐるぐると巡る。蒼と、金と、そして黒がゾロの中で暴れ回る。
『楽しいだろ?』
見透かしたような、ルフィの声。
スカした態度と、猫のような仕草。
―――ムカつく野郎だ。それだけの筈だ。楽しくなんて………
「…………お前、顔面の筋肉も自分でコントロール出来ねぇようじゃ、マジで病院行った方がいいぞ?」
考え込んだゾロに、真剣な顔でキディが忠告する。
「………………………やっぱ絶対違ェ!」
「はぁ?」
問い返したキディに構わず、ゾロは頭を振って海兵の一団に突っ込んでいった。
「っふはーーーっ!終わった終わったv」
ぱんぱん、と服の埃をはたいてルフィが笑う。
「だっはっは、このキャプテンウソップ様の大活躍を見たか!」
「「「イヤ全然」」」
戦闘が終わった途端に、いきなり胸を張って高笑いするウソップに、三人のつっこみが入る。
煙草に火を点けて、だるそうに煙を吐き出すキディに、ルフィが嬉しげに声をかけた。
「お前結構強いなー!」
「そりゃどうも、クソ野郎」
「ゾロとセットでいると楽しいしなー、お前、仲間になんねぇか?」
無邪気な顔をして突拍子もないことを言うルフィに、ウソップとゾロはぽかんと口を開けた。キディも目を丸くしていたが、ぴん、と煙草をはじき飛ばして、
「なんか一部引っかかるトコがあるが………お前、俺が泥棒だってわかってるか?」
「おうっ」
「っちょ、待てルフィ!!」
「心配するな、クソ剣士。………テメェらの仲間にはなんねぇよ」
「えーーー?なんでだーーーーーー?」
本気で疑問を感じているらしいルフィに、キディは呆れた視線を向ける。
「……………なんでもだ。賞金首を仲間に誘う賞金稼ぎなんて、いねぇぞ?それに………」
す、とその目が細められたのだろうと、サングラス越しでもわかる気配。
「俺ァ海賊狩りが、キライなんだ」
表情と裏腹に、声が笑っていなかった。
そのまま、キディは身を翻すと、近くの店の屋根に飛び乗る。
「それじゃあな、クソ野郎共!もう会うこともねぇだろ…………でも結構、楽しかったぜ?」
その笑みは、寂しげだったようにゾロには見えた。