優美な盗賊。
Graceful Thief
「こ、コイツら何者だ?!」
「いいから捕まえろっ!一人も逃すなっ」
「壇上にも一人いるぞ!!」
「新手のテロリストかっ!?目的はなんだ?!」
「あーあ………結局力押しかよ………クソ、俺サマの華麗なる計画がっ」
キディは頭を振って、とん、と地面を蹴った。
「っ!」
全ての視線が、彼のしなやかな身のこなしに集まる。
キディは、シャンデリアの近くまで飛び上がり、パーティー会場の中程に着地した。
とんとん、と靴をなじませ、飛びかかろうとしてくる警備員らを睨み付ける。
「俺の前を遮る野郎は、二日はメシが美味しく食べられねぇと思いな?」
「ぎゃーーーーーーー、なんってコトしてくれたのよ、ルフィ!」
「おお、オマエらやるのか?」
嬉々としてファイティングポーズを取るルフィ。
「そいつらを捕まえろぉ!!泥棒だ!一人も逃がすなぁ!」
腰を押さえたベルの怒鳴り声が飛ぶ。
「…………見事に勘違いしてやがる」
「ちょっとゾロ、落ち着いてないでよ!とっとと逃げるわよっ!」
「えー、逃げんのか?」
「このゴム、誰のせいだと思ってるのよっ!」
ヒステリックにナミが叫ぶ。ウソップは、ルフィの後ろに隠れていた。
「やあっ!!」
「…………甘い」
どがっ
警棒を抜いて殴りかかってくる警備員を、ゾロは半歩でかわすとカウンターで拳を叩き込んだ。まさか、パーティーに刀を差してくるわけにもいかないので、素手である。
「怪我ァしたくねェヤツは退きな」
ゾロの眼光の鋭さに、パーティー客のみならず、警備員もそろって一歩引く。
「そうよ、コイツら人間じゃないんだから!大人しく逃がしとかないと噛みつくわよっ」
「そそそそそそ、そうだぞっ!コイツの前に出たヤツは一瞬で血まみれだぞっ!なんてたってこのキャプテンウソップ様の一の部下だからなっ」
「…………テメェら……頼むから黙ってついてこい」
「お?」
「あ?」
ばったり。とまさに形容できる出会い方。
ゾロとキディは危うく正面衝突しかけた。
「テメ」
「ヤルか」
二人とも凶悪な目つきでにらみ合う。どちらの背後にも警備員が殺到しているというのに。
「んなコトしてる場合かーーーーーー!!」
ごんっっ!
ナミのげんこつが綺麗に二人の後頭部に決まる。
「痛っ!この暴力女!」
「ナ、ナミさんvその姿、なんて美しいんだ!!」
全くもって二人の態度は対照的である。
「は~~v豚を見た後の汚れた目が、洗われるようですv」
ナミのイブニングドレス姿を見て、キディの周りにハートが飛び交う。
「イイから走れぇーーーーーー!!」
「はいv」
「……………なんで一緒に行動してんだ」
ルフィ一行+Cheeky Jesusは、共に出口を目指して走る。
「ん?」
キディは何かに気付いたように目を走らせると、走っているゾロの頭を踏み台にして警備員達の塊を飛び越えた。
「ぐ……テメェは人の頭をなんだと思ってやがるっ!」
「芝生」
「………………殺す」
キディは辺りの騒ぎに怯えていた、赤いドレスをまとった黒髪の美人にひざまずいた。うやうやしくその手を取る。
「すいません、レディ。お騒がせしてしまって…………」
「―――この状況で女を口説くなぁ!」
「うるせェ芝生は黙ってろ」
どごっ
その隙に後ろから近づいてきた警備員の一団を、キディは女性から目を離さずに後ろ蹴りで吹っ飛ばした。
「こっちに飛ばすな!」
飛んできた警備員を、ゾロは素手で叩き落とす。
「バーカ、狙ってやったに決まってんだろ」
「テメェはいちいちいちいち……んなに俺を怒らせてェのか!」
「お前は多分、塩分の取り過ぎで血圧が高ェだけだ。………あれ、マリモって淡水に棲んでたんだよな?大丈夫か?」
「―――――お前は死ね。もう死ね」
「………この状況でケンカは止めなさい!」
「はーいv」
「…………………ちっ」
「オイ、あ、あれ見ろっ」
ウソップの言葉に、皆が顔をあげる。
大ホールの正面扉の前に、警備員が勢揃いしてバリケードを作っていた。
それを突破しなければ、この部屋からは出られない。
「…………ナミさん、ちょっと失礼しますよ」
「え、きゃっ!」
キディはふわりとナミを抱え上げると、勢い良く走り出した。
いわゆる、花嫁抱き、というかお姫様だっこというか。
ナミを支える手には全く揺れがないのにも関わらず、そのスピードには目を見張る物がある。
「うわー、アイツ足速えーなー」
「……器用な野郎だ」
キディはそのまま、バリケードにつっこむ寸前で、軽く地面を蹴った。
「っ!」
そして楽々とバリケードの上空を通過する。
「あ、ずりーぞナミ!俺もっ!」
ルフィはその腕を伸ばすと、
「ゴムゴムの、えーと、跳び箱ーーっ!」
続いてルフィも軽々とそれを飛び越えた。
「げ………アイツらずりぃ………」
「心配するな」
ぐい、とゾロはウソップの襟首を掴みあげる。
「………え、ちょっと、ゾロ?もしもし?」
イヤな予感に、冷や汗を浮かべるウソップ。
それに構わず、ゾロは思いきり手を振りかぶった。
「送ってやるよ」
「げ、やめ、わ、あぁぁぁぁああああぁぁぁぁっ!!」
ぶんっ
そのまま放り投げられたウソップは、見事な放物線を描いて飛んでいった。悲鳴と共に。
「――――――このひとでなしぃぃぃぃぃぃ!!」
「…………親切だろうが」
ロは頭をかくと、バリケードに向き直る。軽く首を振り、手をぼきぼきと鳴らす。
「さて…………俺は正攻法でイくか」
*** *** ***
「賊は会場の外に脱出しました!ただいま全警備員を追跡させていますが――」
「何をしているっ!何故あんな若造どもが捕まえられんのだ!?」
「それが、奴らはどうも、かなり戦闘に慣れているようで――普通の警備員では歯が立ちませんっ」
「もういいっ!貴様らは頼りにならんっ!海軍に連絡を取れ、すぐにだ!!」
「は、はい!」
「――――それと、海軍大佐を呼び出せ。ネルガだ」
「はいっ」
ばたばたと去っていく部下を見送り、ベルは強く爪を噛んだ。
「わしのダイヤだ――――必ず取り戻すぞ」
*** *** ***
「ネルガ大佐!」
「――――なんだ」
男は、いきなり部屋の扉を開けた部下を、注意の意味も含めて睨んだ。
「チャトルロックの社長が、パーティー会場で襲撃を受けましたっ!ダイヤの指輪を盗まれたと言っています!至急出兵するようにと上の方からも…………!!」
「ああ、わかったよ」
黒髪に赤い目をした、二十代後半くらいの目つきの鋭い男である。
元は賞金首を相手にしていた海賊狩りだという。その珍しい、血のような瞳から、『赤目のネルガ』と呼ばれていたらしい。それ以前の経歴は全く不明である。
実力でみるみる海軍大佐にのし上がり、特に海賊には容赦がない。
厳しい訓練により、彼のまとめる部隊は、まるで彼の手足の延長のように動く。この島の海軍支部の指揮は、ほとんど全てネルガが行っていた。
「もう行け。第六班、第七班の出動許可を与える」
「はっ」
扉を閉めて部下が去っていく。
ネルガは、立ち上がって窓のそばに寄った。
はるか足下のシトロスの町並みを、無表情に眺める。
「オールブルー、最後の一つが取り返されたか………」
ぐい、と唇を歪め、ガラスに手を叩きつける。
「………もうそこまで来ているんだな、お前は」
赤い目が、冷たく光った。