優美な盗賊。












Graceful Thief 







「うーん…………よく見てるつもりなんだけど、怪しいヤツっていないわねー」

ナミはくるりと辺りを見回した。

パーティー会場は広い。
天井には豪華なシャンデリアが下がり、テーブルの上にはバイキング形式で料理が並んでいる。ウエイター達は優雅な動作でテーブルの周りをすり抜け、招待客らは煌びやかな雰囲気をまとっている。

要するに、その中で一番怪しい者と言ったらルフィ一行なのだ。

「うーん、ベルの周りにも変化はないし………」
「ナミー、見付けたら言ってくれよ。それまで俺は喰う!」
「ダメ。アンタの頭に肉以外のことが残るとは思えないわ。大人しくウソップを待ちなさいよ」
「う゛ーーー」

がちがちと歯を鳴らすルフィ。

「腹減ったーーーーーウソップーーーーーーー」

ルフィの限りなく少ない忍耐が尽きるのも秒読み、といった感じだ。

「どうしようかしら………」

考え込むナミに、ぼそりとゾロが呟く。

「――――ヤツの狙いはあのデケェ指輪なんだろ………?」
「ええ、そうよ?」

今更何を言っているのかと、ナミが問う。

「だったらおかしいんじゃねぇか?ウエイターなんか誰も近づけねぇだろ」
「…………確かに」

招待客でさえ一段低い位置にいるのである。
ふ、とナミの頭にある考えがひらめく。

「っ!! わかったわ!」





*** *** ***





パーティー会場の従業員用男子トイレ。その一番奥の個室の扉は先程からずっと使用中だ。
中には――――下着一枚で気絶した男と、脱ぎ散らかされたウエイター服だけが転がっている。





*** *** ***





とん、椅子の背もたれに何か当たったのを感じて、ベルは後ろを振り向こうとした。

「動くな」

抑えた低い声に、身体が固まる。

「動くな。助けを呼ぶな。表情を変えるな。したきゃしてもいいが、すぐにTHE ENDだぜ?………BANG!ってな」

ベルの背中を冷や汗が滑り落ちた。

「ああ………別に俺ァ引き金を引いてもイイんだ。好き勝手してきた人生だ、どうせ思い残すコトなんざないだろ?なあ………さんざか弱きレディ達ををイジメやがって。息をするな、って付け加えるか?」

「誰だ………お前は」
「バーカ、誰がテメェなんぞに正体教えっか。もったいねェよ」

冷たい声。若い男のようだ。

「何が目的だ」
「ん、別にテメェの薄汚ェ命に用があるワケじゃねぇよ?その太ってぇ指には不釣り合いなモンを、回収しに来ただけさ」
「く………………この泥棒猫がっ、わしのダイヤを盗もうと言うのか、分不相応に!」

ベルは椅子の肘掛けを握りしめた。言いつけ通りの表情だけは崩さずに。
仮面から覗く口元だけを、無理矢理笑わせる。かなり、ひきつってはいたが。

「あァそうさ、俺ァクソくだらねェ悪党だ。でもな、テメェは悪党以前にクズなんだよこの豚野郎。命の方が大切だったら黙って言うこと聞きな……」


「―─―悪党が悪党をシメんのに、別に理由なんざ要らねェんだぜ?」


こつ、こつ、と背もたれが固い物で叩かれる。
その度に、ベルは肩を少し震わせた。
嘲るような押さえた笑い声が、後ろから聞こえてくる。

「うぐ…………」

ベルは怒りに唇を噛んだ。パーティー会場に流れる音楽に、彼等の小さい声は消されている。

「指輪を外して………さり気なくだ……脇のテーブルに置け」
「…………………覚えておけよ、わしは絶対にお前を捕まえる……公開処刑にしてやる」
「OK、期待して待ってるぜ」

ベルの指が、指輪を外してテーブルの上に置く。
細い指がそれをかすめ取るのを、ベルは横目でちらりと確認した。

「オッサン、あと一つ要求がある…………テメ、この島の海軍と繋がりあんだろ?伝言を頼むよ………海軍大佐の『赤目のネルガ』に。ちゃんと覚えとけよ、元は海賊狩りだったヤツだ…………俺が、復讐に来たと」



「必ず殺してやるって、いっといてくれ――それでわかるはずだ」






「あそこよっ!ガードマンに変装してたんだわ!」

ナミが壇上を指す。
ベルが座っている椅子の周りには、五人ほどガードマンが立っている。そのうちの一人は、ちょうどベルの真後ろに立っていた。
他の四人は、ベルの真横、斜め前に、ちょうど星形になるように配置されている。

その、真後ろに立っている男。
ゾロは、そいつが薄く笑うのを見た。

「ヤツか………!」

ルフィ達はベルの椅子から少し離れた場所にいた。
急いでもすぐには着けない距離だ。招待客が邪魔をする。

「ん?やるのか?」

ルフィが腕をぐるぐる回しながら言う。

「そう、あそこにいるでしょ…!」
「わかった!」

ナミの台詞を遮り、ルフィがにかっと笑う。
ゾロは、何故かその笑みに不安を覚えた。

「おい、ル……」

思わず止めようとするが、間に合わない。

「ゴムゴムの~~~~!!」
「え?ちょっと、ルフィ?」

ナミが目を瞬かせる。

「銃弾!!!!!!」



ばきぃっっっっっっ!!!



「………………やっちまった」

ゾロは頭を抱えた。
伸びたルフィの腕は………見事に、ベルを椅子ごと吹き飛ばしていた。





「きゃあーーーーーーーーー!」
「み、み、Mr、ベル!大丈夫ですかっ」
「賊だっ!警備員っ!!」
「い、今、腕が伸びたぞ!?」
「捕まえろっ、出口をふさげ!!」

あっという間に会場は大混乱に陥った。





「ルフィーーー!!アンタ何やってんのよっっ!!」
「ん、いけなかったか?」
「「「いいワケあるかーーーーーい!!」」」

ごすっどかっばしっ

ナミ、ゾロ、ウソップの見事なコンビネーションがルフィに炸裂する。ゴムなので全然効かないが。

「何すんだよ、悪いヤツぶっ飛ばしたのに!」
「目的が違ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」





「うわ……………何やってんだアイツら。ってか、今、腕が伸びたなァ……ありゃ、悪魔の実の能力者だったんだな」

男は思わず素に戻っていた。不意打ちにも、とっさに身体が反応してくれたおかげで、ベルと一緒に吹き飛ばされることはなかったが。

「う……………」

壁に叩きつけられたベルは、頭を振って男を見上げた。視線があう。

「貴様……………!」
「あーあ、バレちまった」

ガードマン……いや、ベルのダイヤをかすめ取った曲者は、銃などどこにも持っていなかった。はったりだったのである。

「奴らも貴様の仲間か…………!!このわしを虚仮にしおってっ!!」
「や………そりゃ巨大な誤解なんだけどな?」
「うるさいっ!オマエら何をぼさぼさしておるっ!この男を捕まえろっっ!!」

怒鳴りつけられたガードマン達は、目を白黒させる。

「な、何故です!?ジョンは何も………」
「あ、それ違ぇよ?ジョンっつーのは今頃トイレで頑張ってんじゃねぇかなぁ」
「ジョ、ジョン……………?」

おかしな態度をとる同僚に、ガードマン達は警戒しはじめる。
ジョンは、手を顔に当てた。

ばりっ

「「「「「!!!!」」」」」

顔の皮膚が剥がれ、下から白い肌が露出する。
たるんだ輪郭が、鋭く、細くなる。
薄い唇が、軽くつり上がった。


「俺ァただの泥棒さ………この世の全てのレディのナイトも兼ねてるケドなv」


途端に吹き荒れたしなやかな暴風に、ガードマンは全員吹き飛んだ。






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