優美な盗賊。












Graceful Thief 






「チャトルロックシトロス貿易会社…………ここの社長が持ってるブルーダイヤが次のヤツのターゲット」

ナミはばん、と一枚の広告をテーブルの上に提示した。
ここはゴーイングメリー号のキッチン。船員はテーブルの周りに集まっている。いつもは二分で終わる作戦会議だが、今回は熱が入っている。

「なんだこれ」

ルフィが広告をつまみ上げた。

「そこに書いてあるでしょ、ただのバイトの募集よ………チャトルロックシトロスの社長の、誕生日パーティー」
「それが?」
「社長の名前はベル・ゴーディー。ちょっと調べてみたけど脂ののりきった成金趣味のオジサンなの。派手好きで、パーティーなんかものすごい豪勢にやるそうよ?じゃらじゃらじゃらじゃら宝石つけて、まるで歩くジュエリーボックスみたいだって」
「ふーん?じゃナミはそのオッサン、スキだろ」
「オッサンは好きじゃないわよ、宝石がスキなの!」
「…………続き」
「ああ、うん。その中でも、ベルの一番のお気に入りが、そのブルーダイヤの指輪なのよ。普段はつけなくても、そういうパーティーなんかには必ずお披露目するんだって。じゃらじゃらの宝石に、ごたごたとガードマンくっつけて」
「……そうか、Cheely Jesusは、そのパーティーに潜り込むんだな?」
「ウソップ、正解。そこに書いてあるけど、パーティーのバイトの募集の受付が、昨日の三時だったの。だから、あんなに急いでたんだわ」
「なーんだ、そこまでわかりゃ…………」

と、胸を張って言いかけたウソップの台詞をナミが遮る。

「簡単じゃないわ」

ふう、と溜息をついて、

「私達、ベルと何か関係ある?パーティーに潜り込むのだって準備がいるわ。バイトはもう締め切りを過ぎているし………それに昨日のヤツの変装のスキルを見たでしょ?ウエイターなんか腐るほどいるのよ、招待客が千人を超える大パーティーなんだから!」
「千人?!いくら大会社でも、ただの誕生日パーティーだろ?!」
「それがチャトルロックはただの大会社じゃないのよ」

ナミは広告の上に、シトロスの地図を広げた。
シトロスの港は、島の大体中心にある。その両脇に、宝石と絹の職人の街。

「シトロスの収益はほとんど貿易の関税なのよ。その貿易業の全てを、ベルは握ってる。この………」

ナミの指が地図をさす。

「ノーシィとヴェルザンディ。二つの街の絹と宝石を、ベルは独占してる。ほとんど強制的にね………鉱山では、宝石は安く買い叩かれるわ。他の会社には売れないの………裏から根が回ってるから。絹もそうね。海軍とも繋がってるらしくて、誰も糾弾できない。止めない。事実上、この島を握ってるのはベルだと言っていいわ。シトロスは、ベルの港なのよ。だから来賓だけで千人規模になるのは当たり前ね…………」

ルフィがばむばむとテーブルを叩いて言った。

「ナミ、結局なんなんだーーー?もっと短く言ってくれよ」
「そうね、アンタは長い台詞だと理解できなかったのよね………」

頭痛を堪えながら、ナミはルフィの頬を引っ張った。ゴムがグインと伸びる。

「簡単に言うと、ベルは金持ちで、権力があって、成金趣味で、悪いヤツなの」
「んん、理解した!」
「本当かしら…………このゴム船長」

ナミは、パッチンパッチンとルフィの頬を伸ばしては放す。

「そのパーティーに潜り込む方法は後から考えるとして………どうやったらヤツを捕まえられるかしら?」
「見分けるんなら簡単だぞ」

それまでずっと黙っていたゾロが口を開く。

「なんでよ?あんな完璧な変装なのに」
「いや、簡単だ…………目を見りゃわかる」

すっ、とゾロはナミの瞳を指さした。きょとんとその先を見つめるナミ。

「テメェの目の色は金茶色だろ?ルフィやウソップは黒だ。灰色のヤツやはしばみ色のヤツだっている………でも奴の目は違う」

ゾロはあの色を思い出すように、目を閉じた。

キディのサングラスを叩き落とした、あの一瞬。
パーフェクト・ブルーが焼き付いて離れない。

「髪の色は変えられる。肌の色も。ただ、目の色は変えられない………ヤツの目は、信じられないくらいの『蒼』だ」
「でも青い目の人なんかいっぱい」
「違う………青いんじゃない。蒼いんだ。一度見たらわかる。スゲェ目立つんだ、あの金髪なんかよりずっと………昨日ヤツはご丁寧にもサングラスをかけてたろ?部屋ん中なのに」
「ええ…………ファッションかと思ってたけど」
「そういや、初めて会ったときもかけてたなー」
「そうだ。アレは目の色を隠すためにかけてるんだろ。だから、目を隠したウエイターを探せばいいんだ」
「成る程!オマエ実は頭良かったんだなーゾロ」

ルフィが感心したように首を180度回転させる。人間業ではない。
勝ち誇ったようにナミが立ち上がった。

「ふっふっふ……………コレでヤツも一巻の終わりね!後は、上手く潜り込む方法を探すだけだわ!!」
「なんだナミ、殴り込むんじゃいけないのか?」
「いいわけあるかいっっ」

(コレ、結局……………いつもと負けず劣らずアバウトなんじゃ)

ウソップはがっくりと肩を落とした。





+++ +++ +++





チョッパーは一人ででウェルザンティの通りを歩いていた。背中に担いだボロいリュックサックには、十万ベリー札が束になって入っている。

ウェルザンティは絹織物の街だ。チョッパーはそう聞いていた。良質の、素晴らしい絹織物を生産する街。しかし、その街の住人の生活水準は、シトロスに比べて驚くほど低い。
人々の平均労働時間は十時間を軽く超え、その割に稼げる金はほんの少し。やっと食えるか食えないかというところで、そして町中にはなぜか『チャトルロックシトロス貿易会社社員』が四六時中うろついている。くちゃくちゃとガムを噛んだり、女性に絡んだりしながら。

……………ちょうど、あんな風に。

「おいおいネェチャン………どうしてくれんだあ?オマエの持ってた染料が服についちまったぜぇ」
「ご、ごめんなさい……………」
「あやまりゃいいってもんじゃねぇなあ、こりゃ落ちねぇよ……なあ、どうしてくれんだ?」

男達は下から少女を睨みあげると、その華奢な肩を小突いた。

「きゃあ!」
「なんだよ、大げさだな……ちょこっと触っただけだぜ?なあ?」
「ああ、こりゃちょっと健康診断が必要かもなあ」

(またチャトルロックか………)
(向こうからぶつかってきたくせにね)
(可哀想だけど、しかたない……)

周りの人々は、目を逸らして足早に通り過ぎる。支配に慣れきった街。
誰一人少女をかばう者はいない。少女は舞台に独り取り残されて、途方に暮れている。
もう片方の男はにやにやと笑いながら、少女の手首を掴みあげた。濁りきった目つきで。

「ほら、ちょっとこっちに来て、誠意のある態度を見せて貰おうか………」
「オイ」
「ああん?」

二人の男は後ろからかかった声に振り向いた。目に入ったのはもこもことした小さい毛玉に角が生えたもの。

「―――なんだぁ、このぬいぐるみ。誰のペットだ?」
「オイ、コイツ売ったら高くつくんじゃねぇか?」

片方が、チョッパーの頭に手を伸ばす。

「………よかったね、ここにファイがいなくて。アンタら、命拾いしたんだからな」

彼がいたなら、この二人は今頃、清掃業者の厄介になっている。

「ああ?何ワケわかんねぇこと言ってるんだ?」
「しゃべれるのか!こりゃあますます高くつくなァ」

チョッパーは静かに呟いた。

「………………”腕力強化”」



「ば、化け物…………!」



「なんだアイツ…………いきなり大きくなった」
「チャトルロックの下っ端がやられたぞ!」
「どうしよう、仕返しに来るよ」
「厄介な…………」

遠巻きに、人々が恐る恐るチョッパーを見ている。

「あ、ありがとう………」

チョッパーの助けた少女だけが、彼の側にいた。

「でもあなた、早く逃げないと殺されるわ!」

少女は、彼女に絡んだごろつき共を瞬く間に殴り倒した恩人の手を引っ張った。

「あの人達は、チャトルロックの社員よ!町中に仲間がいるの、早く街から逃げないと」
「う、うん…………でもオレ、やることがあるから。頼まれたから」

人獣型に戻ったチョッパーは、おどおどとその手を外す。

いつの間にか、人を傷つける感触を覚えた手。チョッパーはそれを後悔していない。
それは、彼のための物だったから。自分を仲間だと言ってくれる彼の。

「この街の、貧民窟とか孤児院は、何処にあるんだ?……コレ、届けなきゃいけない」
「え…………あの道にはいって、右にずっと行くと………あるけど」

チョッパーは金の入ったリュックサックを背負い直すと、少女に礼を言い、また歩き出した。
教えて貰った言葉を思い出しながら。
その時の、深く深く蒼い瞳を思い出しながら。


『チョッパー、要するにだ………男が強くなる理由と、その力の一番有効な使い道は、レディを守ることなんだぜ』



『守りたい物を、守るためなんだぜ?』




「ファイ………ファイは、何を守りたいんだろう………………」

ウェルザンティの街の空は、シトロスでみる物と同じはずなのに。

「俺、ファイを守りたいんだよ…………」


酷く寂しかった。本当の名前も知らない、彼のように。





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