金髪猫。
Blond Cat
シトロスの大通りを、もこもことした毛の塊が歩いていた。まるでぬいぐるみのような愛らしい生物。ピンク色の帽子をかぶり、多い人通りに蹴飛ばされそうになりながらよたよたと進んでいる。
「ファイ………何処にいるんだよー」
あたりをきょろきょろと見回し、
「……………大体、『山猫男爵亭』って何処の焼き肉屋なの?」
茶色い毛なみにつぶらな瞳。年頃の女の子なら思わず奇声を上げて近寄りそうなファンシーさをまき散らかしながら、チョッパーは首を傾げた。どうやら、目的地にたどり着けず迷子になっているらしい。
通りを歩く人々は、チョッパーのことを誰かのペットだと思っているのだろう。しゃべっていることも気付かれていないようだ。ペットと思われるのは………まあ当たり前かも知れないと、チョッパーは自分でも思う。
待ち合わせの相手(他人から見れば飼い主というのかも知れない。だけど彼はちゃんと自分のことを仲間だといってくれる)は、恐ろしく短気で気分屋なので、待ち合わせ時間に遅れたりしようものなら蹴り殺されるに違いない。
「俺、全然この港詳しくないのに………焼き肉のにおいなんていっぱいするし」
チョッパーは溜息をついて首を振った。
「しょうがない、ちょっと待とう。どこかで騒ぎが起こったら、そこに行けばファイがいるよね、きっと」
+++ +++ +++
キディはナミにお辞儀をした後、ぎょっとするような素早さで彼女に近寄り美辞麗句を並べ立てた。どこから出てくるのかわからないハートを大量生産しながら。さすがのナミも、あまりの勢いに口を挟む隙がない。
ちなみに、その周りにいるルフィやゾロやウソップやエースなど、野郎共は完全に外野になっていた。
「ああ、想像していた以上にお美しい!まさに女神の光臨です。目が洗われるようだ!!泥棒の僕からハートを盗むなんて、貴女はなんて罪なヒトなんだろう…………!この出会いのために僕は今日まで生きてきたに違いない、貴女のその煌めく瞳が僕を映すだけで、この心臓は張り裂けそうだ!ああ、この感動を言葉では伝えきれない不器用な僕を笑ってください…………!」
白昼堂々、焼き肉屋の中で繰り広げられる一方的な求愛一人舞台。
ムード音楽とバラの香りの代わりに、肉のにおいと煙が立ちこめる中で、キディの台詞はまだまだ続きそうだ。今まで純粋に肉を喰っていた他の客の目は点になっている。
ゾロは非常な勇気を出して声をかけた(彼としては、この場にいるのがいたたまれない。寒気がしすぎて死にそうだ)。
「………おい」
「しかしなんという運命の悲劇!僕と君との立場はあまりに違いすぎる…………ああ、これはロミオとジュリエットの再現なのか?神は何と残酷な試練を考えつくのでしょう、ああ、それともこれは貴女の美しさに惑わされる男に対するゼウスの嫉妬?!しかしこれは仕方がないことなのです、貴女のその白魚のような指先、陶器のようになめらかな肌に太陽のようなその髪!目を奪われない男などいるでしょうか!?」
少なくとも、ゴーイングメリー号には三人ほどいる。
「アイツ面白えなー、いつ息継ぎしてんだ?なあエース?」
「さあなぁ、ハルは女の為なら呼吸くらいカットしても全く問題ないだろうぜ」
「ハル?あいつの名前ハルってのか?」
外野をよそに、キディの舞台はまだまだ続く。
「ナミさん、貴女のその微笑みを僕の物にすることが出来たら、僕は幸せに死んでしまうかもしれない………貴女を知らずに生きてきた今までの人生が、見る見るうちに色褪せて崩れ去っていく………ああ、ナミさん!」
「おい」
「例え美の神ヴィーナスがこの場に光臨しても、貴女の前ではその姿もかげってしまうだろう!どうか、貴女という真実の美の毒に迷わされたこの哀れな男に慈悲をください…………!」
ゾロは溜息をつくとウソップの襟首をひっつかんだ。
「おわっ?な、なんだよゾロ」
黙ったまま、ぐいっとウソップの顔をキディとナミの間に割り込ませる。キディの視界が一瞬でナミからウソップに切り替わった。
「――――うっぎゃあああああああああああ!!!!!!!!!」
途端にキディは悲鳴を上げて飛び上がった。そのまま目を押さえて床をゴロゴロと転げ回る。
「目、目が腐るぅぅぅーーーーーーーーーー!!!か、怪生物がーーーーーー!!」
「なんだそのリアクションはーーーーーーーーーーーーー!!!」
「………………………」
これがアジッドの脚を踏みにじったあの男と同一人物なのだろうか?
キレるウソップをよそにゾロはキディを見下ろしながらしばらく考え込んだ。
+++ +++ +++
「さっきの兄ちゃん、どっかの役者か?それとも酔っぱらいか。あんな台詞、とても素面じゃ吐けねぇよ」
「さあなぁ、なんかのパフォーマンスかも知れないよな。焼き肉屋で女を口説く、ってのが何になるのかはしらねぇが、人目は引いてたよな」
「あの………」
『山猫男爵亭』で軽く食事をすませ、大通りを歩いていた男達は、自分たちの腰より下の方から聞こえて来た呼びかけに振り返った。そこにはピンク色の帽子と角。
「その男、もしかして金髪だったか?今、何処にいるんだ?」
舌っ足らずな口調で懸命に話す茶色い毛玉は、必要な情報を手に入れるとまたひょこひょこ歩き出した。