金髪猫。












Blond Cat





シトロスはこの辺りでは最も大きい、伝統ある港の一つだ。

様々な人種が入り乱れ、華やかで、賑やか。一日必ず一度は何処かで騒ぎが起こり、海賊が走り、賞金稼ぎが走り、海軍が走る。夜ともなれば光が溢れ帰り、踊り子やシンガーの魅惑的な微笑みが振りまかれる。
名産品は絹と宝石細工。島には良質の宝石採掘場があり、その周りは職人の街となっている。かたやその反対側には桑畑が広がり、養蚕が盛んだ。そこにもまた、製糸業の街が発展している。シトロスはその間にあり、絹と宝石を次々に輸出していた。

そのシトロスのメインストリートを、騒がしい四人組が歩いている。

正確には、騒いでいるのはそのうちの一人、麦わら帽子をかぶった少年だ。ただ、その少年の奇抜な行動をいさめようとして無駄骨に終わっている長い鼻の少年、二人に勢い良くげんこつを振り降ろす蜜柑色の髪の少女、我関せず、とばかりに離れて歩きつつ、迷子になりかけて怒鳴られる剣士も、全員合わせて人目を引いている。

「ルフィーーーーーーーー!!こら!勝手に先に行くんじゃないわよ!」
「だってナミ、あそこで面白そうなことやってるぞ!?見に行こう、早く!」
「ただの大道芸でしょ………どうせ油を飲んで火を噴いたりとか、剣を飲み込んだりとかするちゃちな手品とか………」
「すげーーーーー!!!なぁおいゾロ、お前剣食えるか?やってみせてくれよ」
「俺は芸人じゃねぇ!出来るか!」
「あー、俺はな、その昔芸人オブ芸人と呼ばれたバスコ・ダ・ピカソに会ったことがあるぞ!バスコの芸といったら半端じゃないんだ、剣じゃなくて桃色ペリカンフラミンゴが口から出て来るんだから」
「桃色ペリカンフラミンゴって美味いのか?」
「馬鹿なこと言ってないで、とっとと歩きなさーい!!全く……それにしてもすごい人通り…………ゾロ、アンタここではぐれたら多分一生迷子のままよ………ああ、今も実は迷子続行中なんだっけ?」
「うるせェ、それよりメシは何処で食うんだ?」
「そうだぞナミ。俺も腹減ったぞ」
「そうねぇ、アジッドももう海軍に引き渡したし……そこのお洒落なレストランで、パスタでも。あ、あんた達はそのとなりの焼き肉屋で食べ放題にチャレンジしなさいね。店長泣かしちゃダメよ」

必死で巨大ガレオン船を操り、シトロスについたのが今朝早く。
その間、ナミはクスクスと含み笑いをしながら『Cheeky Jesus捕獲復讐計画』を練り、ゾロは鬼気迫る表情で素振りをしていた。後何日かその状態が続いていたら、ウソップの胃には穴が開いていたに違いない。

二人の怒りのピークは今朝だった。
Cheeky Jesusの言葉通り、シトロスの港の片隅にゴーイングメリー号はぽつんと置かれていた……が、ナミのお宝はちょうど半分、キレイさっぱりなくなっていたし、ゾロが男部屋に隠しておいた酒は、高価な物から順に空になっていた。
ウソップはその時の二人の顔を生涯忘れないだろう。が、もういったんキレてしまったらしく、今は二人の機嫌は普通である………様に見える。

「肉ーーーーーー!!」

叫んで走り駆け出したルフィが、何かを見咎めて足を止めた。

「………………あれ」
「あっ!」
「………………テメェ」
「おわっ!」

四人の目線が一ヶ所に集まる。その先には、ものすごい勢いで焼き肉をかき喰らう、黒髪にテンガロンハットをかぶった一人の男。

「「「「エーーーーーーース!!」」」」

店長を泣かせていた男は、皿から顔を上げると、にこやかに笑った。

「…………あれ、お前ら早かったな?」





+++ +++ +++





「で、どういうことだか説明して貰いましょうか」

据わった目つきでエースの向かいに座り、ナミはビールの入ったジョッキを煽った。

「説明っつってもなぁ…………」
「とぼけるな。あの野郎の行方、さっさと吐きやがれ」

ゾロは刀の鍔を鳴らす。

「とぼけてねぇよ。ただ、俺もアイツとは仲いいし…………」
「…………情報料なら払うわ」

真剣な表情で、ナミ。彼女が最初から値切らないなんて、もしかするとゴーイングメリー史上初めてではないだろうか。

「そうかい?それじゃ…………三千万ベリー」

エースはいたずらっ子のような表情で金額を提示した。
Cheeky Jesusの賞金額と同じ値。

「!!」

それはつまり、キディの居場所を教えるつもりはないと言うことなのだろう。

「……………エース、何でそんな泥棒野郎をかばうんだ」
「かばってねぇよ。そんな雑魚じゃねぇもん、アイツ。居場所教えたくらいで捕まるとも思えねぇし。なかなか会えないんだよなぁ、すばしっこくて」
「じゃあなんでだよ」
「さあなぁ…………気分だろ」
「ふざけんな」
「ま、ちょっとなら情報はやるよ。十万ベリーくらいでな?」
「………………いいわ」

ナミは財布から一万ベリー札を十枚抜き出すと、エースに提示した。

「今回は思い切るねぇ、ナミちゃん。ヤツについてか………」

エースは目を細めて笑った。

「ヤツはしばらくはこの島からでない。目的を達成するまでな」
「目的?」
「ああ。この島でのヤツの第一の目的は、ある宝石を盗むことだ」
「宝石?」
「シトロスの西のハズレに、ここの街を仕切ってる超巨大貿易会社がある。そこの社長が持ってる大きなブルーダイヤさ。ヤツは、碧い宝石しか狙わねぇんだ。何でかって言うと………」

エースはそこで突然言葉を切り、両手をあげた。

「……………おいおい、ナイフは勘弁してくれよ?」
「?」
「!」

訳のわからない台詞に、ナミは首を傾げた。
ゾロは尋常でない素早さで後ろを向き、刀の鞘を振り払う。

かつっ

鬼徹の鞘が、飛んできたフォークを払い落とす。エースは笑いながら言葉を続けた。

「フォークも遠慮する」

後ろのテーブルで静かに食事をしていたはずの、サングラスをかけた太った男は、食器を投げた手をそのままエースに突きつける。

「黙って聞いてりゃぺらぺらと。喋り過ぎだぜクソ野郎」
「悪かったよ、でもお前だって性格悪いぜ?さっさと名乗りでてくりゃいいのに、コイツらの行動見て面白がってたんだろ?」
「テメェだって、コイツらに教えなかったじゃねェかよ?俺がここにいるって」

共犯だ、太った男はそう言って、唇の端を上げた。

「っ、この声…………!!」

ゾロは立ち上がり、男を睨み付ける。

男の手が、腹をさする…………空気の抜ける音がして、ワイシャツが凹む。
男の手が、髪を撫でる…………茶色の髪がずるりと滑って落ち、金髪が現れる。
男の手が、顔を擦る…………ゴムで出来ていたらしい頬の肉が落ち、ほっそりとした輪郭が際だつ。

「…………神出鬼没がウリなんです。やっとご挨拶できますね、レディ」

キディは、ナミに向かって優雅にお辞儀をした。






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