Cheeky Jesus.
Cheeky Jesus
ゾロはバカみたいに大きく口を開けてその光景を眺めた。
ふわりと舞い上がって太陽と重なったキディのシルエットは、羽でも生えているかのように、こともなげに軽くゴーイングメリー号の甲板に降り立つ。
跳んだ、ではなく翔んだ、といった方が正しいような跳躍。
「アイツスゲェなー」
呑気なルフィの声に、はっと我に返る。
「バカ、乗り逃げされちまうじゃねぇか!!」
「良く解ったな」
感心したように言ってくるキディを無視し、ゾロはルフィを怒鳴りつける。
「早く腕伸ばして引き留めろ!!ナミにどやされるぞ!」
「それは困る!」
急に焦りだしたルフィはその便利な腕をぐいーんと伸ばしてゴーイングメリー号を掴もうとした。
ぱしっ
しかし寸前でキディの足に蹴り落とされる。
「悪ィな、この船貰うわ」
悪びれないキディに、ルフィは唇を尖らせて怒鳴った。
「お前、ヒトのモン勝手に取ったらドロボーだぞ!!」
「あー?あれ、テメェら知らねェの?」
キディはにやりと笑って、
「俺ァ、泥棒だぜ?」
ぷかりと煙草を吹かした。
+++ +++ +++
「何やってんのよあんた達!!!」
ボカ!!
後頭部をはり倒され、ゾロとルフィは床に沈んだ。
あの後まんまと船は乗り逃げされ、一段落付いてやってきたナミ達に事の顛末を報告したところだった。
「船盗まれたなんて洒落にもなんないわ!!私のお宝全部取られちゃったじゃないのよ!!死ぬ気で引き留めなさいよ!!」
後頭部をさすりながら、ゾロが起きあがる。
ナミの怒りはもっともだと思う。自分だってそんな間抜けなこといまだに信じられない。
「悪かった」
素直に謝ると、流石にそれ以上殴るのも気が引けるのか、ナミは棒を収めた。
「まあ今更ここでそんなことばっかり言ってても仕方ないわね……すぐにそいつを追いかけましょう」
「追いかけるって、ナミ。そいつが何処に行ったか解らないじゃないか」
腕組みをして言うウソップに、
「大丈夫。ここら辺にある港のある島は、シトロスしかないわ。十中八九、そいつもシトロスへ向かうはず。ガレオンの操舵は慣れてないけど、その分コイツら働かせるわ」
顎でルフィとゾロを指す。
「というわけで、あんた達はこれから寝る暇も、食べる暇もないわよ」
「ええええっ!!ナミ、オレ死んじまう」
「………わかった」
男として責任は自分でとらなければならない。ゾロは頷く。
「そのふざけた男についても調べなきゃね………覚えている限りの特徴をあげてちょうだい」
その言葉に、ゾロはキディを思い浮かべる。
「……猫みたいな動きだった。強いな」
ごすっ
ナミの怒りの鉄拳がゾロにクリティカルヒットした。
「マジメにやれ!」
「真面目だ」
「なお悪いわ!」
ごすっ
「………………………足癖が悪かった」
口答えをあきらめ、ゾロは違う情報を口にする。
ごすっ
「ッテメ」
三度目の衝撃に、流石にゾロが目を据わらせてナミを睨む。
もっと目が据わったナミの一睨みであえなく撃沈したが。
「いい?ワタシが聞きたいのはソイツの外見上の特徴。知り合いじゃないんだから雰囲気とか癖とか解るわけないでしょうがこのマリモ!!間抜けなアンタ達のせいでワタシのお宝が持ち逃げされたの。わかる?普通ならワタシに腹切って詫びいれなきゃいけないところなの。でも過ぎたことはもどらないから、今からアンタに出来ることは全身全霊全力を持ってその男を捕まえることでしょ?だったらそのために必要な情報くらいわかりやすいようにさっさと吐けって言ってるのよ、この万年寝太郎役立たず!!」
普通だったら絶対に許すことのない暴言だが、今回のことに関しては引け目があるので強く出られない。
ゾロは渋々と、言われたように説明してみた。
「………髪は金。目は蒼。キディって呼ばれてた。泥棒だっつってた」
「……………………金に、碧?泥棒……」
ナミの目が宙を彷徨った。
こんな時は、彼女の素晴らしい頭脳が高速回転して情報を検索しているのをゾロは知っている。
「キディっつーのはまず間違いなく偽名だろうなぁ」
ウソップがその長い鼻を擦りながら頷く。
「でもまかせとけ!!例えどんなヤツであろうともこのウソップ様にかかれば一瞬で海軍の絞首台行きだ!!そしてそれにより更に有名になったオレ様の名は世界にとどろく!!みんなは俺のことを呼ぶんだ、キャプテーン」
ごづっ
鈍い音を立ててナミの肘がウソップの頭に落下した。ぐるりと白目をむいてウソップが気絶する。
「うるさい。もうちょっとで思い出せそうなんだから……………金、碧………」
ぶつぶつ言っていたナミが、はっと顔をあげる。
「ハニーブロンドに……ブルーアイ!?!」
ナミは気絶したウソップの胸ぐらを掴みあげ、がっくんがっくんゆさぶった。
「ウソーーーーーップ!!こら、非常時に寝てんじゃないわよ!!アンタ、手配書持ってる!?」
ウソップは白目をむいたまま、危険な笑いを浮かべて、
「うふふふ、カヤー………待っててくれよ、今お前のキャプテンが」
「起きろーーーーーー!!!」
見かねてゾロが口を出す。
「おい……死んじまうぞ」
「あはははははは、空飛ぶあんパンだーーーい」
「起ーーーきーーーろーーーーーーーー!!!!!」
「……………鬼だ」
「手配書ってこれか?」
ルフィの声にナミがぐるっと首を90度回転させる。ルフィは勝手にウソップの鞄をあさって手配書の束を引きずり出しているところだった。
「それ!」
ごん、と後頭部から床に落とされ、ウソップが泡を吹いて動かなくなる。ゾロは彼に同情を込めた視線を送ってやった。もちろん、何の役にも立たないだろうが。
「「『Cheeky jesus』?」」
ゾロとウソップの声がハモった。ルフィは話し合いに飽きたらしく手配書で折り紙をしている。
「そう」
ナミは重々しく頷くと、机の上に一枚の手配書を広げた。ゾロとウソップはそれを覗き込む。
「Cheeky Jesus………生意気救世主?」
「顔が載ってねぇじゃねえか」
普通は載っているはずの、写真が付いていない。
「そんなことより金額を見て」
言われて、手配額を見る。
「む………」
「さ……………三千万ベリー!?」
飛び上がるウソップ。
「ええ。ただの泥棒にしちゃ破格の金額よね。でもこのCheeky Jesus、盗みに入るのが大金持ちの、しかも悪い噂のある商人や海賊だけみたいで、そいつらが手を回してこの金額なワケ。海軍でも、お偉いさん達が被害に遭ってるみたいだし。もっとも、盗んだ金のほとんどは福祉事業に寄付してるみたい。だから、『生意気救世主』って呼ばれるようになって、一般人には人気が高いのよ。通報もほとんどないわ。
顔は出回ってないんだけど、金髪碧眼の気障な男だって、裏ではもっぱらの噂。蹴り技の達人らしいし、そいつに間違いないと思う」
自信を持って頷くナミに、ルフィが声をかける。
「じゃあ、いい奴なのか?」
「このワタシの宝に手を出した時点で大悪党よ!!何が何でもとっつかまえて、ついでに三千万ベリーもいただくわ!!エースに連絡を取って、ルフィ!!」
「エースにか?何でだ?」
エースというのはルフィの兄だ。凄腕の賞金稼ぎで海賊で、ついでに裏の情報にも詳しい。
「いくらなんでも情報が少なすぎるわ。あれだけ派手なことやっててまだ捕まってないのよ?かなりのやり手だと見るべきだわ、きちんと相手の弱点を追求して、計画を立てないと」
「えー、面倒臭いぞ」
「良いから連絡を取る!文句言ってると夕御飯抜きよ、ルフィ!!」
「ソレは困る!!」
ルフィは跳ね上がると、大急ぎでくたびれたでんでん虫を取りに行った。
+++ +++ +++
『Ceeky Jesus?』
でんでん虫越しに聞こえる、低い男の声。
「そーだ! 知ってたら何か教えてくれよ、エース!」
『なんだよ、お前らが盗賊を狙うなんて珍しいな』
「それがよ、そいつに船盗まれちまったんだ。もうすぐナミ、髪の毛逆立っちゃうかもしんねぇ。俺も飯喰いたいし」
『ぶははははは!そりゃあ間抜けなこった!天下の麦藁団がおちょくられたってワケか』
その言葉にゾロの眉がしかめられた。幸いなことにナミは夕飯の支度の最中で、先程のルフィの発言は聞こえていないらしい。
おちょくられた。その言葉にゾロの怒りが再燃する。大体、ゾロは異様にプライドが高い。矜持を傷つけられることが何より許せないのだ。
「ああ、ゾロなんかもうバカにされまくってたぞ」
「されてねぇ!」
思わずルフィの頭を和道一文字の鞘で殴り倒し、でんでん虫を奪い取る。
「エース。とにかくそいつのことを知ってたらなんでも良いから教えてくれ」
『なんだゾロ、お前が熱くなるなんて珍しいなぁ。そんなに腹巻きを馬鹿にされたのが悔しいのかよ』
「………………されてねぇ!」
(………なんでわかるんだよ)
エースの見事な洞察力に、ゾロは額に汗をかいた。
『今、なんでわかったんだって思ったろ』
(…………だからなんでわかるんだよ!?)
からかうようなエースの声に、ゾロは警戒を強める。直後、エースの声が低くなった。
『………実はな』
真剣なエースの声にゾロは身体を緊張させ、次の言葉を待った。
『おーい、血管切れてねぇかー!?お大事に、クソハラマッキー』
でんでん虫から聞こえてきた聞き覚えのある声に、ゾロは椅子から落っこちた。
「テメェ!!?何でそこにいやがる!エース!どういうことだ!?」
『いや、知り合いなんだよ。いまちょうどお前らの船に乗って酒呑んでるんだけどな?多分お前の秘蔵のだと思うけど、ウメェぞ』
「ふざけんなーーーーーーーーーーーー!!!!」
ゾロの額からブチブチブチィ!と不穏な音が聞こえた。