cheeky jesus.












eeky Jeus






「ゾロ。アジッドの船が見えたわよ」
「そうか、意外に早かったな」

男部屋の床に座り精神統一していた緑髪の男は、ドアを開けて入ってきた蜜柑色の髪の少女を見上げた。

「意外?その発言はワタシの航海術をあなどってると取るわよ?」
「勝手に取れよ」

少女はにっこりと笑うと、その綺麗な足に履いたハイヒールで、あぐらをかいたゾロの太股をぐりぐりと踏みにじる。

「あだだだだだっ!!」

少女の名前はナミ。
この船、ゴーイングメリー号の天才航海士である。その才能にはゾロも一目置いていた。
ナミは辺りを見回すと、大げさな溜息をつく。

「ああっ!!もう何? この部屋の惨状は」

確かにゾロの座っている男部屋の床には脱ぎ捨てられた服や下着、絵の具に食べかけのお菓子、そしてケチャップ、何故か卵の殻など、様々な物が乱雑に転がっている。

「言っても無駄なのはわかってるけど、もうちょっとどうにかならないの?」
「ならねェ。大体散らかしてんのは俺じゃねェよ、ルフィとウソップだ」
「そんなのわかってるわよ!!アンタの私物と言ったらその汚い腹巻きと刀ぐらいでしょ」

わかっているならイイ、とゾロは頷いた。

「そうじゃなくて、散らかっているなら片付けよう、とかそういう心持ちを……」

そこまで言うとナミはゾロを上から下まで眺めた。
そして何かを悟ったように首を振る。

「……アンタに期待した私がバカなのね」
「そういう事だ」

何故か胸を張って言うゾロにナミは再度深い溜息をついた。

「あーあ、綺麗好きな男が一人でもこの船にいればねえ」
「無い物ねだりしても仕方ないだろ」
「そうね……ってこんな話をしに来たんじゃないのよ。アジッドの船が」
「聞いた」
「ならアンタの出番でしょ、さっさと来なさい 『海賊狩り』 」

ナミの言葉に立ち上がったゾロは腰に三本刀を差すと、男部屋のドアを開けた。

「強えヤツがいればいいんだがな」

ニヤリと唇をゆがめて、ゾロはこれからの戦いに向け、『海賊狩りのロロノア・ゾロ』 の顔になった。
ここはゴーイングメリー号。クルーはたったの四人。
キャプテンのモンキー・D・ルフィ。 航海士のナミ。 狙撃手のウソップ。
そして海賊の間では恐れと共に語られる三刀流のロロノア・ゾロ。

麦わらの一味は、この世界では名の知られた、賞金稼ぎの集団である。





+++ +++ +++





「今度の狙いは、コイツよ」

三日前の晩、次の獲物についての話し合いがあった。

「隻眼のアジッド。結構名が知られているけど、全部悪名よ。主に客船を狙って、お宝を奪った後は乗客ごと海に沈めてしまう」

静かに語るナミだったが、クルー達はその奥に潜む激情に気付いていた。
ナミの義母は海賊に殺されている。だから彼女は海賊を憎んでいるし、賞金稼ぎなどと言う危ない仕事に就いているのもそのためだ。復讐、というよりは自分のような境遇の者を出さないようにすることが目的なのだろう。

「わかった!それでコイツは何処にいるんだ?」

船長であるルフィの目的は、かの赤髪海賊団の頭領、『赤髪のシャンクス』を捕まえることだ。ルフィはシャンクスに恨みを持っている訳ではない。彼を捕まえることが目標なのだ。いつも軽くあしらわれているが。

「この近くの海域にいるって情報があったから、一週間もかからないわ。アンタの許可があれば今すぐにでも追いかけることが出来る」
「んじゃ、そーしよう!オレも、悪いヤツは嫌いだ」

二分とかからずに、ゴーイングメリー号の会議は終了。ウソップもゾロも、よほどの問題があるときしか口を出さない。ウソップは勇敢な海賊狩りになるために、ゾロは最強を目指しているうちに何となく、「海賊狩り」になってしまった。
何気なくゾロは呟く。

「『隻眼のアジッド』か」

その船で、彼らは宿命の出会いを果たすことになる。
―――あと、七日。





+++ +++ +++





「あれか」

甲板に出たゾロは、目の前の巨大な船団を見て目を細めた。ゴーイングメリー号が小さめのキャラヴェルなのに対して、あちらは巨大ガレオン船。 

「やりがいあるでしょう?」

いたずらっぽく聞いてくるナミに、簡潔に答える。

「30分だな」

ルフィとウソップはみるみるうちに近づいてくる海賊団に、一人は歓声を上げ、一人は震えることで答えていた。

「ルルッルルルルルル、ルフィ!援護はバッチリだぞ!!安心して行ってこい!!」
「そうか!バッチリか!!」

意味不明な会話をする十七歳組は放っておき、ゾロは船首に立ってひときわ巨大なガレオン船の上を見つめる。
あっと言う間に会話が出来る距離まで近づいたゴーイングメリー号に、ガレオン船の上に立つ片目の男が声をかけた。

「おいテメェら!!!そこをどけ、踏みつぶすぞ!これが誰の船だか知ってやがんのか!?」
「知ってるさ」

ゾロは隻眼の男に不敵な笑みを向けると、

「近頃調子に乗ってる腐った豚の乗ってる船だろ?テメェの命運、今日で尽きたな」

とのたまった。
その言い草に男は何事か口汚いスラングを返そうとしたが、ゾロの腰にある刀を見て目の色が変わる。

「三本…………貴様ら、『海賊狩り』 か!!」

片目の男――『隻眼のアジッド』はあわてて大声を上げた。

「敵襲だーーーーーーーー!!野郎共、かかれ!!」
「おお!かかってくんのか!!」

嬉しそうなルフィとは反対に、ウソップは哀れっぽい声を上げた。

「うぉぉおおおいゾロ!!何でお前いっつもわざわざ挑発すんだよ!」
「さあなぁ」

もはや涙目のウソップには一目もくれず、ゾロは三本の刀を抜きはなった。

「………その方が楽しいからじゃねぇか?」





+++ +++ +++





ぎぎんっ

同時に五、六人と切り結びながらゾロはアジッドを目指して駆けた。こういう大海賊団は、まず頭を潰すに限る。
ルフィは敵船の甲板で、あのゴムゴムの腕を振り回して戦っている。 ナミやウソップは、その近くで雑魚を蹴散らしていた。

ゾロは基本的に、一人で戦うことを好んだ。他は足手まといと言うことではないが、人を気にかけつつする戦いは気が重くなる。後ろから近づいてくるヤツは、迷わず切り捨てなければならない。それが仲間かどうかを気にするのも面倒臭い。

ざんっ

ゾロは一瞬にして四人を切り伏せると、船尾の方へ走っていくアジッドを追いかけた。





「何処まで行くんだ?海にでも飛び込んでくれるのか」

船尾にたどり着くと、逃げ場のないアジッドはじりじりと下がった。ゾロは戦いの興奮が急に冷めていくのを感じる。
いつもそうだ。自分を更に強くしてくれる相手を求めているのに、大抵の海賊はゾロと満足に打ち合いもできない。ゾロは、そんな相手にいつも退屈を感じてしまう。

「いい加減、諦めたらどうだ」

ゾロはひたりと相手の首筋に刀を押しつけた。これで終わりだ、なんて呆気ない。

「キディ!!キディーーーーー!!助けろ、キディ!!!」

いきなりアジッドが大声で叫びだした。

「おい、見苦しいぞ―――」
「――─うるせェなぁ」





うんざりしたゾロの声を遮り、涼やかな声が響いた。
ばっ、と振り向いたゾロの目に、鮮やかな金が映る。

シャツにジーンズというラフな格好の痩身の男が樽に腰掛けてこちらを見ていた。サングラスをかけているので瞳の色は解らないが、はっとするほど「絵になって」いた。見たこともないようなハニーブロンドが風になびいている。

「オッサン、俺ァジジイじゃねェんだから、んなに呼ばなくたって聞こえてる」

男は面倒臭そうに、髪を掻き上げた。毛繕いをする猫のような仕草だった。
ゾロの目が鋭くなる。いくらアジッドに注目していたと言っても、普通他人の気配に気付かない訳がない。
知らず、唇の端が上がる。

楽しめそうだ。

「キディ!!助けろ!!」

キディと呼ばれたその金髪の男は、アジッドの呼びかけなど聞こえないように、流れるような動作で煙草に火を点ける。

「………………」

その間、ゾロは油断無くキディを観察していた。武器などを持っている様子はないが、男の動作に隙はない。

「キディ!!」

焦れたようにアジッドが叫ぶ。キディは面倒臭そうにその様子を眺め、ぷかりと煙を吐き出した。

「あー、そこのアンタ。悪ィんだけどオッサン放してくんねェ?」
「断る」
「あ、やっぱりね。オッサン、アンタ諦めた方がいいみたいよ」

気楽にアジッドに向かって死亡通告をするキディは、面白そうな目でゾロを見た。
ゾロは挑発の意味を込め、キディの目をサングラス越しに睨んだ。

ぴん、と空気が張りつめる。
風に乗って乱闘の音が聞こえてくる。ルフィにかかれば、敵の全滅は時間の問題だろう。
しばらくの沈黙の後、キディがアジッドに提案した。

「…………オッサン、コイツオロしてアンタを助けてもいいぜ」

ゾロとキディの間の空気が尖る。

「そのかわり、あのコト教えろな?」
「…………そりゃ」

アジッドが言葉に詰まった。キディは殊更ゆっくりと煙草を吹かすと、

「イヤなら別にいいぜ。俺も余計な運動したくないしなァ。ダイエットにゃ間に合ってる」
「アジッド。何のことだか知らんが教えてやれ」

急にゾロが口を挟む。キディがいぶかるようにゾロを見た。

「んだよ、テメェにとっちゃ、このままアジッドを殺った方が楽だろ?」
「いや、俺はお前と戦ってみたい」
「何で?」
「楽しめそうな臭いがする」
「動物か」

キディは呆れたように煙草の煙を吐き出した。

「で、どーなのよオッサン」
「………………解った」

渋々、といった様子でアジッドは頷いた。ここで強情を張れば本気でキディはアジッドを見殺しにするだろう。

「んじゃま、やりますか三刀流?」

軽い調子でキディが言った瞬間、しなやかに彼の痩身が床を蹴った。

「っ」

びゅっ

顔を狙って風を切って飛んできた足を、ゾロは何とか避けた。ぴっと頬が切れる。
しかし同時に繰り出されたゾロの刀が、キディの金髪を何本か切り落とした。

笑みが濃くなったのがわかった。申し分ない。





+++ +++ +++





キディの武器は足だった。全くと言っていいほど手は使わない。戦いを始めてからかなりの時間が経過していたが、いっこうに決着が付く様子はなかった。

(コイツァ、猫だな)

キディはそのスピードと柔軟性で。ゾロはその力と持久力で。共に相手を上回っていたが、決定的な決め手には欠けている。
もう何度目か解らない蹴りを避け、刀を振り下ろす。キディはそれを後ろに飛んでかわした。
二人とも細かい傷なら数え切れないほど負っている。キディはきざな動作でジーンズから埃を払うと、

「男前が台無し」

また煙草を取り出して火を点けた。

「うお、まだやってたのかゾロ」

いきなり頭上からかかった声に、キディは驚いて上を見る。
倉庫の屋根からルフィが二人を見下ろしていた。

「珍しいなー、お前がこんなに手こずるなんて」

にししと笑うゴム人間に、キディは呆気にとられた表情を見せたが、すぐに元の皮肉げな笑いを浮かべる。

「コイツの仲間かよ?」
「おうっ!でもオレはお前らの戦いを邪魔する気は無いぞ!!ゾロに怒られちまう」
「は、そりゃお気遣いありがたいぜ」

キディは小馬鹿にした様子で鼻を鳴らすと、煙草を投げ捨てた。

「ゾロは強いぞー」
「そうかよ」

キディは軽く地面を蹴った。羽のように軽く身体が舞い上がる。

どごぉ!!

上から降ってきたかかとをゾロは身を捻って避けた。華奢な体躯の割に信じられない破壊力だ。
ゾロは雪走を真横に薙ぎ払った。キディは身を逸らしてそれを避ける。

「ははっ!!楽しいかい?」

唇をゆがめてキディがゾロに笑いかける。ゾロは先程から自分が楽笑っていることに気付いていたので、素直に返す。

「ああ、楽しいな」

緑と金が交錯するその様子を、ルフィは面白そうに見つめていた。





+++ +++ +++





ひゅっ
かつっ

「ちっ」

ゾロの刀をキディは避け損ね、その顔からサングラスが飛んだ。そしてバランスを崩して倒れかかるキディに追い打ちをかけようとした、ゾロの動きが一瞬止まる。

蒼。

信じられないほど透明な蒼の瞳がゾロの目に映る。不覚にも、みとれた。パーフェクト・ブルーだ。

「………隙有りだ」

ゾロの手が止まったその一瞬の隙に、キディの右足がゾロの腹を捕らえていた。

どかっ

勢いよくゾロの身体が吹っ飛び、倉庫の壁に叩きつけられる。

「油断してんじゃねェよ、クソ剣士」

キディはサングラスを拾い上げると、元通りにかけ直した。そのままアジッドの方へ歩み寄る。
無造作にその手を伸ばし、

「ほら、約束だろ?」

猫科の動物のような危険な笑みを浮かべ、アジッドの胸ぐらを掴みあげる。

「ちっ………解ったよ」

アジッドは渋い顔でキディの耳に唇を寄せ、何事かを囁く。キディは満足そうな顔になり、

「んじゃ、俺の用はこれで―――」

ぴた、と首筋におしあてられた冷たい感触に、キディの台詞は止まった。

「打たれ強いな、クソ剣士。あ、もしかして腹巻きのおかげなのか?」

振り向かずにキディは手を挙げる。余裕の笑みは崩さないままで。

「んー、でもちょっと待ってくれねぇか?俺ァこのオッサンの始末もしなきゃいけねェんだ」

ゾロの言葉を待たずにキディはアジッドの足を蹴り倒した。
ごき、とアジッドの足が折れ曲がる。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

悲鳴を上げてアジッドが床に倒れ込む。

「………お前、そいつの仲間じゃないのか?」

首を傾げてルフィが聞いてくる。

「キディ!!裏切ったなぁあああああ!!!」

泡を吹いてくってかかるアジッドにキディは無邪気な笑みを浮かべて、

「あ?俺がいつテメェみたいなクズの仲間になったよ?」

アジッドの折れた足をにこやかに踏みにじるキディは、金髪を風になびかせてきらきらと輝いている。
残酷な男だ、とゾロは思った。

「これじゃあもう海賊は出来ねェなぁ」

嬉しそうにキディは言い、アジッドから足をどかした。

「今までさんざこんなコトしてきたんだろ?今度はテメェの番だ、まさか文句はいわねェよなァ」

笑っているが、瞳は冷たかった。そこで、ゾロは気付く。

(まさかコイツ、怒ってるのか…………?)

するとキディはくるりと振り向いて、さっと間合いを取った。アジッドはゾロの足元で呻いている。

「どうぞ、お持ち帰りして結構ですよ。Mr.」

優雅な動作で一礼するキディに、ゾロは質問する。

「殺さないのか?」

先程はそれを匂わせる勢いだった。
キディは船首の手すりに寄りかかると、

「俺にコイツを裁く権利はねェよ。俺だって悪党だからなァ………」

空を見上げながら言葉を吐き出した。

「………その権利があるのは、今までこのクソ野郎になぶられたり殺されたりしちまった
可哀想なレディ達だ。そうだろ?」

違うか?とキディは首を傾げる。

「でもま、そんなこと言ってると勘違いして調子にのっちまうから、な。まあ代わりに海軍が何とかしてくれんだろ」

溜息をついたキディの向こう側に、見慣れたふざけた船首の船が見えた。
移動している。

「───ゴーイングメリー号!!?」

思わず声を上げたゾロの背後から、ルフィの気楽な言葉が飛ぶ。

「あ、そう言えば錨を降ろせってナミに言われてたっけ。すっかり忘れてたなー。はっはっは」
「忘れるなーーーーーーーーーー!!」

思わずつっこんだゾロだが、ぐんぐん離れていくゴーイングメリー号を前に何も出来ない。途方に暮れるしか能がない。

「あれってお前らの船?」
「………ああ」

聞いてきたキディに、渋い声でゾロが答える。

「丁度よかった。んじゃ俺が貰うな」
「はあ?」

聞き返したゾロに構わず、キディは手すりを蹴って、翔んだ。






BACK    NEXT NOVEL