負け犬。









 



負け犬。




 ヴィクトは呆気にとられた。
 サンジの顔が、皮肉げに崩れる。
 その辺のチンピラそっくりな態度で睨み付けた。
 先程までの、ヴィクトが見とれた真摯な面影は微塵もない。
 ヴィクトがその綺麗な顔を不愉快そうに歪ませる。

「止めた」
「何?」

 ひとつで我慢なんか、出来ない。
 そんな出来た人間にはなれない。

 危うく、勘違いするところだった。

 わかった。
 ようやく。

 賭けられるものは何なのか。

「俺は捨てねぇ」
「何も捨てねぇ」

 夢も仲間も、命も。
 これからも。

「欲張って悪ィかよ…………?」

 ふざけんな全部大切なんだ。

「捨てらんねぇから大切なんだろ!!」

 誰にもやらない。
 俺の物だ。
 俺の物を守るのは、誰だよ?

 俺しかいねぇじゃねぇか。

「………何を言ってる?」

 ヴィクトはあからさまに嫌悪感を露にして、サンジの顔を見下ろした。

「今更、命が惜しくなったのか」




 壊れた玩具を見るように、ヴィクトはサンジを見限った。
 汚物を見るような蔑んだ視線を向ける。

「見込み違いだったな………失望した」
「お前、無様だよ」
「命も賭けられない、みっともない雑魚だ」

「せっかく、滅多にいない、いい男だと思ったのに―――」

 ヴィクトは首を振って、後ろに控えている男共を振り返った。
 自分でとどめを刺すのは止めたらしい。

「この、負け犬が」




「負け犬?上等だよ」




 ヴィクトが怪訝そうに振り返った。

「死んでもいい、だと?負けねぇって?」

 そんな寝言はもう言わねぇ。
 うぬぼれるのは沢山だ。

「そんな信念には俺ァ唾でも吐きかけてやる」

 俺のプライドはそこにはねぇ。

「強さが価値じゃねぇからだ」
「そんなモン、俺には何の意味もない」

 俺が。

 岩を蹴り砕けようが。
 敵をぶち殺せようが。
 誰にも負けないくらい、強くなろうが。

 その事に意味があるんじゃない。

 手段のために捨てられる命じゃねぇんだ。
 死んでもいいから何だってんだ。
 それがどれ程格好良いんだ?

 俺が、潔い男になったとしても。
 美学をそこに求める限り、自己陶酔は免れない。

 ――――何の為に、それを願うんだよ。

 俺は強くなる為に、強くなるのか?

「それじゃあ俺は何にも出来ねぇ」
「そんな力に用はねぇ」

 勘違いを、するところだった。

 こんな俺に何があるんだ。
 何がどれ程特別だ。
 そんな勘違いで死ねるか。
 俺は。ちっぽけで。どうしようもなく平凡な。

 ただの男だ。

 その気になれば何でも出来る?
 嘘だよ。

 俺にしかできないことなんて、ひとつしかない。

「ヒーローなんざ死んじまえ」

 俺だ。
 全て。

「俺は死なない!死にたくねぇんだ!」

 守るために死ぬのは嫌だ。
 生きるために失うのはもっと嫌だ。

 ひとつだけでいいなんて嘘だ。
 俺は切り捨てる強さが欲しかったワケじゃない。
 そんなモン、俺じゃなくても誰かいる、どこかの劇場でもやってる。
 スポットライトと歓声浴びて、真っ直ぐに立つ主人公。

 俺は違う。観衆の一人ですらない。

 もっと足掻くんだ。
 もっと藻掻くんだ。
 這いずり回って泣き喚け!
 俺の狡さを見せつけて。

 最後に俺が笑ってやる。
 全部抱えて、ひとつもこぼしやしない。

「死にたくねぇ!!!!!!」

 負けねぇ事が価値じゃねぇ。
 勝ち負け自体に興味はねぇ。

 みっともないくらい叫んでやる。
 見苦しくってもかまわない。

 それが俺の信念なんだ。
 どうだよ、ヒーローには、真似できねぇだろ。

 お綺麗に散りたいワケじゃない。
 死ぬ覚悟?むしろ要らねぇよ。
 俺にあるのは生きる覚悟だ。


 守る為に生きる覚悟だ!
 守ってそして生きる覚悟だ!!


「誰にも文句は言わせねぇ!!」