「おい、クルガン!」
そのように大きな声でなくとも、聞こえる。
どうぞと言わなくても勝手に入ってくるので、クルガンは口を開くことさえしなかった。予想通り、幕舎の入り口に掛けられた布を捲って、シードが姿を現す。
「俺のところで、ゴールドボー二十頭獲れたから、半分やるよ」
シードはクルガンが反応せずとも勝手に喋る。だから、地図に視線を落としたまま、「何をしに来た」とも問わずに済むわけだが、別に嬉しくはない。
しかし、「俺のところ」といっても、シード揮下の者達はイノシシ狩りのために野営をしているわけではないから、これは専らシード個人の運動の成果だろう。二十頭狩るためにはほぼ一日中走り回る必要があるし、巨大なゴールドボーを引き摺って帰ってくるだけで大変な労力が必要になるはずだが、シードは、大人しくしていると死ぬ類のモンスターであるため丁度よいに違いない。
生肉の類は、行軍においては兵にとって随分な褒美だ。
意外に思われているらしいが、クルガンは礼を言うことには抵抗のない類の男である。しかし、クルガンが顔を向けてみれば、シードは既にもうそこにはいなかった。
「特製シチュー作ってやるから、兵借りるぜー」
大声が徐々に遠ざかっていく。
勝手知ったる風だ。クルガンの応諾など問題にしていない。食材を用意するだけでなく、明らかに調理の監督もするつもりだ。かなりの確率で、口ばかりではなく手も出すだろう。いや、いっそ、自ら腕を振るう気なのかもしれない。
「…………」
野営地の大半の人間は聞いただろう声を今更どうするわけにもいかず、クルガンは諦めた。
シードが人の世話を焼きたがる性格であることはわかっているのだが、せめて行軍の緊張感くらいは保てといいたい。
シード自身は、どんなに笑っていようが寛いでいようが、そのまま人を斬れるからよいのだろうが、その他の人間はそうもいかないのだ。
シードは兵に人気があるから、手ずからの料理となれば単なる鍋でも宴会以上の騒ぎになるだろう。酒も入っていないのに浮かれる兵の気を、後で引き締めさせなければならないのがクルガンの苦労である。
「絶対美味いから期待しとけよ!」
だから、煩い。