「事後の対処」に最も手のかかる傷は、骨の破砕と、矢傷の類いである。
切り傷のように、紋章魔法でそのまま治癒させる、ということができないからだ。
肉や筋ならまだどうとでもなるが、骨のかけらがあるべき位置に収まらないと、腕や足が上手く動かなくなったりする。やじりなどの金属が体内に残されるといずれそこから腐り落ちる。
つまり、これらの傷に対処するには、傷口をほじくり返さねばならないのだった。一度紋章で傷を塞いでしまったのならさらに悲惨だ。その類いの「手術」──畑の耕作に近い──を繰り返す結果、兵の体には皮膚をこねたような傷跡が増えていく。徐々に、そういった模様の動物になっていくのだろう。
「……!」
肉を切り開かれ、つまみ出される痛みは、クルガンにとっては恐怖ではなかった。
厭うべきは苦痛ではなく、己の意識の不安定さである。手足の感覚が遠く、痺れ、思考がとりとめなく散逸していく心地。自立しか経験していないクルガンにとって、己の状態が制御できないということは許容しがたい。
ふらつくかもしれない、などということは。
「──おい、もっと深く切るからな」
「肯定」
処置台に腰掛けたまま、横たわることはせず、クルガンは努めて体の力を抜いていた。緊張を悟らせれば、それは弱みにつながる。弱さを見せれば、次に来るのは略奪──その法則は、クルガンの精神にすり込まれている。
触れてくる手は振り払いたい。語り掛ける声も聞きたくない。そう言いたいが、絶対に言いたくない。
今、首を絞められたら、きちんと対処できるだろうか?
ずっとそう考えているが、虫の羽音のように、不快な感覚が脳髄にまとわりついて邪魔をする。脳が浮いたり落ちたりする感覚。刃物が肉を抉る痛みが遠くなる違和感。よくも、この状態で陽気になれるやつがいるものだ。きっと、神経回路の構成が全く違うのだろう。
そもそも、何故、クルガンはこんな不快を味わわねばならないのか。今説明されてもわからないけれど、後で納得しても意味が無い。
胃の腑が不調を訴えている。
「……ちったぁ喚いたほうが楽だぞ」
「肯定」
何を言われているのか理解していないが、何を言われても受け入れなければいけないので肯定する。血のにおいが広がる。
だから酩酊などしていなくとも、クルガンは暴れ出さず舌を噛まない、ような気がする、いや、むしろ、酔った状態のほうが理性を失うのだから、危険だろう。苦痛を紛らわせるために身を危険に晒すことが本当に合理的なのか。
頭が痛い。ぐらぐらとする。触らないでほしい。自分でやる。できる。おそらく。できなくてもいい。気持ち悪い。
とにかく。
嫌いだ。