軍隊というものは、ほかの誰よりも「鈍くさい」。
どういう意味かといえば、単純に、足が遅いということである。
軍に所属したことがない者が想像で思い描く行軍と、実際の行軍の間は、馬と芋虫ぐらいの差はあるだろう。とにかく、軍隊の進み具合というものは遅々としていて、大の大人であればとても付き合ってはいられないはずだ。
常人の歩く速度が一日十里(約40キロメートル)として、軍隊であれば精々一日五里、形振り構わぬ最大速でも八里以上は進めまい。
軍隊の足が遅いのには、勿論理由がある。最大の理由は、重さだ。
末端の歩兵が身を包む防具は、大体、小柄な成人女性一人分くらいの重量がある。それに、加えて最低限、剣と、食料と水、野営具、資材を運ぶ必要がある。それだけではなく、馬の餌、医療具、防水具、槍、鞍、盾、兜、旗、酒、貴人の荷物、それらの運搬具──数え上げればきりがない。ざっといえば、行軍には、兵一人につき、自分の質量と同程度くらいの荷はどうしても必要となる。
それを運ぶのは勿論、大抵の場合、兵自身だ。
肉体労働に従事したことのない者であれば、まず、千歩もろくに歩けまい。
農夫、きこりといった、荷を移動させることを得意とする者であっても一日三里(12キロメートル)がいいところだろう。
しかし、軍人であれば、最低でも、一日四里は進まねばならない。それができなければ、半人前以下、ただの足手まといである。兵に求められるのは強さより、早さより、まず耐久力──十八貫(約70キロ)の荷を背負って、一日中歩き通すことができなければ、雑兵にすらなれないのだ。
だから当然、軍隊は、荷を少しでも軽くしようとする。それが最も顕著に現れるのが、軍糧──食料の類だ。
栄養や味など二の次である。まずは軽くてかさばらないものでなければ、そもそも「持っていけない」のだから仕方がない。
だが当然、それは上の者の考えであって、実際に食べる兵士にとっては、軍糧は絶対的に不評である。「せめて犬の餌が食べたい」などという者もいる。
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クルガンは、朝日が野営地を白々と照らすのを、見るともなく眺めながら、犬の餌ならぬ兵の餌を食べていた。
軍隊の朝は早い。既に、ほとんどの兵が起き、定められたとおりに自分の任務に従事している。クルガンは一応尉官を拝命しているので、今更炊事班や整備班に割り当てられることもないから、するべき任務といえば、他の大多数と同じく──食事なのだ。
「────」
任務。確かにこれは任務といえるだろう。
本日、炊事場で配っているのは、トウモロコシの粉と塩とを僅かに溶かした湯と、水で戻したサトイモの茎である。湯だけの場合、悪くすれば水だけの場合もあるから、これは大変結構なことだった。
この任務における最大の障害は、兵士達の主食である乾パンである。
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携行・保存用として、極限まで水分を除去し、焼しめた乾パンは、これが元は小麦粉だったのか疑わしくなるほどに固い。防具にでも使えるのではないかと思う。一応、みぞを入れて成形してあるのだが、素手で割れたためしがない。
そのまま口にいれようとする者は底抜けの阿呆だ。この物体は、鈍器ではなく食物として扱う場合、まず、水気に浸して柔らかくする必要がある。湯に漬けては、柔らかくなった部分を──それでも靴の底くらいの硬度はあるが──削り取るようにして齧る。その繰り返しであって、味わう、楽しむ、といったこととはかけはなれた、無心で行う作業だった。修行僧が水に打たれ続けるのと同じことだ。
この作業をいかに早く終えるか、というのも兵士の資質であり、歯や胃を悪くした者は到底行軍についてくることはできない。
「────」
クルガンは湯を飲み終えると、さっさと歩き出した。立ち止まっていたのは任務のためであり、休むためではない。