椅子の座り方。
ナプキンの広げ方。
食事の始め方。礼の言い方。
食器の扱い方。扱う順序。置き方。
食べる順序。食事の際の話し方。
酒の飲み方。杯の掲げ方。杯の干し方とそのタイミング──

「────」

クルガンは、記憶力に困ったことはない。
しかし、『礼儀作法』といった類のものについては、書物で学んだだけではいささか心もとない。何故なら、礼儀作法の教則本には、通常それを読むものにとっては当たり前のこと──『魚介のアプリコットゼリー添え』は前菜に分類されるのか、メインに分類されるのか──などは書いていないからだ。
そこで、クルガンは作法を実地で学ぶ機会は最大限利用することにしている。

たとえばそう、今だ。

「いや遠路遥々、ご苦労様でございました」
「いえ、皇国兵のつとめですから」

クルガンの目の前では、皇国第四軍第七師団長と、駐屯地の領主が腹の探りあいの最中である。領主は師団長を最大限持ち上げようとし追従し、師団長は最大限にこやかに受け止めようとして失敗している。クルガンは添え物の師団長副官として、空気と一体化している。

「この若さで少佐とは! 流石にディグナーシュ家の血筋、将来が楽しみですな」

クルガンの上官であるアーネスト・ディグナーシュは、現在二十歳だ。それに対して、老人の域に入るだろう領主がへつらっている様は、しかしそれ程不自然というわけでもない。アーネストは生まれながらにして人に命じる側の人種であり、領主は明らかに「舌と腹の中が一致していない」人物である。

あまり快い出し物でもないため、クルガンはアーネストの食器の繰り方に神経を集中し、大人しくそれを真似ていた。ナイフとフォークの角度、食器を動かす速度、指の持ち上げ方、咀嚼の頻度──領主の方は専ら酒ばかり飲み、しかも声が煩いので真似たくない。

「────」

そのうち話の雲行きは怪しくなり、アーネストは領主に皮肉を言って席を立ってしまった。
クルガンはデザートを食べる機会を逃した。