GO or STAY!






GO or STAY !



「何拗ねてんだ」

ウルセェ黙って俺の前から消えろ似非ヒーロー。今の心境を正しく表現。
俺は体育座りのまんまでチラリとマリモを見上げた。
するとマリモは無表情に呟いた。

「この部屋貸してやるから、しばらく大人しくしてろ。ここから一歩も出るな」

ああ、この部屋?この部屋って言うか倉庫って言うかの事か。
見事なまでに何にもないよな?てかこの箱このまま横倒しにしても俺が頭打つだけで景色は全く変わんねぇぞオイ。窓すらないって表彰物じゃねぇ?見事に殺伐de賞。留置場の方がまだ見るモンがあるよなきっと。そうか、コレは飼育ゲージか?観察日記でもつけるのか、俺の。お前餌係か。成る程成る程。

なあ、真っ白く塗った部屋にずっと閉じこめておくだけって拷問、存在するの知ってるか?

情緒がかなり荒れ果ててきたのを感じる。
てか、ベッドがないとか暖房器具がないとか、そういう事はまあ我慢してもイイ。別に俺お姫様じゃねェし、命の危険と天秤に掛けりゃ、大抵のことはスルー出来るよ。ああ、大抵のことならな。

「………………なあ。トイレ、何処だ?」

わかっちゃいたが、返ってきたのは途方もない沈黙だった。
マリモの視線が、微妙に泳いだのをめざとく発見。………ああ、何も考えてねェんだなお前。さっき無謀にも一気呑みした酒のせいで、俺ん中で第二十九回吐き気フェスティバルが盛大に開催されてんだけどよ?テメェの顔面にゲロぶちまけてもいいのか。いいんだな?
俺はマリモとの距離を目で測って、丁度いい位置まで移動しようとした。マリモがソレを手で制してくる。

「………わかった。明日には違う場所に移動する」
「………ソレまでは?」
「知るか」

面倒臭くなったのか、マリモは素っ気なくそう言った。
…………なんかさ。なんかね。そう、誰でもイイから誰か聞いてくれ。自分の神経の太さと長さを確かめる作業って、結構疲れんだよ。俺って結構、我慢強かったろ?なあ。一般人以上だろこの耐久力は。でもこれ以上やってたら、殺される前に胃に穴あいて死ぬわきっと。
だからJesus。お願いだ。

俺、キレてもいいよな?

俺はキャップの外れたペットボトルを掴んで、大きく振りかぶった。ピッチャー第一球は死球確実。
腕の傷口が疼いて悲鳴を上げた、悪ィな、今は構ってらんねェ。悪を滅ぼすのが先だ。八つ当たりでもそうじゃなくても、取りあえずそうしない事にはまともな精神状態にはなれそうもねェから。そうか不可抗力ってこういうカンジだな?
俺は生憎野球は習ってねェけど、まさかこの距離なら外しようもねェだろ―――

ぐううううううううううう。

「………………………」
「………………………」

イヤ、コレは俺がマリモに水撒いた音じゃねェぞ。当たり前だけど。
その音を聞いた途端、何故だか俺はどっと脱力した。
もういい。わかった。
ペットボトルを床に降ろす。脇に置いたままのビニール袋の中を探り、オレンジ色の小さい箱を取り出し、ソレを投げ渡す。
マリモは無表情のまま、パッケージを開けて、固形食物を囓りだした。
あー………コイツ一応食べ物口から入れて摂取するんだなァ………。
俺はそんなくだらないことを考えながらぼんやりしていた。タイミングを外された衝動ってのは、どうにもならない。消化不良。クソ、運のいいマリモだ。開運グッズにもなれそうだよ。開運マリモ。語呂もイイよ。
………ちなみに俺の方は、朝から飛んだり跳ねたり墜落したりで全くメシ喰う気分じゃねェ。吐き気祭りは大盛況で進行中。
あー、そういや今何時だ………?昼、だよなまだ………。
そう考えた途端、ふつり、と何かが切れた音がして、瞼が重くなった。

「寝ろ」

やけに遠くから、マリモの愛想のない声が聞こえた。
ああ寝るよ、この箱じゃ他にすることねェし。起きてたって見えるのがテメェのツラだけじゃ、精神衛生上非常によろしくない。
なんか………傷口だけじゃなくて体中が熱ィ。怠さも吐き気も、収まる気配、ゼロ。えっと、破傷風とか、たしかまだ絶滅してなかったよなァ………。
頭の中に霞がかかる。次に目ェ覚ましたら天国だったりして………ってのは笑えねェぞ?考えない。まさか、爆発はもうねェだろ。
………あ。俺が寝てる間に傷に勝手にガムテープとか貼んなよ、マリモ………

そして、暗転した。



+++ +++ +++



最初に知覚したのは、やっぱりコンクリートの感触。眠りに落ちる前とは打って変わって、肌寒い。アンニャロ、怪我人に毛布も掛けねェで………風邪引けって悪意が充分伝わってくるよ。心の方が寒くなるね。やっぱ、回りくどく俺を殺す気なのか?被害妄想じゃネェだろコレは。人間ってのは、生きてくのに意外と沢山のモンが必要なんだぜ、衣食住と空気だけじゃねェんだ。今の俺が一番渇望してんのは気遣いだ。
目を開ける。
見えたのは、床と同じくコンクリートの、味も素っ気もない天井………じゃなかった。思わず声を上げかけて、でも吸った息と吐いた息が喉で衝突して変な音がしただけだった。
爆発じゃなかったが、予想外なモンが見える。何だコレ。

薄い色のサングラスをかけた、目つきが悪い、というよりは、鋭い男。

勿論変形したマリモじゃねェ。
軍隊にいそうなカンジの野郎だなァ。ってか軍人以外の職業がパッと思い付かねェ、この風体でパン屋なんて開いても善良な一般市民(勿論俺含む)なんざ寄りつかねェ事請け合いだ。
まあ、有り体に言えば………男前の範疇に入るんじゃねェか?勿論俺には劣るケド(しっかしなんで一部のレディってのは無口で無愛想で陰気な男に魅力を感じるんだろな?それなら置物でもギリシャ彫刻でも、同じ役割は果たせるじゃねぇか。そうか観賞用か)。
怜悧な視線が真っ直ぐ俺に降りている。イヤのしかかられるのはレディオンリーって主義主張が俺にゃあったんだけどよ。てか、まてまてその前にこの状況―――

「サンジだな」
「Yes,sir」

呼びかけに、思わず俺は素で頷いちまった。うわ、素直な俺って気色悪ィなやっぱ今度から止めとこう。
………ってか、何でコイツは俺の名前を知ってる?
一度こういう状況で「人違いです」、大真面目に言ってみたかったけど、実際問題としてソレ無理。

だって俺、今全くの無防備。気持ちいいくらいに精神防御力ゼロ。

まあそりゃ当たり前かもな。
起きたら視界いっぱいに不審人物が派手にのさばってるなんて、普通は一生しなくてもイイ経験って奴じゃねぇか?
忘れられない人生のビッグイベントなんて、結婚と出産くらいで十分なのに(イヤ俺出産はしねぇや)、今朝から俺にはそんな災難に総出で懐かれてる気がする。
男は朝の挨拶と同程度の重みで次の言葉を言い放った。

「死んでくれ」

ヤに決まってんだろーが。

……………やっぱこの状況で冷静になれるなんてのは置物かギリシャ彫刻だ。
生きてる、一人の生身の人間である俺には、んな心頭滅却な生き方は出来ないらしい。てかしたくねェよ、マジで。なあ観賞用って死体でも充分なのか?

もう見慣れた感のある、黒光りする物体が目の前に突きつけられた。
な、この体勢でこんなん撃ったら俺脳みそぶちまけるぞ?
知ってたか?兄ちゃん、人って、一度壊れると二度と元には戻らないんだぜ?絶対にだ。
俺はジッと男を見上げた。薄いガラス越しに、涼しい目が見えた。
男の肩の筋肉に力が入り、トリガーにかかった人差し指にそれが流れるのがわかる。

知ってるのか。やっぱ。

怖かった。めっちゃ怖かった。どれくらいかってーとさ、体中の筋肉が全然、震えもしないくらい。目も閉じられねェ、馬鹿みてェに口も開きっぱなし。涙腺が弛んでいくのがわかる。チビったっておかしかねェ、そんなトコまで映画と同じで、でも登場人物が本気で死ぬのが違うトコで。主役だってソレは逃れられなくて。

怖かった。けどそれよりもさ。俺が泣きそうだったのは、怖かったのも勿論あるけど、でもそうじゃなくて。そんなんじゃなくて。
きっと、この男は、眉一つ動かさずに軽く俺の人生にピリオド打てるし、もうそんなことは経験しすぎてるから今更情緒も動かないし、だから三分後には俺の顔も忘れてる、そんでハードボイルド小説なら主役張れるかも知れなくて、『普通の生活』なんかにはちょっと憧れてるか鼻で笑ってるかのどっちかで、恋人が泣いて縋っても無表情に振り切れて、ついでに酒場に行けば待ってるだけで好きなのいくらでも引っかけられて、飲るのはブランディよりウィスキー(逆かも知れないけど)って決めてて、体にはめっちゃ一生モンの傷があって何度か死にかけたこともあって、明日の事なんて一度も考えたことないって顔して、朝の十時まで熟睡してしかも二日酔いなんて事にはなりそうもないし、自分をそういう型にきちんと詰め込んでて、だから何もかも一緒くたに諦められて。
そんで、人が死んだらもう生き返らないってのもちゃんと知ってて。


なんだか、泣いてもいいよな?

俺よりもコイツの方が、もっと不幸なんだと思った。


俺って意外に傲慢だったんだな。ついでに馬鹿でさ。人事みたいにそう考える。
走馬燈って嘘だったのか、この短時間に何回か見た気がしたけどよ。今ちっとも浮かんで来ねェし、考えてるのはくだらねェ、初対面のこの男の俺が勝手に想像した人生の事で。
今更だけど、この一瞬はもっと有効に活用すりゃ良かった。せめて、誰かにアイノコトバでも。捧げる相手は、結局逢えなかったけど俺の運命の人。その方が百万倍ロマンチックだったのに。「キャスリン……」とか一度はやってみたかったんだこん畜生。クソ、馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ俺。

悲鳴は出なかった。俺はマリモは呼ばなかった。


…………思い付かなかったんだって。や、マジでさ。





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