GO or STAY!






GO or STAY!    



ふ、と男が鼻で笑ったのがわかった。
なんだ、彫像じゃねェじゃん。でも無表情は変わんなくて目ェ笑ってねェから余計怖ェよ。

「本当に素人なんだな」

ナニソレ、感心してくれてんの?
でもアンタ、だからって勘弁してくれるようなキャラじゃねェだろ?こういう時の俺の予想って、大抵外れてねェんだよ。
てかでも、テメェ、サドで獲物を念入りになぶり殺すのがスキとかそーいうオチは頼むから止めてくれな?
男の瞳孔が軽く絞られたような気がした。

ががぅんっ!!

妙に反響して聞こえる音。
どん、と弾かれたような衝撃が体に走る。

死んだか。俺。

視界から、男の姿が一瞬で消えた。
イヤに鮮やかな赤いモンが、飛び散った気がした。
Good bye.
そんなに酷い気分でもなかった。
俺は目を閉じようとした。



「そこまでよ、コーザ」



何か甘いものをいつも口の中に含んでいるような、そんな声が聞こえた。

……………………あ?

じっくりと体の隅々まで感覚をチェックする。………何処にも、痛みはない。
それ以前に、俺普通に息出来てるし。男がいないだけで、世界も見えてる。
俺は怯えて縮こまった筋肉を無理矢理動かして、首を横に捻った。
コンクリートに開いた穴。出来立てホヤホヤって奴だ。中に埋まってるのは銃弾だろうね、やっぱ。
でもコレって、俺の眉間に食い込むはずだったと思うんだけどよ。
俺は酷く混乱した。イヤいつもしっぱなしって突っ込みは勘弁な。

………その間にも事態は急展開しているらしく。

「Freeze」

ビシィ、と決まった台詞が空中に放たれた。うわカッコイー、こんな状況だってのに、感心してしまう俺。
そういや、どっかで外国人が「Freeze」を「Please」と聞き間違えて射殺されたって聞いたコトが。イヤ全然関係ねぇんだけど。余裕じゃないのに余裕をかましてみる。

俺は、首の筋肉をまた精一杯動かして、状況の理解に務めた。
ていうか、とりあえず俺はまだ死んでない。弾に当たってもない。ソレが第一。最重要ポイント。
んで、俺の絶体絶命のピンチの時に誰かが乱入してきたってのが第二。

…………てかさ、俺直視したくないんだけどさ、なんか俺の体の上に点々と赤いモンが、ぶっちゃけ血なんだけど、飛び散ってるんだけど。

俺のじゃねぇけどヤだぞ。かなり。

動くな、ってのは俺に対しての言葉じゃない。乱入者の持ってるハンドガンは侵入者(うわややこしい)にぴったりとポイントされてる。
侵入者―――コーザ、って呼ばれたか?は、俺の横数メートルの位置で、肩を押さえて片膝ついてて。無表情は全然変わってねぇけど、肩を押さえる手の間から、

―――ああ、血だ。
撃たれたのか。

俺は乏しい想像力を片っ端から引っ掻き集めて推理した。
ええと、コーザ(仮)が俺を撃とうとした瞬間に撃たれて、だから俺の眉間はブチ割られずに済んで、コーザは横に飛び退いて逃れたけど銃を突きつけられて動けなくて?つかさっきの俺と同じ状態、絶体絶命っぽくて。
推理って程の推理も出来ないまま、俺はそろそろと身を起こした。いつの間にか金縛り状態からは復活してる。

つか。俺どうすりゃいいんだ?

誰もその質問には答えてくれない。コーザ、もう面倒臭いからコーザに決定、が吐き捨てるように呟いた。

「女狐め」

女狐。
すげぇ、まず真っ当に生活してたらあまり耳にしねぇよな、そんな単語。
俺はコーザに女狐呼ばわりされた彼女に視線を移した。

―――すらっとした長い足、ランクA。きゅっとくびれた腰、ランクA。男なら思わず目が(あわよくば手が)イっちゃうだろう大きめの胸、ランクA。鮮やかな蜜柑色の髪に縁取られた、アイドル顔負けの顔立ち。ランクS。

トータル、ランクAプラス。結論、滅多にお目にかかれないいい女。

ソレが何故こんなシーンで俺の人生に登場してこなきゃならない?クソ勿体なさすぎる。
俺的意見では、彼女は女狐、っつーより子猫ちゃん、ってカンジ。条件付きで。
そう、その可憐な指がトリガーにひっかかってなければ。セクシーな唇から、Sっ気満載の女王様台詞が飛び出してこなければ。

「口のききかたがなっていないようね」
「お前に指図される覚えはない………どんな時も中立が大前提の筈が、何故こんな真似をする?」

コーザは、軽蔑の混じった視線を彼女に向けた。

「自分の仕事にプライドも持たないのか。所詮情報屋などその程度だろうな」
「こっちにも事情があるのよ」

彼女は苛立たしげに眉を寄せた。
コーザは嘲笑を隠そうともせず言い放つ。

「言い訳だ」
「―――躾直してあげるわ、雄犬」

がぁん!

その台詞がきちんと終わる前に、彼女のハンドガンが鳴った。
反射的に俺はぎゅっと目を閉じる。
何コレ、もしかして俺、殺人シーン特等席で目撃?これ以上ないくらいリアルだよ、だって現実だもんな。うん。

イヤ待て待て待て、そうじゃねぇ。

俺はそうっと目を開けた。
先程の場所からまた一メートルばかりずれた場所で、コーザは、今度は足からを流していた。銃弾が掠ったらしい。取りあえず、死んではいない。
呆れたようにコーザが言った。

「動くなと言っておいて、容赦なく撃つ」
「じっとしてて貰わないと狙いがつけ難くて」

なんか、余裕だなアンタ達。

俺はそんな感想を持った。だってコレ、殺し合いってか、殺したり殺されたりする寸前だよな?俺にゃ全然馴染みはねぇけど、それぐらいはわかる。てか、誰でもわかる。馬鹿でもわかる。

アンタら、どっかに台本でも隠し持ってるのか?

この場で今一番余裕がないのは、余命三十秒、地獄落ち針山血の池フルコース確実のコーザじゃなくて俺だ、確信を持って言える。取り残されてるってのも今更だし。でも。
なあ、俺ちょっと言いたいことあんだけど。

「…………アンタ、結構上客だったわ」

既に過去形。
コーザは利き腕撃たれてるから、銃はもうちゃんと撃てないだろ、足も怪我してる今度は避けられないかも知れない。
つか、避けられない。死ぬな。
でもだからって俺は同情しないコイツはこんな世界で生きてきたんだ、覚悟は出来てんだろこんなシーンは慣れてんだろ、な、死ぬとか死ぬとか死なないとか、殺すとか今みたいな状況とかさ?
だってホラ、まだ表情変わってねぇ。きっと死んでも変わんねぇんだろ、ホント、尊敬しちゃうくらいに。

俺は同情はしない。自業自得って言葉、俺よりこの男が一番わかってんだ。

因果関係はわかんねぇけど、俺を殺そうとして、だから彼女に殺られる。
こんな世界に、だってコイツも彼女も馴染みまくっちゃっててどうしようもないってのが、初見からまだ三分も経過してねぇ俺でも見抜けちまうんだから。
きっとこの男が今まで殺してきた奴らが、コイツのこのザマを見て気をはらしてる。霊感なくて良かったよ、俺。
因果応報、ココでやっとソレが成就するのか。
ホントもう、やってらんねぇよ。

俺を巻き込むな。

彼女の腕に力がこもる。
コーザは目を閉じた。

ああ、限界。

「―――――だあああああああああああっっ!馬鹿だろテメェ!諦めんな!!」

がぅんっ!

俺は、間に合ってしまった。クソ、瞬発力は妙にあるんだった。
コーザを押し倒すように突き飛ばし、一緒に転がる。足に熱いモノが掠った。

ていうか、俺も相当な馬鹿だ。

俺って映画のヒーローとかにかぶれてたか?イヤそんなキャラじゃなかった確信を持って言える。こんな行動、俺じゃなかったら絶対馬鹿にしてる、てか自分でも馬鹿にしたか、今。

なんだってこんなベタな事、しなきゃならねぇ?

ホント聞きてぇよ、だって俺が助けたからってコイツが改心するとか足洗うとか彼女が見逃してくれるとかそんなんマジであるワケねぇ。むしろ俺、彼女を敵に回しちまったカモだし、一緒くたに射殺されたり?てかそれより、今後ろから殴り殺されたっておかしかねぇっていうか。

そうだおかしくない。

俺は間髪入れずに横っ飛びに体を投げ出した。
風が俺の髪を掠る。びゅっ、と鋭い音。
肘を擦りむいて転がる。足が痛い。また捻った。腕が痛い、なんか今刃物で切られたっぽい。もういい、どこもかしこも痛い。

「サンジ君!」

ああ、アナタ俺の名前知ってたんだ?光栄だ、君の名前も聞きたい。余裕があれば、俺が生きてれば。
がぅん、とまた銃声がした。撃たれたのか?コーザ。

ぐ、と襟首を掴まれた。
ものすごい力で引き起こされて息が詰まる。
俺の首に腕が巻き付き、軽く締め上げられた。ひたりと突きつけられた白刃。

あー…………予想通りの展開。

「Freeze」

またこの台詞。また俺に言われたんじゃねぇけど。だって俺、言われなくても動けないし。てか、息出来ねぇよコラ。

ごめん、まだ名前もわからないレディ。ホントごめん。謝ったところで仕方ないけど、ごめん。

俺、映画でもこういうキャラ嫌いだったんだよ、一時の感傷で味方の足引っ張る情けない奴。きゃーきゃー泣き喚くだけの人質。

俺だけどさ。

これ以上ないくらい惨めな気持ちで、俺は突きつけられたナイフを見下ろした。
レディはまだ銃を構えているが、俺の体だけを避けて後ろに貼り付いてる男に当たってくれる奇特な銃弾は持ってないだろう。

二人は同時に言った。見事なチームワーク。ソレだけコレが自明の理って奴なんだろうけど。

「…………馬鹿ね、サンジ君」
「…………馬鹿だな、お前は」

そうだよ。悪かったな、馬鹿。
馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だよ、俺は。わかってんだ。自分が一番自分に呆れ果ててる、馬鹿って名札つけて檻に入れて見せ物にしときたいくらい。

ベタなことやったらベタなことになっちまうんだ、クソくだらねぇ。
わかってたんだ。こうなることくらい。

でもさ。
一般市民はこう言わなきゃいけねぇ事になってんだもん。


Love and Peace.





GO!