GO or STAY !




「うううう」

酷い頭痛。かつてないくらいに。
痛いっていうよりむしろChaos?頭蓋骨開けたら、中身がじっくりコトコト煮込んだスープになってました、て言われても、今なら信じるね俺は。
一番酷いのは頭だが、その他にも痛い場所はある。特に足首。右腕。それ以前に、、全身疲労漬けになってて指先ひとつ動かしたくねぇ。血管の中、血の代わりに木工用ボンドが詰まってるみてぇで、まあ簡単に言えば、最低の気分だってコト。俺様史上に残るね、コレは。

「ああああ」

勿論発声練習じゃねぇぜ?
でもなんか、こうしてないと精神に異常をきたすよーな気がする。だから何となくやっちまう。
足首は、痛ェってか、熱ィ。何度か捻ったし。
銃弾が掠った右腕。出血は止まってるみてぇだけど、なんかドクドクいってる。なんつーか、ミニ心臓がも一個あるカンジか?ココも熱ィ。
てーかさ、こんなん映画や小説じゃめっちゃかすり傷なんだろうけどさ。こんなんで動けなくなるような主人公なんていねぇだろうけどさ。弱音も吐かねぇだろうけどさ。そうアレだ、ノープロブレムってヤツ?
ああ、凄いよテメェら。素直に感心するよ。

この人間外どもめ。

その『かすり傷』で俺はノックダウンだ。何も出来ねぇ。やる気もねぇ。目も開けらんねぇ。てか、開けたくねぇ。何にもねぇから逃避だ逃避。

「うううう」

俺の体温で不快に温もった固いコンクリートも、喉の痛みも息苦しさも。裸の胸を撫でる淀んだ空気も。今置かれてる状況も。
もうなんか、全てどーでもいい。大切なのはひとつだけだ。

生きてるって素晴らしい。

がちゃり、とドアノブの回る音がした。俺の平穏(かどうかは知らないが取りあえず生命の危険はない)な時間は余韻も残さずデリートだ。
あう………帰って来ちまったよ。イヤここはヤツの部屋だから帰ってくるに決まってんだケドよ。もうちっと、心の準備みてぇのが欲しかったよ俺は。
ソレはそんなに贅沢なことなのか。そうか。
俺は重い左腕を動かして、目の上に載せた。タヌキ寝入りだ取りあえずは。
だって今俺の脳味噌、新しい情報を受け入れたり会話したり現状を理解しようと努力するよーな余裕が、完全無欠、天下無敵にひとっかけらもねぇ。ついでに言えばついさっき、全身全霊かけて逃避してやるって固く誓ったばっかだし。

扉の閉まる音。
どさ、と物が入ったビニール袋を落とす音。
数瞬の静寂。
ビニール袋を漁る音が十数秒。
こちらに近づいてくる足音。

俺は寝てます。これ以上ナイくらいに寝てます。

じぃっ、と音がしそうな視線が俺に落ちてるのがわかる。寝てるって言ってんだろがボケ。イヤ心の声でだけどさ。サイボーグなんだからわかれよそれくらいは。
俺の必死の祈りが通じたのか、サイボーグの視線は顔から外れた。
そのかわり、俺の足元にしゃがみ込む気配がする。するり、と片方だけ履いていた靴が脱がされた。以外にソフトに。

ああ、手当をしてくれるつもりなのか。

そう思うと、いきなりこの部屋に投げ込まれて(言い回しじゃねぇ、本当に投げられた)ちょっと脳震盪を起こしたのに本人は振り返りもせずどっか行ったのも許せるよーな気がした。そうか、薬かなんかを買いに行ってくれてたんだうわぁ優しいなぁ、と。

……………イヤ、突っ込みは要らねぇ。

俺だってホントはわかってるっつーの。サイボーグがそんな気遣いとか思いやりとかをちゃんと装備してるワケねぇってのはよ?ニュートンへの殺意と共に明確に確認済みだクソッタレが。
こういうのってアレだよな、ちょっと浮上させといておもいっきし突き落とすの。サディストの常套手段だからな!そんなんにわざわざひっかかってやる程俺は間抜けじゃねぇ、筈(イヤ見抜けたからって対応策もねぇけどソレ禁句だし)。
さァてココでクエスチョン。
じゃあ何のために俺のデリケェト極まりない足に超合金サイボーグが注目するのか?
そう考えたときだった。

ぐきっ。

「きょほおおおおおおおおおおおっっっっ!!?」

俺はあんまり突然の暴挙に思わず奇声を発して飛び起きた。きっと数センチくらい体が浮いた。バネ仕掛けくらい人力で出来るんだぜイエーイ万歳人類、っていうかなんていうかそうじゃなくてクソ、コイツ信じらんねぇ!

この男、捻った足を逆方向に捻りやがった。

クソマリモは俺の悲鳴に、少し五月蠅げに顔をしかめ(何様だこのヤロ)首をやや傾けて見せた。壮絶に可愛くねぇ。

「………葡萄?」

テメェいっぺん死ね。
俺は明確な殺意を抱いた。貴重な体験クソありがとう。
ただソレはきっと、痙攣しながら口をパクパクさせている金魚ちゃんな今の状態では伝わらなかったに違いない。嗚呼、視線で人が殺せたら。
回復するのに十数秒を要した俺は、すぅはぁと深呼吸をしてからやっと身を起こした。きっと涙目だがそんなん知ったことじゃねぇよ。

「――――なにしてくれてんだテメェっ!!」

思わずキレ気味の俺に、マリモは飄々と言ってのけた。

「?捻ったみてぇだから元に戻した」

そんな小学生みたいな思いつきでいいのか。
勿論反語だクソ野郎。
ダメだ、サイボーグと人間の間には日本海溝より深くて暗くて長くて埋められない溝がある。
ああ、そりゃお前は部品交換が出来るからいいだろうケドな?俺はれっきとした人間様なんだよあんまり無理すると壊れるんだよ血ィ出たり骨折ったり挙げ句の果てには死んじゃったりするんだよっ!

そう言いたかったがその体力がなかった。

ぐたりとなった俺には構わず、マリモは脇に置いてあった見慣れた日用雑貨を取り上げた。パッケージを破り、そのゴミをビニール袋の中に戻す。
びっ!
茶色いソレを少し引き出して、軽快な音を立てて千切った。
ナニがしたいのかわからず(わかった試しはナイし、そんな日はきっと来ない)俺は目だけでソレを追う。
マリモは俺の右腕をがしりと掴んで、傷口にソレを近づけようと―――
って、ちょっと待て。

俺はすんでの所で凶行を阻止した。

「………何だソレは」
「?ガムテープ」
「………ソレでナニをしようとしてる?」
「??手当」

お前もしかしてホントにサイボーグか。
よくよく見て見れば。男の腕にはガムテープが盛大に貼られていた。きっとガラスで切った傷の上だろう。肌の色とあんま変わんねぇ(そうか?)から目立たねぇみてぇだけど。………イヤ、目立たないからどうとかじゃねぇだろソレは!しっかりしろ俺!頑張れ俺!
俺はがっちり心因性の目眩を起こしながらも、ガムテープを取り上げてこっそり背後に隠した。

「紙のテープだと粘着力が弱くて上手く止血出来ねぇんだよな。やっぱ、ガムテープは布に限る」

誰も訊いてねぇよンな事ァ。



+++ +++ +++



「………Rororoa・Roro?」
「ロが多い」

ロロロア………ロロノア・ゾロと男は名乗った。信じられないことに一応人類らしい。製造番号はついてねぇっつったからな。Roronoa・Zoro。ロロノアゾロ。…………ロロノア、ゾロ。

でも俺の心の中ではマリモと呼ぼう。もしくはクソ緑。

クソマリモは俺に向かってビニール袋を放ってきた。反射的に受け取る。
何やら色々と入っていた。しかるに、何やら必要そうな物を見繕ってきたらしい。
シャツがあったんで取りあえず羽織った。流石に靴はねぇな………ミネラルウォーター、カロリーメイトの類、煙草に煙草に煙草に煙草に煙草。ビール缶が沢山、DRY GINのボトル。
俺は取りあえずミネラルウォーターのキャップをひねり、ボトルを立てて一気に半分ほど飲んだ。他の物は、取りあえずビニール袋にいれたまま脇に置く。

「で。お前は誰だ?」

俺は単刀直入に訊いた。ココで通りすがりの通行人Aって答えが返ってこようものなら………まあソレはソレで丸く収まるよーな気がするな。よーしそう答えろ。

「ロロノア・ゾロ」
…………テメェもしかして頭弱い人か?

至極当たり前な俺の問いに、返ってきたのは鉄拳だった。
………理不尽極まりねぇ。
俺が再び回復する間に、マリモは缶ビールを2本吸収した。

「俺は…………そうだな、テメェのボディガード……みてぇなモンか?」

やっとこさ持ち直した俺に、マリモは何故かイヤな顔をしてそう言った。最初からそう言やイイだろがっ!
ってか、何だソレ。オイ。

「…………bodyguard?」

俺ってそんなモンつけられるほど重要人物だったか?部屋が爆発したのは事故じゃなくてもしかして俺を狙ってたのか?ってかむしろコイツはどっちかと言えば刺客じゃねぇのか?
混乱する俺に構わず、マリモはビールをもう1本空にする。
コレは強制イベントなのか。俺の人生には一生登場して欲しくねぇヤツが。「この顔見たら110番」が。俺の………俺のボディーガード、だと?
そして、十秒ほど悩んでから俺は爆発した。

「どーゆーコトだっ!?」
「説明は苦手だ」

しぶい顔をしてマリモが肩をすくめる。
俺もお前とコミュニケーションを取るのは苦手だけど。てか無理だろうけど!
なんつーか、俺の人生を一言で諦められた気がするぞソレ。

「そういう問題じゃねぇだろこのクソ誘拐犯っ!!」
「まあ取り合えず、なるべく死なないように気ィつけろ」
「説明になってネェ…………って」

死?
一瞬、マリモの顔がブレて見えた。

ソレってアレですか?
老衰でも腹上死でもない痛かったり辛かったり苦しかったりむしろ殺してくれってカンジの?撃たれたり切られたり首締められたりの?

結構近くにあるモンだってのは、見て見ぬフリしてるけど実際知ってた。
さっきだって、アドレナリンでメチャクチャ誤魔化してたけど、死んでたかもしれねぇトコだったんだ。スゲェ怖かったし、死にたくねぇってマジで思った。端から見てたらわかんなかったかもしんねぇけど。
死ぬかも知れなかった。

でもソレは。俺のせいじゃねぇって思ってたんだ。

………俺にとっての死ってヤツはさ、人生の途中で偶然出会すかも知れない、ブービートラップ、じゃねぇのか?
喉に餅つまらせたり、交差点でトラックに轢かれたり、病気になったり、ちょっと運が悪かった結果じゃねぇのか?
俺が、罠にひっかかるんじゃなくて。

死の方が俺に襲いかかって来るってコトなのか?
俺だから襲いかかって来るってコトなのか?

「な………んで」

さっき潤したはずの喉が干上がる。結構ショックだろ、コレはさ。
空洞状の頭の中で悪意満載のオーケストラが演奏を始めた。もちろん曲は「運命」だ。今度の敵はベートーベンらしい。
あっさりとマリモは答えを返す。

「お前に生きてられると、困るヤツがいるって事だ」

運命が扉を叩く。

俺は殺意をもたれるような生き方をしてきたのか?
昨日まで、メインストリートのカフェで、グラスを磨いてた俺が?
昨日の夜まで、酔って吐いた客のゲロ掃除を一生懸命してた俺が?
つい数時間前まで、ベッドの中で丸まっていつもの夢見てた俺が?

…………ソレってそんなにどこかの誰かに悪影響を与えてたか?

ぞく、と背筋が鳴った。
あー………なんだコレ。なんなんだよコレ。

スゲェ、寂しい。

「怖ェのか」

そう言ったら撫でてあやしてでもくれんのか?クソ巨大なお世話だ。

「…………………」

俺は膝を抱えた。
いわゆるだるまさんポーズってヤツだ。暗さ最高潮だ。
石像になったみたいにそのままじぃっと床を睨む。なんてのの字の書きやすそうな平面。
マリモは缶ビールを全部開けると、腹巻きの中からあのゴツい銃を引っぱり出して分解整備し始めた。目を細めて、ちょっと意外なくらいに慎重な手つきで。………ヤツの中で事情説明はもう終わったらしい。なんて自己中だよオイ。
床の上に鈍い色の反射がいくつも転がってる。

俺の心情なんかちっとも考えずに人殺しの道具磨いてる。呆れる神経………ああソレも超合金か。
てか、怯える一般市民に銃弾とかみせつけんなよ慣れてねぇんだから。テレビのモニター通せ馬鹿アホ、クソマヌケ。俺の不幸は全部テメェのせいだ今決めた、責任取れクソ野郎。
こつん、とヤツの膝に落ちて、弾がひとつ転がってきた。俺の裸の足に当たる。

おもちゃみてぇ。
めちゃくちゃちっぽけで、でもしかるべき方法で使えば俺なんか一瞬で殺せちまう塊。

つまみあげて、左の手のひらに載せて。
照準をつけて、右の中指で弾いた。

びしっ。

いかにも狙ってくださいってカンジの、大草原の大きなデコに大ヒット。
………俺も結構才能あるじゃん。一等賞品は何デスか?

「……………テメェ」

人を殺しそうな凶暴な目つきは、取りあえず無視。俺は今荒んでるんだから八つ当たりだってしていいんだ。てか八つ当たりじゃねぇせーんぶテメェのせいだって、俺条約でさっき決めたんだよ。
俺はさっ、と手を伸ばすと、ヤツが手をつけてなかったGINのボトルを取り上げた。
思い切りよく封を切る。

ごっくごっくごっくごっくごっく。
ぷは。

全くオヤジ臭い動作で俺は空き瓶を投げ捨てた。
マリモが呆れたような目でこっちを見てる。
アルコールのおかげでちょっとだけ強くなった(つもり)の俺はソレをにらみ返した。もういい、コイツは野生動物だ。ゴリラだ。餌やって手懐けて利用してやる。
俺は親指と人差し指を立てた右手をマリモに突きつけた。BANG!

「…………………bodyguard?」

にやりと笑って訊いてやる。
ヤツは渋々頷いた。
頭痛はちっとも治ってなかったが(酒を呑んだからますます酷くなったかも知れねぇ)俺は現実を受け入れた。

俺を殺してぇヤツがいるだと?
ふざけてんなよクソッタレ。

じゃあ逃げてやる。死にたくねぇもん。

…………まあ、ココで殺し返すって言えねぇトコが小市民なんだよなきっと。
でも凶悪ゴリラも取りあえず、俺を殺す気はネェってコトがわかったし。なんてったってボディーガードだし。まあコイツのおかげで黒スーツから逃げられたんだし。超合金並みに頑丈な人間兵器だスゲェだろ。精神衛生には悪ィだろうけどソコは我慢だ。必殺技だ。
頑張って生き延びて、白い犬とお嫁さんだ。生きてりゃイイコトきっとある(筈)!

そうして数センチ浮上した俺に小さな疑問が湧く。
………俺が今朝の爆発で死んでたらどうしたんだ?実は助かったのって全くの偶然じゃねぇ?
自称ボディガードに説明を求めてみた。

「あー…………道に迷ってた。悪ィ」


いやホント、生きてるって素晴らしいよな。時には泣きたくなるくらいにな。





GO!