負け犬。



「信念は?」と訊かれたら。
光の速さで答えましょう。

「いつでも何でも何処ででも、めちゃくちゃ惚れる色男v」







 右から順に、ゾロ、ナミ、ルフィ、ウソップ、サンジが並んで立っている。
 ご丁寧にも全員の手には鉄の枷がはめられ、鎖で縛られ猿ぐつわまでされている。ルフィにいたっては、体からぐにゃぐにゃに力が抜け、後ろの男に支えられなくては立ってもいられないようだ。それはそうだろう、ルフィの枷は海楼石で出来ている。

 つまり、麦藁海賊団が、目の前の一段高い席に座っている男に対して出来る抵抗は、ただ睨み付ける事だけだった。

「俺の名はヴィクト」

 美麗と言っていい声が、滑らかに男の口から滑り出る。
 美しい男だった。
 燃え立つような赤毛に、ルビィのような瞳。
 会話のタイミングやちょっとした仕草までに、気品が伺える。大規模な海賊狩り集団のリーダーなどには見えない。ワルツでも踊っていた方がよほどしっくりとくる。
 ヴィクトは目があっただけで殺されそうな視線には怯むことなく、ルフィ達を見下ろした。
 絶対的勝利者の余裕。

「勝利という名前だ。俺は一度も負けたことがない。その事に誇りを持っている。だから、人を完璧に俺に屈服させることに執着するらしい」

 人事のようにそう言い、順番にじっくりとルフィ達の顔を顔を眺める。
 ヴィクトはぺろりと上唇を舐めた。
 その舌も血のように赤い。

「だからいつも、賭をするんだ。強そうな海賊、自信に溢れた海賊とはな」
「…………そうだな、そこの生意気な目つきの、お前」

 ヴィクトの視線を受けて、控えていた男がサンジの猿ぐつわを外す。
 それを待って、サンジは吐き捨てるように答えた。

「目つきの悪ィ奴は他にもいるぜ?例えばそこのハラマキとか」

 ヴィクトは楽しそうに、長い足を組み替えた。
 豪華な椅子の脇のテーブルからワインを取って、飲む。
 当然の如く赤いワインだ。

「お前だよ。無駄にプライドが高そうだ」
「無駄………?」

 サンジの目が細められた。
 その視線を真っ向から浴びて、ヴィクトは笑う。

「そのプライドを使って、賭をしよう」
「………………………………」
「勝ったら仲間を助けてやるよ」

 サンジはふと黙った。
 ルフィがむぐむぐとうなりだす。

「他の奴らは連れて行け」

 鎖を引っ張られ、ルフィ達は部屋から出された。
 ゾロに至っては、四人がかりで引きずられていった。
 それを見送り、サンジがヴィクトに向き直る。

「賭だと?」
「そうだ。お前のプライドの賭、だよ」

 どん、と背後の男に突き飛ばされ、サンジが転倒する。
 赤い絨毯に叩きつけられ、強く顎を打った。

「なにしやがるっ!」
「―――お前、何処まで出来る男だ?」

 ヴィクトが問う。
 質問の意図も分からず、答える義理もない。サンジは黙った。

「…………………………」

 ヴィクトが合図をし、サンジの鎖を持った男はそれを引きずりあげる。
 苦しい体勢に、サンジはのけぞった。

「思った通り、いちいち反抗的だな」
「…………るせぇ」
「自分の行動はよく考えた方が良いぞ?仲間を死なせたくないならな」

 サンジの頭が揺れた。

「俺の気分ひとつで、奴らを入れた牢屋に水を張ることもできるし、飢えさせることもできる。もっと簡単に、串刺しやら斬首やらもできる。DEAD OR ALIVEだ、気にすることもない」

 お前がどれほど払えるか、見せて貰おう。

「連れてこい」

 男はサンジを鎖で引っ張り、ヴィクトの足下まで連れていった。ほとんど荷物の扱いである。
 ヴィクトはサンジの髪を掴んで引き上げた。
 近距離で目が合う。

「お前、仲間の命と引き替えに何が支払える?」

 逡巡はなかった。拍子抜けするくらい呆気なく、サンジは折れた。

「何でもやるよ」

 即答。
 ヴィクトが笑う。

「以外に安いな、お前」
「知るかよ」
「言葉に重みがないのか?それともプライドがないのか」
「さあな」
「本当に、お前にそれが支払えるのか?」
「出来ないと思うのか?」

 挑戦的にサンジが言った。
 ヴィクトは髪の毛を離して、サンジの顎を蹴り上げた。
 うめき声を殺して、サンジが床に転がる。

「仲間と引き替えなら、何も要らないか?」

 サディスティックな炎を燃え立たせて、ヴィクトが問う。
 サンジの頭を踏みつける。
 屈辱的な扱いに、サンジの手に力がこもった。
 歯を食いしばって、ヴィクトを睨みあげる。

「足は」
「要らねぇ」
「手は」
「……要らねぇ」
「命は」
「うっせぇ、要らねぇ!!」

 夢も。
 何も。

「だから返せよ………アイツらを」

 ひとつでいい。それひとつでいいから。
 俺にやれるモンは全部やるよ。

「そうか」

 サンジの言葉に、ヴィクトは頷いた。

「でも、言うだけなら簡単過ぎるな」
「………………………」
「そう言った奴は何人もいる」

 ヴィクトはテーブルに盛ってあった果物のうちから、葡萄を一房つまみ上げた。
 それを地面に落とし、足を持ち上げる。

「!」

 ぐしゃり。

 サンジの目の前で、妙に嘘っぽい音だけ残して葡萄は踏みつぶされた。

「もっと反抗して貰わないと面白くないじゃないか」
「お前が何処までやれるのか、見せて貰うよ」

 ヴィクトはつまらなそうに言った。
 観察する目つきで、サンジを見下ろす。

「食べろ」