HORSE´S NECK









ロロノア・ゾロは思った。
この存在の何がこうまで気に食わないのだろう。



全て、と言うのは簡単だ。
だが取りあえず、その両手はこの船のクルーの胃袋を満たすのに貢献しているので、除外しておこう。

考える。

ならばその癖の悪い足が?
確かに、ゾロの幸せな昼寝タイムを邪魔したり、呼びかけ代わりに使われたり、更にはいちいちわけのわからないタイミングで飛んでくる足は物騒で邪魔で煩わしい事この上ない。無ければ随分とすっきりするだろう。
けれども戦闘時、しなやかに、時には踊るように軽やかに、それなのに岩を砕くその足は、役立つものでもある。
確かに、とゾロは渋々と認める。
確かに──自分ではたまに気が回らないところにもその足は届くので、ウソップやチョッパーやナミの為にも、あの足を切ってしまってはまずい。

それに、ゾロを起こしに来るときの遠慮の無いずかずかという足音でなしに、夜中に甲板を歩くときや給仕するときの、猫のように滑らかな足取りならばゾロは少し──気に入っていると言えなくもないような気がしないでもないので。

考える。

それでは顔か。
女相手とゾロ相手と敵相手では、同一人物かと思うほどに違う顔。もう物理的に違う。その渦巻いた眉毛がなければきっとゾロは、この頃は黒いスーツが流行りなのか、やけに着てる奴が多いなと思ったかも知れない。
ゾロに向けられるのは大抵が、もの凄まじい軽蔑を表した無機物を見るような目、もしくは見ただけで叩き斬りたくなるような挑発の口元、それでなければ喧嘩の最中の怒りに沸騰して九十度を向きかけた眉毛だ。
どの顔も、ゾロを苛立たせるが──

真剣勝負の一瞬前に僅かに覗かせる、微かに嬉しげな笑いを含んだ、柔らかい刃のような顔は、無くなったら惜しいかも知れないと思った事があったような覚えがあるかも知れない。

考える。

もしかして声だろうか。
そんな気がする。女相手の猫撫で声は寒気がするし、罵声は耳に煩い、騒ぎ声は聞き苦しい。
そもそも、声以前にその喋る内容にこそ問題がある気がする。面を付き合わせれば眉を顰めるような罵倒しか飛んでこないし、そもそも常態ですら致命的に口汚い。「お」の代わりに「クソ」をつけるのは生まれた地方の風習なのか本人の習性なのか、確実に後者だ。
その口が閉じれば、ゾロのストレスは五割方軽減する筈だ。

けれど──たまに、本当にたまに聞こえる、素の状態の、あの甘いような苦いような響きの声ならば、存在するのを許すのもやぶさかではないという気分の日があってもおかしくないように感じたりする可能性がある。

考えた。

どうやら、個々のパーツは傍にあってもそれなりに問題ないような気がする。
手も足も顔も声も、要は使い方ひとつなのであり。

ロロノア・ゾロは顔を上げた。

「わかった」






「お前、頭、要らねえな」
「よォしよく言ったアオミドロ、こっち来い殺してやる」












HORSE´S NECK ホーセズ・ネック
ブランデーを入れたグラスに螺旋状に剥いたレモンの皮を入れ、
ジンジャー・エールを注ぐ。英語で「馬の首」の意味だが、スラング
で「馬鹿な男の首」ということになる。グラスの縁に掛けるレモンの皮
が馬の首かたてがみで、氷の数は馬の脚の数にひっかけて四つ、
ジンジャエールの立ち昇る泡は馬が駆ける時の砂ぼこり、らしい。