HOT BUTTERED RUM






「夏風邪ぇ?」

デッキチェアに寝そべり、いつものように新聞を広げるGM号の航海士は、素っ頓狂な声を上げた。

「誰が」
「ゾロが」

対する船医、チョッパーは、いたって真面目な顔つきで頷く。

「嘘」
「マジ」

GM号に乗ってからまだ日も浅いが、くだけた物言いも身に付いてきているようだ。
チョッパーは表情を崩さないまま、重々しく断言した。

「ゾロに寄りつくくらいだから、よっぽど凶悪で邪悪で極悪な風邪菌だと見て間違いない。昨日寄った港で移されたんだろうけど」
「はあ」
「他の船員に移らないうちに、隔離した方がいいと思うんだ」
「まあ」
「ルフィやサンジはともかく、ウソップやナミは普通の人間だろ?ゾロの風邪菌なんかに汚染されたら―――命が危ない」

まるで放射能並みの言われようではあるが、チョッパーの言葉にナミの呆けていた顔がだんだんと引き締まってきた。

「それは危険だわね」
「そうなんだ。だから倉庫に来てくれるように言ったんだけど………」
「『俺が風邪なんかひくワケねぇだろ』もしくは『鍛錬の邪魔だ』?『寝てれば治る』?」
「うん」
「なんて読みやすい………」

ナミは頭痛をこらえるようにこめかみに手を当てた。

「いつも思うんだけど、この船の人間はほとんど医者の言うことなんてきいてくれない。こういうときはどうすればいいんだ?」
「どうすればいいって…………こういう時の対応は決まってるじゃないの」

何をおかしなことを訊くのだろう、とナミは首を傾げた。
ぱちり、と指を鳴らす。召喚のサインだ。

「説得よ」



+++ +++ +++



「…………はあ。成る程」

二秒でナミの元に駆けつけたサンジは、後甲板で汗だくになりながら素振りを続けるゾロを見下ろしつつ、首を縦に振った。

「マリモ菌の拡散を防がなきゃこの船の、というかナミさんの危機なワケだな。そりゃ頂けない」

納得したようなサンジ。
それを見て、チョッパーはナミの服の裾をチョイチョイとひく。

「なあ、有り難いんだけど…………サンジにゾロを説得して貰うのって、逆効果じゃないのか?」

ますます言うことを聞いてくれなくなる気がする。というよりは、ケンカになってしまうような。それくらいは、チョッパーにも見抜けた。

「あら、そんなことないわよ。これが一番早くて、効果的なのよ?」

ナミはこともなげにそう答えた。しかしチョッパーの不安は消えない。
些細なことで船を壊すような大喧嘩をする2人を、短期間に嫌と言うほど見せつけられたからだ。

「やっぱり、俺」
「いーから。見てなさいって」

ナミは興味を失ったように、再び新聞を開く。
サンジは手慣れた動作でしゅるりと黒のネクタイを外すと、床を蹴った。

とん、と軽い音とともに影が舞い上がる。

くるりと空中で一回転。チョッパーはそれを目で追った。
後甲板へと落下していくサンジ。着地地点の辺りには、ゾロ。
気軽な動作で、足を持ち上げる。






ぐごきぃっ!!






「……………………は?」

サンジは、かかとでゾロにビンタをかました。
ぐらり、とよろめく緑色の頭。

サンジはするりと後ろに回り込み、先程外したネクタイをゾロの首に素早く巻き付けた。
両手に力を込めて、ぐぐ、と左右に引っ張る。

「……………………え?」

いきなり繰り広げられるバイオレンスに、チョッパーはぽかんと口を開いた。
思わずナミを振り返る。

「せ、せせせせせせっせせせせせせせせっっっ説得!?」
「説得」

容赦なくナミは頷いた。目は紙面から離れない。
ごくり、と唾を飲み込むチョッパー。

視線をゆっくりと後甲板へ戻す。

丁度、ゾロの体からだらりと力が抜けたところだった。
いわゆる、落ちる、という奴か。

サンジは平然とした表情のままゾロの首からネクタイを外すと、側にあった洗濯物籠に放り込んだ。
そのまますたすたと階段を上り、キッチンへと戻っていく。

「ほら、チョッパー。説得は済んだから、今のうちに連れて行きなさいよ。倉庫にあるロープ使っていいから」
「…………………………うん。そうだね!」

数秒の葛藤の後、「ああ、これはこれで楽だな」と判断した船医。
巨大化すると、足首を掴んでゾロを倉庫へと連れていった。



+++ +++ +++



ゾロが隔離されて数日後。すっかり健康体に戻ったゾロは、心おきなく素振りをしている。

「……………………」

今度はサンジが風邪をひいた。ゾロから移ったらしい。
くわえ煙草の似合う料理人は、医者の言うことをきかずに家事に奔走している。

どうやら、目眩と関節の痛みは、無視することに決めているようだ。

「………ナミ」

GM号の最高権力者は、優雅に寝そべりながら即答した。


「ゾロに説得して貰いなさい」





『説得』 1。(動)言葉を尽くして自分の意見を押しつけること……主に人間対象。
     2。(動)実力行使で大人しくさせること……主に野生動物対象。
     3。(名)無駄、無意味……主に船長対象。

『看病』 1。(動)病人、怪我人の身の回りの世話をすること……主に人間対象。
     2。(動)苦しまないよう、目を覚ます→気絶、を繰り返させること……主に野生動物対象。
     3。(名)不必要、不可能……主に船長対象。

~GM号素敵辞典より抜粋~


HOT BUTTERED RUM               
ゴールドラムに砂糖を入れ熱湯でバターを溶か
した熱いカクテル。好みによってシナモンの粉末
を入れると、更に香りが良くなる。風邪の特効薬
としても知られている。