人は自分にはないものを求めるものだ。
―ではそれを人が持っていたら?
俺がエースと会ったのは1年前。
この界隈は、路上に品物を広げて商売してる奴やストリートライブが多いことで有名な場所だ。
自分の音楽を主張する者、ただひたすら踊り続ける者、片言で怪しげな商品を売りさばく者。
皆それぞれに異なる目的でこの場所に集まってくる。俺はここで女の子を口説いたり、怪しげな外国人と会話を交わしたり、クスリやってみたり・・・それなりに楽しんでいた。
そんなある日。
些細なことで性質の悪そうな男達と喧嘩になった。お決まりの路上を一歩入った、人気の無い場所に移動して。
いつもならその辺りで適当にかわして逃げるものを、その時はしくじってボコボコに殴られた。
服や髪の毛が血でベトベトになるし、買ったばかりのサングラスはフレームが真っ二つに折れていた。あれ、結構気に入ってたんだぜ。腹を殴られたおかげで吐き気までもよおした。助けを呼んだって、誰か来てくれるわけでもないし。体中の間接が痛くてとても歩けそうにねぇし。
あー俺死ぬのかな・・・って遠くの方で考えてた。『生きる』ことにたいして、別段こだわりを感じてなかった。
もしかしたら天使が迎えに来てくれるかもよ?とどっかのアニメを思い出しながら。
「おーい、生きてるか?」
もう少しで楽になりそうだった俺の頬をペチペチと叩く感触がした。
誰だよ・・・やっと痛みも感じなくなったのに・・・
閉じていた瞼を無理矢理開ける。
「俺のこと見えるか?」
ぼやけたものが少しずつ形になっていく。
目に入ってきたのは、黒い髪のそばかす男。
「・・・み・・・える・・・」
「目はやられてねぇみてぇだな。どっか痛むところはあるか?」
「っせえな・・・誰だよ・・・テメェ・・・」
血だらけで倒れている男を助ける奴なんて、この町にいるもんか。それは実際本当のことだったし、俺もそのへんはよく分かってた。
そばかす男は笑って、言った。
「お前を助けてやる人ってとこでいいか?」
****
最初は無様な所を見られたことが嫌で、エースを拒絶していた。俺は元々素直な奴じゃねぇし。
でもどんなに拒絶しても笑顔でやって来るエースに、少しずつ慣れてきて。
気が付いたら一緒に馬鹿騒ぎするまでになってた。
俺は元々人の家に転がり込んで寝る、その日暮しな奴だったから、エースと会ってからはエースの家に居候してた。
エースは俺より2つ年上で、よく食って、よく笑う奴。その上、冬でもタンクトップ一枚だったりする変な奴。
もっとも、俺みたいな素性の知れない男を居候させてくれてる時点で、既に変な男だけど。
彼の稼ぎは主に露店の売上げで、売り物のアクセサリーはどこかで仕入れてきたり、自分で作ってみては俺に見せてくれた。俺もこういうのは好きなほうだったから、いつしか俺は彼の商品のアドバイザーになり、新作は全部身に付けて確かめるようになった。
エースが作って俺が身に付けて確かめる。
それは自分にとって堪らなく新鮮に感じられて、今までの毎日が色褪せて見えた。
「なあ、エース」
昨日出来上がったばかりの新作のシルバーのアクセサリーを身に付けて、鏡の前で確かめる。
「何で俺のこと助けてくれたわけ?」
「何でって言われてもなぁ・・・」
頭を掻きながら困ったような顔をする。
「目の前で倒れてる人がいたらフツー助けるだろ」
「最近じゃフツーに入らねぇんだよ、それ」
「そうか?まぁ俺の中じゃフツーだ。それに顔覗いたら結構綺麗だったし」
最後の一言に思わずエースの方を振り返る。
「あー・・・俺ストレート」
「心配するな。俺もストレート」
「紛らわしいんだよ・・・ちょっと固まったじゃねーかよ」
エースは焦る俺を見て大笑いをする。
「でもよー、素性の知れねぇ俺を居候にするのは、明らかにフツーじゃねぇと思うけど」
「別に悪い奴じゃなさそうだったし、喧嘩も弱そうだし。口はちょっと悪いけどな」
「・・・あっそ」
「今の時点でサンジを居候させてることに後悔はしてねぇさ」
そう言われた時は素直に嬉しくて、ここが俺の場所なんだと思った。エースは『いつでも出て行っていい』とよく言ってたけど、俺にそんな気は全く無かった。エースは俺にないものを沢山持ってる。そばに居るだけで、俺も持っている気になれた。今はエースに頼りっきりだけど、少しでもコイツの役に立ちてぇって思った。
そう、思ってた。
心の奥でエースを羨んでた。
最初はただ純粋に。
でも俺は自分で思ってるほど、素直な人間じゃなかった。
****
最初はちょっとした心の隙間。
それが少しずつ大きくなっていくのを、俺は止めることが出来なくて。
ああ、俺は結局こういう人間だったんだ。
どんなに頑張ったってエース自身になれるわけじゃないし、今の俺はただエースに凭れ掛かってるだけ。
そして、心の隙間を埋めるのは。
―限りない夢を見させてくれる甘い蜜。
「・・・昔やってたのは知ってるけどよ、もうやめたんじゃなかったのか?」
甘い匂いが脳を鈍らせる。鼻をつく強い香り。
「・・・別に・・・いいだろ」
甘い匂いが体中をゆっくりとまわって、甘美な世界を見せてくれる。
そうさ・・・俺が求めてるのはこれだ・・・
「まぁコッチも商売だから、お前がいいなら何も言わねぇけど」
「・・・あぁ・・・それで十分」
血がそのスピードを緩める。
段々と焦点が合わなくなって・・・
その先に待っているのは
―アーケイディア。
目を覚まして一番最初に目に入るのは、真っ白な天井。
まだ覚醒しきっていない体を無理やり起こす。
カーテンをはぐって窓をこじ開けると、白々と夜が明け始めていた。
空には、残月。
「よぉ、起きてたのか」
ドアの金属が擦れ合う音と共に、陽気な声が耳に入ってきた。
「・・・エース」
エースは、ぶら提げていた袋からパンを取り出してこちらへ投げた。
「それ朝飯な」
そう言うと、近くにあったイスに腰を下ろしてパンを食べ始める。
こちらが見ていて気持ちの良いほど、彼の口にパンが入っていく。彼の大食いは出会ったときから少しも変わらない。
ふと、手を止めてこちらを見た。
「・・・どした?」
「俺、いらねぇ」
受け取ったパンをエースに差し出す。
「あのなー」
「食欲、ねぇんだよ」
「・・・サンジ」
手首を掴まれる。
「いいから食え」
「・・・嫌だ」
掴まれた腕を解こうとするが、体格はエースの方が勝っている。当然、振り解けるはずがない。
「俺の買ってきたパンは食いたくねぇって?」
「バーカ。ちょっと気持ち悪いだけだって」
掴んでる手の力がフッと緩む。
「・・・大丈夫か?お前最近体調良くないんじゃ・・・」
甘い蜜は俺だけの秘密。
「野郎に心配されても嬉しくねぇっての。どうせならキレーなお嬢様方に心配されてーなー」
そう笑った顔はいつものサンジだった。
多分エースは気付いてた。そういうとこだけはカンの鋭い奴だったから。
体調の心配はよくしてくれた。でもそれ以上は入ってこない。
見えない、壁。
今まで堪らなく新鮮だった毎日が、急激に色褪せて見えた。
俺は絶えず『何か』にイラつくようになり。
さすがのエースも口に出さずにはいられなかった。
「・・・俺は今までお前がやることに口出ししないようにしてたけどな」
このイラつきは何なのだろう。
「もっと自分を大切にしたらどうだ?」
どこからか噴き出てくる、腹立たしさ。
「別に・・・それは人それぞれだろ」
「確かに人それぞれだよ。でもな―」
そのイラつきはエースに対してだと気付くのに・・・そう時間は掛からなかった。
「・・・ほっといてくれ」
いつしか俺はエースから離れることばかり考えるようになってた。
・・・また元の生活に戻ると思えばいいんだ。
****
目を覚まして一番最初に目に入るのは、真っ黒な空。
今日は妙に頭がスッキリしている。
開けるべき窓も、体を包む毛布も、振り返るべき相手も、何もかも。
なくなった。
エースには黙って家を出た。
―今更言うべき言葉が?
外はまだ息が凍りそうなほど寒くて。暖かくなるまであそこに居た方が賢い選択だったかもしれないけど。
やっぱりそれは出来なくて。
背中を丸めて街を歩いても心の奥に何か引っ掛かってる。
エースと別れたら、『何か』は取れるはずだった。
どうすれば『何か』は取れるんだろう。
俺は絶えず甘い蜜を吸う。これを吸ってる時だけ、俺は全てを忘れることが出来た。
甘い蜜を吸いすぎれば、空から天使が迎えに来ることを承知した上で。
俺は甘い蜜に酔う。
少し顔を上げてみる。
「・・・雪・・・かぁ・・・」
誰がいるわけでもない。言葉はすぐに消えてなくなる。
喋るのも、指を動かすのも、息をするのも、何もかも面倒だ。
路地裏にへたり込んで雪を見る。
・・・見るのもダルくなったなぁ・・・
誰かが頬を叩く。
何だよ、ほっといてくれよ。俺、今スッゲー眠いんだよ。
「―ジ。おいサンジ、起きろ」
あ・・・俺知ってる。この声、知ってる。
「『いつでも出て行っていい』とは言ったけどな、もう少し暖かくなってからとか考えなかったか?」
「うっせぇ・・・俺は思い立ったら即行動派なんだよ」
目の前にいるのは、思ったとおりの奴だった。
でも何だかエースが透けて見える。―まだ寝ぼけてるんだろ。
「なかなか起きねぇからちょっと心配した。夢でも見てたのか?」
あんなにイラついてたはずなのに、そんなこと感じなかった。
「ああ、見てたよ。ずーっと」
「とてつもなくイイ夢?」
「『ジャックと豆の木』みたいに木が空に向かって伸びてる」
言葉を発するたびに、それは白い吐息となって宙を舞う。
「俺はそれを一生懸命登っていくんだ」
サンジがゆっくりと目を閉じる。
「上に何かあるのか?」
「分からねぇ―でも俺はドキドキしながら登ってんだ」
上には何が待ってる?
「ずーっと登って・・・その先にはさ」
エースは黙ってサンジの言葉を聞く。頷くことさえ出来ない。
「・・・その先にはさ・・・っ」
声が震えた。宙を舞う白い吐息が乱れる。
「何があるんだろ。・・・俺は何を探してるんだ?」
誰か、教えて。
「サンジが探してるものは、ここにあると思うな」
「ここにはあるもんか」
探したけどなかった。何もなかった。
「俺さ・・・エースが『羨ましかった』んだ」
俺には無いものをエースは持ってた。
当然のように。
「何で俺には・・・何で無いのかなぁってさ・・・」
「何・・・言ってるんだよ・・・サンジは俺に無いものを沢山持ってるじゃないか」
目を閉じたまま、力なく笑う。
「俺は何も・・・持ってない」
「持ってる。俺がどんなにお前に助けられたか分かるか?なぁサンジ。お前がいたからあの銀細工達は生まれたんだ」
「エースの才能だろ・・・それは・・・」
「馬鹿だな、お前は。・・・あれは全部俺とお前で作った作品だろ?」
エースの笑顔が見えた気がした。
「そっか・・・2人で・・・。何か・・・スッゲェ嬉しい」
少しだけ目を開けた。
真っ白だった。
「いつかさ・・・エースが俺みたいに倒れてたら・・・」
「助けて・・・やりてぇなぁ・・・」
『お前を助けてやる人ってとこでいいか?』
●あとがき(という名の言い訳)●
4000(良いおじーさんゼフ〔0が2つでゼフ!〕)HITみなと様リクエストで、
「ジーンズにシルバーのアクセをじゃらじゃらつけたサンジさん+エース」でした。
・・・この小説のどのあたりがそうなんですか?(100人中100人の思い)
ああ、それは、えっと・・・その・・・(汗)。
リクエストを頂いた時に「悪い事をやってそうなサンジ」が浮かんで、色々考えた末にこうなったと(汗)。
書く前から長い話になるだろうと予想はしてたんですが・・・今までで1番長いものになりました(しかも無駄に)。
サンジはエースの持ってる人間性を羨ましく思ってるうちに、妬ましく思うようになったんですね。
「隣の芝生は青い」というやつ?
そういうのは誰しも思うことだと思います。
最後おかしな終わり方ですが(汗)、2人共死んでないです。サンジはちょっと死にそうです(笑)。
サンジは精神的に弱そうなので(私の勝手な印象)、一旦問題から逃げさせました。
サンジは何をして忘れたんでしょう?文章だけみると、どうとでもとれますね(笑)。
ご想像にお任せします。
みなと様、踏んで下さってありがとうございましたv
何だかリクエストとは全く違う小説になってしまって・・・すみません。
宜しかったらまた遊びに来てやって下さい。
2002年2月7日 アップ
管理人の、邪魔なだけのヒトコト。
と、いうワケで。いただいてしまいました~vきゃ~!うわ~!(←変人)
もう、自分でも呆れるほどの図々しさで。何度「何言ってんだよ自分……」とつっこみを入れた事か。しかし、月華サマの広い心に期待してリク権を請求し(しかも感心するくらいのこじつけ)、このような素敵ノヴェルを!イヤ、言ってみるものですねぇ……。
エース兄ちゃん、格好良すぎデスってば!そりゃサンジさんも拾われるわ、こんなカッコいい兄ちゃんなら。一撃でヤられました。絵になるわ~、この二人。
月華サマ、無理なワガママをきいてくださって、本当にありがとうございました。これからも呆れずに、どうぞよろしくお願いいたします。さあ月華サマの素敵なイラスト&小説サイト、『月華亭。』へGO!