『ビギナー・アンド・ダンジョン』 その1
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さて、冒険である。
再び『ピンキー』を渡り、彼らはようやく鋼鉄色の巨大な砦の探索に取りかかろうとしていた。
それが真っ当な冒険者本分であり、つまり、『開発者』として働くという事なのだ。
まだ武器を手に入れただけ、防具らしい防具も無く、更に言えば『盗賊』と『神官』しかいない(しかもその特殊技能はまるで身についていない)、初心者の中でも馬鹿にされそうなパーティであるのだが、彼らはあまりそのような事は気にしなかった。
ちょっと見て帰ってこよう、という物見遊山気分に近いかもしれない。真っ当な冒険者に知られれば、一刻ほど説教を食らっておかしくない態度である。
橋を渡り『コーラル・ゲート』をくぐればすぐに、『カーディナル・ホールド』が見える。
鋼鉄の色をした、巨大な砦。重々しい巻上げ式の扉が正面に設置されている。
窓らしきものは見当たらない。遠くの方に尖塔がいくつか立ちあがっているが、基本的にはいびつなパンケーキを大きいものから順に積んだような形状をしていた。
扉に浮き彫りにされているのは力と勇気を尊ぶカジナル。
鋭い牙を備えた獅子とも豹ともつかない頭部、背まで垂れ下がる長い鬣は本当は鮮血の色をしているはずだ。首から下は人型をしており、鍛えられた胸板を晒している。その右手には巨大な槍、左手には巨大な鉄鎖。そのどちらも、オーバーキルを目的とした『恐るべき武器(クルーエル・ウェポン)』に分類されるだろう。腰には酒瓶を下げ、足元に戦乙女を従えている。
シードは無彩色の巨大な半獣神の、その足元部分に触れてみた。
──『夕暮れの扉』
即座に表示が浮かぶ。
「……初めの扉にしちゃあ、退廃的な名前だな」
「明るく健やかな砦というのもどうかと思うが」
シビアなことを言ってくる同僚は黙殺して、シードは扉の横に設置された巻き上げ機に近寄った。
特に変わった様子は無い。通常は、大人が5、6人がかりで回すものなのだろう、取っ手が6つついている。
ぽん、と巻上げ機の、操舵輪を水平にしたようなハンドルを叩いて、シードは肩越しに振り返った。
「流石に手伝うよな?」
「お前が一人では無理だと言うのならばな」
シードは笑みを浮かべたままクルガンを手招いた。
「例え俺が一人でこれを回せても、その時はチームワークの危機が到来すると思えよ」
「…………」
溜息を一つ吐くと、クルガンは巻上げ機を挟んでシードと反対側に立った。
そこでシードは取っ手を掴み、石臼を轢くようにハンドルを回そうと──
「ええと、どっちにだ?」
「……右回りだ」
「何で?」
「足跡が残っている」
成る程、足元を見れば、草もまばらな地面の上に、力強く踏みこんだ跡がいくつもはっきりと刻まれている。
納得して、シードはハンドルに力を込めた。
流石に固い。けれど、動かせないものではない。
取っ手を押しながら、巻上げ機の回りをゆっくりと、一歩、二歩、と着実に進む。固いものの擦れる音、身体に伝わる重い手応え。
「────」
がろり、がろりと音を立てて、『夕暮れの門』がゆっくりとその口を開けていく。
深紅とは血の色。カジナルに守護されたその内部には何が待ちうけているのか──伝説の怪物か、あるいは目も眩む財宝か──
「って、何でアンタもう手ぇ離してんだよ!」
「全て開ける必要はあるまい」
「いやそりゃそうだけど、情緒がねえだろ情緒が」
さて、冒険である。
.『ビギナー・アンド・ダンジョン』 その2
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半ば開いた扉の前に立つと、中から淀んだ空気が吹き出てくるのがわかった。
停滞した空気には臭いが付き、僅かに不快を感じさせるものになる。
薄暗い通路に、開いた部分から日差しが差し込んではいるが、覗きこめばその奥は真っ暗だ。灯りが要るだろう。
シードはリュックサックを開けると、中からカンテラと燃料油を取り出した。
「二つ出せ」
「アンタも使うの?」
「二つないと、片方が消えた時に困るだろう」
「成る程」
扉の外でカンテラに火をつける。固形の燃料油は、通常一刻程で燃え尽きるらしいが、20個入りパックをシードが業界最大手のメイゲン商会のタイムバーゲンで入手したので(我ながらバイトで得た知識を活用していると思う)心配しなくても良いだろう。
カンテラにはフックが付いているが、腰に吊るせるタイプではない。中で火が燃えている為、当然熱くなるのだ。
それを左手に持つと、シードは『夕暮れの扉』を潜った。
僅かに身を屈めて、鉄の色をした床に足をつける。
淀んではいるが、息苦しいとまではいかない。何処かに通気孔があるのだろう。
カンテラを掲げると、十五歩程度先までははっきりと見えるようになった。一歩入ったそこはホールのような広い空間になっており、天井を支える巨大な柱がそこかしこに立っている。
その柱には神殿のような細工がしてあり、大層なものに見えた。
「へぇ……」
『カーディナル・ホールド』の基本的な材質は、鉄の色をしているが金属ではないらしい。
どちらかといえば石に近い手触りで、ざらざらとしている。外見的には機械的に思える建造物だが、原始的な力強さも併せ持っている。
そこまで思った瞬間、背後で轟音がした。
びりびりと床が震える。
「っ!?」
『夕暮れの扉』が落ちたのだ。
咄嗟にシードは駆け寄ったが、クルガンは平然としていた。むしろ興味深そうに辺りや足元を観察している。
「入ると閉まるようになっているのだろうな」
「閉じ込められた?」
「いや、そこの壁を見ろ」
「?」
『夕暮れの扉』の隣の壁に、白い塗料で何やら殴り書きがしてある。『出口』。
矢印の先には、取っ手があった。まるで──そう、家庭用の扉についているような。
「?」
シードはそれを持ち、押して見た。動かない。
今度は手前に引いてみる。
「!」
軽い手応えと共に、切り取られたように壁が四角く、内側に向かって開いた。
「──ドア?」
当然ながら、その先にはついさっき二人が歩いてきた白茶けた煉瓦の道と、両脇に広がる草原、やや遠くに『コーラル・ゲート』が見えている。
「成る程、次回からは扉を開ける手間も省ける訳か」
「──いや、いんだけどさ……便利なんだけどさ」
やっぱり情緒がないなぁ、とシードは思いながら、一度外に出てみた。
扉は、閉めてしまえば壁とぴったり同化してみえる。押せば簡単に開くが──すぐ横にこんなに立派な扉があるのに(そして巻上げ機も見えているのに)、わざわざこんな何の変哲も無い壁を調べる者はいないだろう。
「よく見りゃ、ちょっと手垢がついてるけどな……元から黒っぽいから、こりゃ知らなきゃ気付かねーな」
もしかしたらこう言ったショートカットが出来る仕掛けがまだあるかも知れない、とシードは思った。
便利な情報を入手したなら、ギルドに売れば金になる。
逆に、金を払ってそう言った情報を入手することも可能なのだろうが、今の所は関係のない話だ。
扉の中にいた時間は短いはずなのに、やけに太陽がまぶしく思える。
シードは一度深呼吸をすると、再び砦の内部に戻った。
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『ビギナー・アンド・ダンジョン』 その3
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冒険のセオリーなど何もわかっていない無頓着さで、シードとクルガンは暗い広間を真っ直ぐに突っ切っていた。
死角に何かあるかも、とか、壁に沿って歩いた方が迷わなくて済むのでは、とか、そういったことは全く考えていない。
しかし、初心者用の、それも一番初めのフロアなど、隅から隅まで調べられているのが普通だろう。そう考えればこの態度もあながち間違いではないのかも知れなかった。
足元と前方を照らしながら進む。
床は固い。それでもあまり足音が立たないような素材なのだが、空間が広いせいか、軽い音でも妙に反響する。
けれどシードの立てる足音の他に、薄暗い闇に響くものはなかった。
「あれは……」
おそらく広間の中心であろう空間に、何か巨大なものがある。
シードがカンテラを翳した。
それは、高さは丁度人の背の倍程、長さはその五、六倍程の横長の像だった。
見覚えのある禿頭の巨人である。ただし、あの時とは違ってただの像であるようだ。
目を閉じ、左腕を枕にし、すやすやと眠るアルファータ創造神。
像は砦と同じ材質で出来ており、鉄色をしていた。大きさが違うだけで、体勢は裏神殿のストーン・ゴーレムと全く同じ。
その前には、大体人と同じ大きさの像が七つ、並んでいた。
「これって、金じゃねーよな?」
シードが前に立ったのは、一番左の端に立っていた青年像である。
複雑に、けれどきちりとひとつに編み込んだ髪を背にたらし、左手に天秤を携えている。その表情は厳しく、前を睨むように見据えていた──太陽神ロメガの姿だ。
「違うだろうな」
そう言いながら、クルガンは右隣の像を見遣った。そこには、二つの首をもった異形の女が立っていた。
色は闇を溶かしこんだような漆黒。片方の首は目を閉じ、片方の首は微笑を浮かべている──月の双子姉妹神エス=レス。
その隣に、半獣神カジナルの赤い巨体が見えている。
つまり、ここに並べられているのは創造神と七大神の像だ。
「……?」
ふと、クルガンは、ロメガ像の足元に屈み込んだ。
カンテラを床に近づけると、引き摺った跡が見て取れる。シードもやってきてしゃがみ込み、しげしげと眺めた。
「……この像、固定されてないって事か?」
「動かせるようだな」
現にシードが像の台座の部分を足で押してみると、摩擦は酷いが僅かに動いた。
その下の床は、僅かに色が白っぽく変わっている。
「うーん……これで並び替えーってのありそうだけど……」
と言いながら、シードがひょこひょこと歩いていく。七つの像を確かめているのだろう。
カジナルの隣は仮面を着けた女、足が木の根に変じている女、杖を持つ老人に、髪を振り乱した青年と言った順に並んでいる。
「でも……コレって多分、もう並び順あってるよな?」
「そうだな」
一巡り七日、金、黒、赤、白、黄、緑、青。基本的にこの順番で世界は巡っている。
七大神には正確には序列はないが、創造神から生まれ落ちた並びらしい。
「つまんねーの」
「重い像を動かさずに済んだと思え」
そう言いながら、クルガンはロメガとエス=レスの間を通りぬけた。
創造神の顔の前に立つ。見上げたその両眼は閉じられ──閉じら、れ?
「────」
クルガンは目を瞬かせた。
像の瞼が僅かに開いた気がする。その奥は瞳ではなく、何か暗がりがあったような。
その筈なのだが──ひたり、と像の表面に片手を当てても、勿論それは固く、裏神殿のストーン・ゴーレムのように動き出す気配は無かった。
「…………」
疑い深く、クルガンは像を蹴りつけてみた。確実に不敬であるが、クルガンの知ったことではない。
もしもこれが石の魔人であれば、むやみに探るのは危険である。蹴っただけではわからない──クルガンは木刀を腰から外すと、かなり強めに殴りつけた。硬い音。
それでも変化は無い。
「アンタ何やってんの……?神様撲滅運動?」
「違う」
クルガンは像の胸の部分の服のひだに足を掛けた。
顔を目指し登り始める。滑らない材質のため、肉体的な苦労は全く無い。精神的にも、たかが像の顔を足蹴にするなど、クルガンが気にすることではない。
横になった唇、小鼻、と階段のように登り、クルガンは像の瞼を見下ろした。
細かく細工されたまつげを握り、瞼を開けるように上に押し上げてみる。ごりごり、と何かが削れるような音。
「壊すなよ?」
シードにだけは言われたくない。
そう思ったクルガンの手元で、ばきん、と音がした。
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『ビギナー・アンド・ダンジョン』 その4
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ぎいがごごごごごごおおおおおんんん
軋んだ蝶番が立てる音。それを万倍にした音。
耳に痛い轟音が巨大な広間の中に反響した。
「っ……!」
シードは咄嗟に後ろに飛び退いた。
創造神の巨大な像が、ゆっくりと動いている。というよりは、傾いている?
クルガンが像の鼻の上から飛び降りるのが見えた。たかだか身長の二倍程度だ、怪我を心配する気すら馬鹿馬鹿しくて起きない。
動く神像に神経を集中し、シードは用心して身構えた。
だが、ごごんごん、と、最後の反響が何事もなく消える。その前に、神像の動きは止まっている。
「何したんだよ、クルガン」
「わからん。像の瞼が起動装置になっていたようだが」
着地したクルガンが、神像を振り返って仰ぎ見る。
アルファータ創造神は水平の状態から斜め三十度程にまで傾いていた。
左腕を突いて寝転んだ体勢のまま、台座ごと少々浮き上がり、頭の位置が更に高くなっている。
細長い長方形の板上に寝そべったまま、その板の片端が持ち上がっていると言えば良いか。
あるいは、床に取りつけられたどんでん返しが少し開いた状態にも見える。
ここは隅から隅まで調査されている筈のフロアだが──まあ、神像によじ登り、あまつさえ眠っているその目を抉じ開けるような罰当たりはあまりいなかったのだろう、とシードは結論付けた。
それならば、未踏の部分を探れるかもしれない。
未踏という事は、つまりその分色々なものがあるという事である。高価なアイテムがあれば売れる。売れればまた金のことを気にせずに食事が出来る。
本来の目的を忘れかけながら、シードはうきうきとしていた。
台座がずれ動いた為に出来た隙間に近寄り、覗いてみる。
空間があるようだが、歯車と芯張り棒の群れしか伺えない。
「入っても大丈夫かな?」
「下りた途端に閉じなければな。罠である可能性も否定出来ん」
「……じゃあなんか楔代わりに挟んどくか」
もしこの巨大な神像が再び元の位置に戻れば、下から押し上げるのは不可能だろう。
そして勿論、楔と言っても大抵のものは粉々に押し潰されてしまう。
となると、この場で使えるものは一つしかない。
いや、七つか。
「まあ結構頑丈そうだしな」
取り合えず一番大きなカジナル像にシードは目をつけた。
これを横倒しにして、床と台座の間に押しこめばいい。
そんな用途を考慮して設置されているものではない事は明白だったが、シードは気にしなかった。
確かに神像の細工は見事だ。けれど命には代えられない。傷がつく危険くらいは見逃して欲しい。
シードはカジナルの前に立つと、その赤い表面を無造作に押した。
流石に重いが、動かせない程ではない。重心を落とし、気合を入れて滑らせる。
一歩、二歩と、ゆっくりと進む。
シードがカジナル像を、元々あった場所から完全に退かした時、それは起こった。
ぎがぎぎごおおおおん
再びの轟音。
先程より滑らかな動きで、アルファータ創造神がまた動いている。
「…………」
今度は、足先を上にし、頭が床の下に隠れるような急角度に傾いた。
どうやら、腰のあたりを支点として左右に動くようになっているらしい。シードはギッタン板を連想した。
ちなみにギッタン板とは、子供の遊具で、丸太の上に細長い板を交差させ、板の両端に腰掛けて遊ぶものである。片方が沈めば片方が跳ねあがる。
「……ふうん?」
シードはカジナル像の背中に回ると、反対に押し、元の位置まで戻してみた。
ぎぎががごん
創造神の頭が浮きあがり、足先が沈む。
つまり、先程の姿勢に戻った。
「何だコレ。連動してるな」
「……少し調べて見るか」
「あ、じゃあ今度は逆の瞼開けてみたらどうだ?」
シードは興味を惹かれ、軽い足取りでアルファータ創造神の顔の真下に駆け寄った。
左の目なら、登らずとも飛び跳ねれば剣の鞘で突ける位置にある。
「壊すなよ」
「壊さねぇって」
ばきん。
「……あ」
先程と同じような、けれど決定的に違う音がして、シードが突き上げた剣の鞘が創造神の睫を折った。
細長い破片が降り、床とぶつかって、がつんかつんと盛大に鳴る。
その後には、しんとした静寂。
「……ま、まあ、こっち側には仕掛けはなかったって事だよな」
シードは睫の残骸を床の穴に蹴りこんで誤魔化した。
クルガンも特に突っ込まなかった。おそらく、面倒臭いのだろう。
.『ビギナー・アンド・ダンジョン』 その5
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「……ん?」
シードは、第四番目に並ぶラッラ・フェの像に手を掛け、気付いた。
押しても引いてもびくともしない。隣のカジナル像の、およそ半分以下の体積しかないように見えるのだが。
「んー……?」
「どうした」
「や、これ動かねぇんだけど」
白い石で出来た、仮面を被った女の像。
愛と結婚を祝福するラッラ・フェが素顔を隠しているのは、一体何の皮肉なのだろう。それとも、警告か。
「────」
この像は傾いた創造神の支点の一番近くに位置している。七つの像の丁度中心でもある。
不審に思い、シードは白い女の周りをぐるぐると回った。
クルガンが片膝を突き、カンテラを床に置いて像と床のつなぎ目を調べている。
「これを見ろ」
「ん?何かあったか?」
しゃがみ込み、ラッラ・フェの足元を注視した。
女の白い服の裾に隠れる部分、床の上に、文字が刻まれている。彩色されていないので非常にわかりにくい。
『with justice』
短い一言。
この世界の言語は、シードには理解出来ない、それが正確な表現なのだろうが、なぜか意味内容は掴める。
シードは、この句にあまり感慨を持たなかった。けれどクルガンはそうではなかったらしく、思案する表情になる。
「妙だ」
「何で?いかにも宗教が言いそうな事じゃねーか」
「確かにな。だが、何故この言葉をラッラ・フェの前に刻む?法と正義を司るロメガ像があると言うのに」
「……真ん中だからじゃねーの?」
クルガンは立ち上がると、第五番目のナジェリイア像の足元も調べた。
「何か書いてあるか?」
「否。やはり、こちらだけのようだな」
クルガンは短く呟くと、再びラッラ・フェの元に戻ってきた。
「『正当に』──か。これはおそらく、像の位置の指示だろう。既に並び順は正しいから、新たな意味はない……この像だけ動かない事は気にかかるが」
「へ?」
シードは素っ頓狂な声を上げた。
「『正当に』?『公平に』、じゃねーの?」
「何?」
「イヤ、この字だろ?」
シードは床に刻まれた文句をこつこつと叩いた。
シードには、この文字の意味は『公平に』と受け取れるのだが、クルガンには違うのだろうか。
「公平に、か……成る程」
何を納得したのか、クルガンはナジェリイアの元に再び戻った。
そして、像を押す。足が木の根に変じている女が、ゆっくりと位置を譲った。同時、やはり創造神の像が動き出し、傾きが更に大きくなる。
「…………」
クルガンはナジェリイア像を元の位置に戻すと、サレ、オロメガ、ロメガ、エス=レスと、同じことを繰り返した。
その度、創造神は左右に傾きを変える。
シードは取りあえず、興味深そうに遊んでいる(シードの目にはそう映る)クルガンを眺めて時間を潰した。
一通り検証は終わったのか、クルガンがラッラ・フェの前に戻ってくる。
「わかったのか?」
「ああ」
けれど、クルガンはそのまま動かない。
飽きたのだな、とシードは判断し、立ち上がった。
「……何、どれ動かすの」
「カジナルとナジェリイア、あるいは、エス=レスとサレを入れ替えれば良い筈だ。それで天秤がつり合う」
勿論シードは軽い方から試した。
子供ほどの背丈の老人の髭を掴むと、ずるずると引き摺って動かす。黒いエス=レス像を押しのけ、ロメガの隣に据えた。
今度はそのエス=レスの腕を取り、サレの立っていた位置に押し込む。
像が並び順を変え、かちりと位置に収まった。
同時、創造神はまた動き出し──今度は、ぴたりと水平にその身を横たえる。床の穴は全く見えなくなり、つまり動き出す前と全く同じ状態だ。
「で──?」
シードが喋り出す前に、先程はどうやっても動かなかったラッラ・フェ像に異変が起こった。
ごりごりと擦れる音と共に、後ろにずれる。
像があった部分には、床に四角く穴が開いていた。
シードが覗き込めば、そこには一抱え程の青銅の箱が鎮座していた──冒険者用語で言うなら、紛うことなき『宝箱』だ。
「やった!」
シードは目をきらきらとさせて、穴に飛びついた。
いくつになってもこういったものは魅力的だ。男の子の夢、浪漫の塊。
「っ」
引っ張り出そうと力をこめたが、箱は動かなかった。どうやらこの場に固定されている。
そこでシードは箱の蓋に手を掛けた。わくわくと期待に胸を膨らませつつ、そっと開く。
がちん。
「…………」
「…………」
勿論、彼らは、冒険の基本である所の「鍵開けスキル」など有していなかった。
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『ビギナー・アンド・ダンジョン』:未クリア!
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