『装備を整えよう!』 その1

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「味のちゃんとついた料理って、良いよな……」

皿を前にし、スプーンを持って感動するシードの目の前に座っている男は、はなはだ情けないそんな台詞は黙殺する事にしたようだった。
あるいは、流石にシードを労わっているつもりなのかも知れない。
何しろ今日は──きちんとした飲食店で何を頼んでも良いのだ!

己の思考回路が将軍にはあるまじき設定になっている事にも気付かず、シードは追加注文の算段を既に頭の中で開始していた。
初めに頼んだ『ニブラの香草焼き』と『スープカレー』と『シードケーキ(ナッツ類を混ぜて焼いたパウンドケーキ)』はなかなかだ。材料はどれもシードの知るものではなかったが、特に問題はない。味付けも、シードの馴染んだハイランドのものよりはやや濃く、スパイシーだが、許容範囲内である。

クルガンは料理の味よりも、シードの頼んだメニューの食べ合わせの方が気に障るらしくみえる。だが、シードにしてみれば余計なお世話だった。
食べたいものを食べたいだけ頼めば良いのだ。カレーとケーキを一緒に食べても問題はない。むしろ、注文する料理のイメージだけで味など気にしていない(とシードは予想している)クルガンの方が、余程態度が悪い。
女子供の食べるような甘いデザートを沢山頼んで、食べ切れない振りをして押し付けてやろうかと、シードはからかい半分親切半分で思ったが、同僚の行動パターンが読めたのですぐに却下した。絶対に置き去りにされる。
大体、ウサギのリュックサックを携えた男と同席している時点で、クルガンとしては非常に譲歩しているのだ。そう思った時点で、つい昨日自分だけがどれ程苦労したかをすこんと忘れてしまうのがシードの幸せな性質ではあるのかも知れない。得かどうかは別にして。

クルガンの前に置いてあるものはと言えば、何も考えずに注文したのだろう、ただのランチセットである。
サラダ、スープ、パンにドリンク。メインには、シードはもう名前を忘れたが、何とかいう魚のムニエルだ。5G。
シードが取り合えず頼んだ食事の総額にしても、20Gはいかない。酒を飲んでも良いだろう。

何しろ──現在、自分達の所持金は7579Gなのだから!

端数まで覚えている所が既に貧乏根性にどっぷりと浸かっている証なのだが、シードはリッチな気分でメニューを開いた。
勿論、頼んだものは今までの思考の間に全て平らげている。同僚の視線の温度など、今更気になるものではない。

昼時の飲食店のウエイトレスは忙しい。
シードはタイミングを見計らって片手を挙げた。可愛らしい笑顔を浮かべ、エプロンをした少女が飛んでくる。

「えーと……温野菜のサラダとグーラビットの煮込み、後はアルパラソテーとスープカレー」

クルガンの方に目で問いかけると、彼は首を振った。
ウェイトレスが去った後、僅かに眉を寄せてクルガンが口を開く。

「……何故また同じものを頼むんだ」
「イヤ美味かったから。アンタも食べる?」
「結構」

クルガンは溜息を吐いた。
シードはその様を見て、何となく浮くんだよなぁ、などと考えていた。

己の姿はこの、一般的な食堂に完璧に溶け込んでいる自信がある。冒険者にも見えないだろう、街人Aだ。
しかしクルガンに何となく『貴族のお忍び』感が抜けないのはどう言った事なのだ?シードは分析した。

服装はごく一般的である。厚めの長袖服と皮手袋は、昨日ハイキングに行く直前に調達した安いものだし、その下はもう、この世界に来る際に着ていたクルガンの部屋着だ。
ハイランドでは平民には珍しい銀の髪だが、この世界にはもっと奇抜な髪色が横行している。何せ、緑やピンクの毛髪も珍しくはない。
浮く要素は無い筈なのだ。

おそらく──とシードは考えた。

一般市民を装うのなら、食堂に入る際にはもう少し背筋を歪めなければならないし、注文の際に愛想笑いをする事も必要だし、そんなに優雅にカップに指を添えてもいけない。ウェイトレスの視線に気付いているのなら、きちんと答えるべきでもある。冷めた灰色の眼差しにはもう少し気後れの色を載せないと、命令する側の人間である事すら隠せない。

──自分がやったらどうだろう、とシードは更に考えた。例えば上品に振舞って見れば?
軍服を着たときのようにぴしりと背筋を伸ばし規則正しい大股で歩き、音を立てずに丁寧に椅子を引き、口をあまり大きく開けずに喋る。止めに、ナプキンを丁寧に畳む。食べ終わっても肘をテーブルに突くなど言語道断。

どうなのか、とその光景を想像し評価を下す前に、非常に面倒臭くなって来たのでシードは首を軽く振ってその思考を止めた。街人Aで何が悪い。





.『装備を整えよう!』 その2

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青林檎に似た味の果実酒まで食後に嗜んだ後、シードは満足して食堂を後にした。
心なしか、担ぐ際に持ち上げたリュックサックのウサギも笑っているような気がした。シードの足取りは軽い。

何しろ──何しろ、これからやっと剣を買いにいくのだからして!

剣を買うには、武器屋か鍛冶屋に行く必要がある。
鍛冶屋の方がおそらく安く購入出来るが、数を見る為には数多く店を回らなければならない。
武器を専門に扱う店の方が品揃えは格段に良い筈なので、クルガンとシードが目指したのは、メインストリートと冒険者ギルドの丁度中間辺りに位置する『鉄剣通り』だった。名前の通り、主に冒険者向けに武器防具を売るような店が並んでいる。
余談だが、騎士団や軍隊に対して纏めて大層な数の武具を扱うような店は商人ギルドの近くで大商人が経営している。専属の鍛冶屋で同じ剣を量産させ、コンスタントに質と量を確保するのである。

白茶けたレンガ造りは街の何処へ行っても変わらないが、『鉄剣通り』にはやはり、多少違った雰囲気が流れている。
何せ、利用者の殆どが冒険者なのだからして。

通りのあちこちでは皆、高レベル冒険者達がパーティーを組んで『カーディナル・ホールド』攻略に乗り出したという噂ばかりしていたのだが、やはりクルガンとシードにはさらさら関係ない事だったので二人は気にも留めなかった。
そして、今更どんな奇矯な格好の人物が歩いていても特に感想は抱かない。避ける程の人通りはなかった──シードは通りから伺える商品陳列棚に落ち着いた臙脂色の皮の剣帯を見咎め、吸い寄せられるように店に入った。軽い気持ちで、奥の主人に値を聞いてみる。

これが見本とでも言うように禿げ上がった頭の主人は、よっこらせ、と掛け声を掛けて立ち上がると、シードが指差した剣帯を見た。

「ああこれは、そうだな……1500Gくらいかな」
「へ?」

予想外の金額に、シードは素っ頓狂な声を上げた。彼が予想していた値段は、精々その20分の1程度である。何せ、粗末では勿論ないが、僅かに金具がついただけの何の変哲もない皮製品だ。もしかして、初心者と侮られて(それは反論しようがないが)ぼったくられているのだろうか?

「何でそんなに高ぇんだよ」
「おいおい、兄ちゃん。物を買う時くらい良く見てから選んでくれよ」

呆れたように主人は言うと、左手で剣帯を持ち上げて、右手で親指を立てると三角形を描いた。
途端、ぶうん、と音を立てて剣帯の上に掌ほどの大きさの『ウィンドウ』が開く。シードは目を丸くした。

それには気付かず、店の主人は『ウィンドウ』を示して見せた。

「ほら、コレはエセワイバーンの皮で出来てるから、ちょっとばかり魔力を帯びてるのさ。それを利用して、金具の部分に『羽一枚』の魔法を掛けてある」
「……へ?」
「ここだよ、よく見ろ。だからコレに剣を吊るすと重さは感じなくなるんだよ。剣しか吊るせないがな」

シードは促されるまま『ウィンドウ』を覗き込んだ。
『名称:ライトバンドSW』という白く書かれた名称の下に『状態』の欄があり、主人の言うように『羽一枚』と薄青く表示してある。主人が逆三角形を描くと、ウィンドウが消える。

「へ、へえええ。うっかりしてたなぁ。そりゃそれなら高いよな」

シードは自然に見えるように微笑んで(けれど主人の『間抜けな客の相手は面倒だ』と言った視線は痛かった)、主人の手から剣帯を取り、右手の親指で三角形を描いた。
同じように、ぶうん、と『ウィンドウ』が開く。

新発見だ、とシードは慌ててその情報を伝えようとクルガンを振り向いたが、彼はシードの方は見ておらず、早速手近な商品──緑色の飾り紐──で試していた。その様を主人が特に問題なく眺めていた。




.『装備を整えよう!』 その3

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店を出、人の目を惹かないところで様々試した結果、どうやら何にでも『ウィンドウ』が開くわけではないという事がわかった。
皮手袋や上着、シードの背負った兎の荷袋にも、中身の備品にも反応はなし。基準は、店にあるかどうかという事だろうか?それとも、値段だとしたら悲しいものがあるが。

路地裏を出、クルガンとシードは再び『鉄剣通り』を歩き始めた。

『ブラッデンブルー』はどこもかしこも基本的に白茶けた煉瓦造りになっているが、色が少ないというわけではない。通りを歩く人々の服装は勿論様々であるし(これは、この通りを利用するものに冒険者が多いと言う事も影響しているが)、建物の入り口には大抵、色鮮やかな布が掲げられている。

この布の色で、その建物の基本姿勢が大体わかる。
例えば役所には金の布──これは官吏が信奉する、法と正義を支配するロメガを象徴している。同様に、宿泊施設が固まっている『月闇通り』にはエス=レスの黒、飲食店にはナジェリイアの黄、と言った具合だ。

『鉄剣通り』には、赤と緑が目立つ。冒険者に好まれるカジナルの赤と、商人に絶大な支持を得るサレの緑だ。
武器の店には、どちらかと言うと赤い旗が掲げられている事が多い。力と勝利が密接に結びついている為だろう。

当然ながら、どの店に自分に合った剣が置いてあるか、などといった知識は二人には無い。
地道にひとつひとつ建物を覗いていく事になるのだが──クルガンは、超重量のハンマーや鉄球を並べている店を横目で眺め、通り過ぎた。明らかに、ここには縁が無い。

『鉄剣通り』には剣だけではなく、他にも色々な武器が伺える。
弓や槍は勿論、ハルバードやモーニングスター、棍など、特殊なものも珍しいというほどではない。

クルガンとしては、片手剣が一振りあれば良かった。
細剣も一応扱えるが、出来るなら刺突と斬撃両用のものが良い。予備の事は今は考えていない──金がない、というのが正直な理由だ。

恐らくシードも似たような事を考えているだろう。
しかしクルガンとしては、シードには現在のところ、剣と言うよりはむしろ槍、あるいは棍棒の類を推奨したかった。というのは、彼の力に耐えられるような質の良い剣は恐らく購入出来ない為──すぐに折ってしまうだろうと予想しているからだ。

だが、そのような提案をすれば猛反発が返ってくるに違いない。
どちらにしろ、シードが振るうものなのであるから、彼の好きに任せるのが一番良いとわかっている。

という訳で、クルガンは槍の類が並んだ店も通り過ぎた。
シードは少し浮かれた足取りで、クルガンの右斜め前辺りを彷徨っている。

「…………」

ロングソードでは重過ぎる。何しろ、あの類は大抵身長の三分の二以上の長さがある為に、シードはいざ知らずクルガンが得手とするものではなかった。
担いでしか持ち運び出来ない剣など御免である。

戦闘において、クルガンが重視しているのは攻撃力よりも機動力である。傭兵隊に居たときも、将軍位についてからもそれは変わらない。

重たい剣を背負うくらいなら、むしろ果物ナイフの方が良かった。
例えば分厚い鎧の攻略をどうするかという問いを投げかけられるかも知れないが、あんなものは無視するのが一番だとクルガンは思っている。この問題を、シードなどは手甲で板金を突き破るなどと言った非常識な方法で解決したりするのだが、クルガンには不可能だ。
わざわざ鎧の部分に特攻しなくとも良い。人間の体には関節が必ずある、鋼で全身を完全に覆う事は出来ない──まあ、その隙を極限まで嫌ったフルプレートアーマーなどという代物もあるにはあるが、あれは足でも払っておけば勝手に転倒してくれる。
クルガンは、重量のある鎧はむしろ武器として身に着けるべきだと考えていた。鎧の重みが攻撃に更に破壊力を加えるし、もっと直接に──殴る蹴るでも充分、ウォーハンマーの一撃と同視出来る。だが、扱えなければただの足枷だ。

という訳で、実はクルガンは鎧の類も嫌いだった。
動きは制限されるわ重いわ煩いわ鉄臭いわ着用は面倒だわ、義務がなくなってからは二度と着ていない。鎧を着たままでも充分日常生活を送れるシードには、あれは服と変わりないらしいが。

危険と注意された過去もあるが、クルガンにしてみれば着ている方が余程危険である。矢や刃など、避ければ良いだけだ。馬だって、載せるものは軽い方が良いに決まっている。




.『装備を整えよう!』 その4

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からん、と扉に備え付けられたベルが涼やかな音を立てる。
奥に居る店の主人に軽く挨拶し、シードは刀剣のコーナーに歩み寄った。どんなものかと、樽に無造作に差し込まれている中から一振り取り上げる。
鞘から引き抜く。

「──」

一番安い、なまくらの類だと思ったが、思いがけずその剣は魅力的だった。
柄も鞘にも余計な装飾は一切無い。滑り止めの革は暗い黄土色。刀身は腕の長さ程。細身の片刃。鈍い銀色の光。

「ふうん……」

軽く振ってみる。バランスも悪く無い。
ただ──シードにはいささか軽すぎた。刃に厚みがない。鋭さで斬る事を目的とした造りだ。
シードは刃を鞘に収めた。

「これは、アンタ向きかな」

鞘の部分を持って、シードはそれをクルガンに差し出した。クルガンは気に入るかも知れない。

クルガンが剣を受け取り、しっかりと柄を握るのを確認してから、シードは手を離した。その次の瞬間、シードの視界からクルガンの姿が消え去った。

「!?」

がたーん!
がっしゃん、がらがらごん。がちゃん。

「…………え?」

シードは、目をぱちくりと瞬かせた。まだ、剣を離したままの形だった右手を、同じように握ったり開いたりする。

見たままを信じるとするなら──剣が、クルガンに渡された途端、まるでそれが巨岩か何かであったかのように落下して地面に吸い付いた。いや、自由落下よりも速かっただろう、シードの目でも残像しか捉えられなかったのだから。
その際、剣の鞘尻が樽を引っ掛け、中身をぶちまけさせた。騒音の大半はそれだ。そして、その剣の柄を握っていたクルガンは──


引き摺られて、床に肘を激突させていた。


「────」

シードが全速で開始したのは、ハイランド国歌の逆さ読みだった。勿論、頭の中で。

全身全霊をその作業に費やす──余力を残してはいけない。他の事を考える隙など言語道断だ。危険だ。耐え切れない。
剣を支えきれずバランスを崩し、あまつさえ地に膝を突いてしまった男が、泣く子も引き攣って畏まるクルガン将軍であると言う事実は、一時脳内から追い出すべきだ。戦略としてそれが最善だ。
ここで感情に身を任せてしまえば、後で確実にシードは不幸になる。口元を歪めるだけでもアウトだ。だが、完全な無表情でも駄目だ。難し過ぎる。何だこの試練。

しかし──クルガンは、シードより更に難しい立場に立たされているに違いなかった。

シードは、クルガンがここで軽く笑いながら「ちょっとドジっちまったぜまいったなあっはっは」などと言える性格ではない事を重々承知している。むしろ彼の脳は現状把握を拒否してフリーズしている可能性がある──おそらくクルガンと言う男は、恥に対する耐性が思春期の少年より低いので。
例えば、会議で報告書を読み上げる際に舌を噛むなどと言う些細な失態を回避する為に、前夜自室で練習を繰り返していると言われてもシードは信じる。大体あの流暢過ぎる喋り方を維持するにはそれなりの努力が──

「……どうしたんだい、兄ちゃん。派手にコケたな」

首を突っ込んできた武器屋の主人に対し、シードは内心で絶叫した。
呆然としていたシードにも非はあるし、主人に悪気はないのだろうが、彼のこの仕打ちはおそらくクルガンに致命的な打撃を与えている。部隊損耗率84パーセント、奇襲挟み討ちにより全滅寸前、戦略的撤退以外の選択肢はなし。

「……」

静寂を破り、クルガンは動き出した。
剣は床に置いたまま、指を外し、膝を軽く払い、ゆっくりと立ち上がる──騎士のような、歪みのない挙動で。優美さまで加えて。

このいたたまれなさなら、もういっそ逃げてしまった方が精神的には余程楽だろうに──クルガンは己に、更なる恥の上塗りをする事は許さないらしかった。
何と言うか、取り繕っている。無かった事にしている。その根性を別の所に使うべきだと思うのだがどうか。

この思考が彼に知れれば酷い死に様を晒す羽目になると思うのだが──シードは、徒競走の途中で転んでしまった幼児が、泣くのを堪えて起き上がり、ゴールまで走ろうとしている様を眺めている気分だった。
凄い。頑張れ。負けるな。俺は感心している──アンタのその、無駄なプライドの高さに。

俯き加減の額に掛かる銀糸の隙間から、クルガンは主人を見た。灰色の瞳が、僅かに細められ、口元に微笑が載る。
そして、「天地がひっくり返っても私は動じません」という響きの声が、丁寧な言葉を形成した。

「……失礼、お騒がせしてしまいましたね」

本当に良くやる、とシードは思った。





.『装備を整えよう!』 その5

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武器屋の主人は、散らばった刀剣類から離れたところにクルガンを手招いて、こう言った。

「あんた神官さんだな?拾わなくて良いからこっちにいな」
「……」

クルガンは一瞬逡巡したようだったがすぐに抑え込むと、主人の言葉に従った。
咄嗟に疑問をぶつけてしまったのはシードだ。

「え?何でわかんの?」
「何でって……刃物を持てないんじゃ神官に決まってる」

当然のように返されて、シードは反射的にクルガンを見た。彼は僅かに眉を顰めている。
その反応に、主人は訝しげに二人を眺めた。

「まさか知らないなんて言うなよ、二人とも?」

これに関しては仕方のないところだろう。何せ、クルガンとシードはこの世界に来て未だ日が浅く、基本的な知識ですら穴だらけだ。
だからこういう事になるのだが──シードはどう対応するべきか、口ごもった。

「えーと……いや、うん、知ってる。でも忘れてたっつーか……うっかりしてたっつーか……」
「うっかり?」

何かに気付いた様子で、主人は疑問の色を濃くした。
さらりと流してしまえばよかった、とシードは後悔したが、手遅れらしい。何かに気付かせてしまったようだ。

「そういや……うっかり渡したあんたはまだ良いとして、神官がうっかり刃物を持つ訳が──」
「ええと!ソイツ滅茶苦茶天然ボケでいつも困ってんだよな!」
「こちらさんが?」

やはり疑問符を浮かべながら、主人はクルガンに視線を移した。言うまでもない事だが、クルガンはどこから眺めても「うっかりさん」という間の抜けた雰囲気ではない。
クルガンからの凍るような視線が痛かったが、シードとしては限界まで努力しているつもりだ。クルガンが反論しないのは、彼もどう言い逃れたら良いか考えている途中だからだろう。
けれど誤魔化しきる事は出来なかったらしい。主人は溜息を吐いて言った。

「何か妙だな、あんたら」

う、とシードは詰まった。何とか取り繕おうと色々な言葉が高速で頭を巡り、結果口から出てきたのは──

「……俺達、記憶喪失なんだ!」

クルガンの溜息を、シードは聞こえなかったことにした。大体、クルガンだって良い言い訳など出来なかったのだから、責められる筋合いはない。
けれど、主人の反応は意外な事にそう悪いものではなかった。一瞬驚いた顔をした後、けれど納得したように頷いたのだ。

「二人一緒に?記憶を失くしたって?……何かの呪いにでも掛かったのか」
「────」

シードはクルガンとこっそり視線を合わせた。
安易に自分達の弱点を晒すのは危険であるが、主人は悪意を持った人物ではないように見える。クルガンも軽く頷いてみせたので、シードは潔く相談することにした。

「さあ……そーかも。つい最近からの記憶が全然なくって」
「なら困ってんだろう。わからない事なら、聞いてくれれば教えてやるよ」

快活に言うと、主人はクルガンに向き直った。

「取り合えず、あんたは刃物に触るな。店がますます散らかる」
「……わかりました。手数を掛けて申し訳ない」

という訳で、シードと店の主人で散乱した刀剣類を元に戻した。幸い、主人は傷がついているかも知れないから弁償しろなどというけち臭い事は言って来ないらしい。
シードは手を動かしながら質問した。

「神官は刃物を持てないって、何でだ?」
「この世に慈愛を注ぐのに、刃は有害だろ。神官騎士なら別にして、神職は争いごとには関わっちゃいけないモンだ。鋏くらいまでなら持てるが、ナイフや包丁の類は駄目だな」

クルガンの顔を見るのは怖かったので、シードは俯いて剣を拾う作業に従事した。
主人は樽の位置を元に戻しながら話を続ける。

「……まあそれは建前で、喧嘩好きな神官だって沢山いるぜ。探索にだって駆り出されるんだ、戦えないって訳じゃない」

大方片付け終わると、主人は手袋を嵌めた手をぽんぽんと叩いて、埃を落とす仕草をした。
そして、言われた通り大人しくしていたクルガンを見遣る。

「それで兄ちゃん、あんたはどういう風に戦いたいんだ?刃物以外で、扱えそうな武器を探してやるから」





.『装備を整えよう!』 その6

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「弓とか?鏃はまあ、刃物、って訳じゃねぇだろ」
「弓だけあっても、咄嗟の時に役に立たん。近接戦闘用に、何か──」

シードが、ふと顔を上げて手を叩く。

「そういやアンタ、アレ持ってたじゃん。こう、ぎざぎざーっとした。逆側は刃物なんだっけアレも?」

指を空中にジグザグに滑らせ、シードはクルガンに尋ねた。
クルガンが使う武器には、刃がついていないものもいくつかあった。特徴的な形状のその短剣を、シードは覚えていたらしい。

「……ソードブレーカーか。あれは、防御の補助だからな」

クルガンは溜息を吐いて首を振った。余計なものを買うだけのゆとりがあるとはとてもいえない財政状況の為、もし揃えるとしても先のことになるだろう。
クルガンが所持していたソードブレーカーは、柄のついた平たい櫛のような武器である。並んだ歯の、その隙間で相手の剣を受け止め、捻り折って破壊する為のものだ。
つまり、剣を持った相手と戦うことを想定して作られた防御用の武器である。今クルガンが必要とするものではない。

「じゃ、木剣とかは?充分凶器だよ、アンタが持ってりゃ」
「お前に言われたくない」

クルガンが真っ先に考えたのは、棍、あるいは杖だった。
だが、棒術も杖術も専門に修めた事はない。見よう見まねで取り繕うのは可能だったが、どうせその特性を活かせないのなら、初めから剣に近いものを持っていた方が良い。
ただ、木剣では強度に難がある。刃を潰した剣、という選択肢もちらりと頭を掠めた。

「お待たせ」

そこで、店主が店の奥から戻って来た。
太い腕で大きな木箱を抱えている。その中には、金属の鈍い煌きや加工された木肌が見えた。

シードが興味深々と言った風情で覗き込む。その腰の辺りに、クルガンはぱたぱたと揺れる尻尾を幻視した。

「うっわー……これで殴ったら痛いだろうな」

ずるり、と、シードがまず取り出したのは、メイスだった。つまり、鉄製の棍棒である。
クルガンとしては、シードが持てば非常に厄介な武器だ──何故なら、シードはこの武器の短所である鈍重さ、あるいは一撃の後の隙というものを殆ど無くしてしまうからである。彼が振り回しているのが剣ならば、同じく剣で受け流す(受け止める、ではない)事も可能だが、そんな調整でメイスを弾く事は出来ない。確実にこちらの剣が折れる。つまり、避けるしかない。

ちなみに、シードがそれで誰か人を殴るとしたら、殆どの場合その人間は痛いとは言わない。腕や足でない限り、まず間違いなく死ぬ。

クルガンは、メイスが自分に合う武器ではない事を知っていた。
クルガンが一撃に求めるのは重さではなく速さである。重いものを持って走るくらいなら、素手の方がまだましだ。そんな重量武器でなければダメージを与えられないような敵なら、相手にせず逃げるのが賢い。あるいは、シードに任せるか。

「まあ、コレはアンタは使わないよな」

そう言いながらシードはメイスを箱の脇に置いた。
次にシードが取り出したのは、鉄扇だった。主人がにやりと笑う。

「通好みの武器だな。バトルファンだ」

主人はシードの手から扇を取り上げると、閉じた状態で軽く振った。ぶおん、と重い音を立てて空気が叩かれる。

「このまま使えば、棒の代わりになる。広げれば盾。広げた状態で振れば、ふちの部分で切り裂く事も出来る」
「ふうん、便利なモンだな」
「使いこなせりゃ凄いんだが……コイツはやっぱり、構造上普通の棒や盾や刃に比べて耐久度が低いからな」
「すぐ壊れるって事か?」
「力任せに扱えばな」

シードがクルガンを見たが、どちらにしろクルガンに興味はなかった。踊り子のような露出度の高い鎧を着けた女冒険者が振り回すのに丁度良さそうなデザインだ。
表情を見て取ったか、主人もまたその鉄扇を木箱の横に寄せた。

三度目にシードが取り出したのは、鉄鞭だった。クルガンの眉が寄せられる。
勿論、くねくねと自在に曲がる、皮鞭のようなものではない。両手を広げた長さほどの、良くしなる棒と表現するのが正しい。
だがどちらにしろクルガンは触る気も起きなかった。

「……まあ、持っちゃいけない武器ってのもあるよな」

確実に余計な事を言いながら、シードはそれも脇に置いた。





.『装備を整えよう!』 その7

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トンファー、鎖分銅、三節棍などの武器を一通り通過した後、店の主人は見抜いた。

「……つまり、重いのとか、耐久度が低いのとか、特殊な技術が要るのは嫌なんだな?練習する気もないか?」
「基本的に、剣術と短剣術を得手としていましたので。出来れば近いものが」

クルガンの返答に、ふうむと唸って主人は腕を組んだ。
神官なのに何故以前は剣を使えていたのかとは全く疑問に思っていないようである。流石に、十数個も連続で武器を紹介して、その度却下され続けては脳も磨耗するか。

「メインで使う武器ってのはどうしても攻撃力が主眼になるからなぁ……基本的に打撃武器ってのは重量があるんだよ。じゃなきゃ、それを補うようになにか細工がしてある」
「ええ」
「神官さんなんだし──ここは原点に立ち返って、無難に杖にしとくか?棒だとあんたは長過ぎて嫌がりそうだし」

却下の回数を重ねていれば、クルガンの嗜好もわかるのだろう。
主人は店の隅の杖のコーナーを指差した。

短いと言っても、優に大人が両手を広げた程の長さはある。

「もっと短い短杖ってのもある。それは半分くらいの長さだけどもな」

シードはそこに並べられた杖を眺めた。
木製、鉄製、良くわからない、と材質は様々あり、装飾も各々違うが、基本的に細長い棒である。
剣の代わりに使えなくもなさそうだが──
シードの思考を読んだように、主人は韻を踏んで言った。

「『突けば槍 払えば薙刀 持たば太刀 杖はかくにも 外れざりけり』って奴だ。突き、払い、打ち、抉り、弾き、流す。まあ斬る事は出来ないから、固い奴にはちょっと梃子摺るだろうがね」

クルガンならその辺の雑魚を打ち殺すのは容易いだろうな、とシードは物騒な想像をした。
つまり、急所を狙うなら剣でも棒でも大差ないのだから、ある程度の強度があれば足りる。

「後、良いところというと……手入れが不要だな。それに、杖は人を傷つけずに懲らしめる事が出来るな」

そんな生温い正義の味方のような特徴はこの際必要とされていなかったが、クルガンは考える様子を見せた。
けれど結局、頷かなかった。今まで違ってむげに却下はしなかったので、保留状態ではあるのだろうが。
難点はおそらく、杖の最大攻撃力にあるのだろう。つまり、ぶっ叩く、という事だが──クルガンは、相手の息の根を止めるのにこちらの全力を必要とするなど非効率的と考えるだろうから。
シードとしては、それを言っては、彼の気に入る刃のない武器はもう何もなかろうと思うのだけれど。

主人も同意見らしく、肩を落とした。
けれど、見繕うと言った手前折れる事は出来ないのだろう。据わった目で言う。

「良しわかった。兄ちゃん、あんた呪力はどれ位だ?」
「30」
「………………魔法で攻撃した方がよっぽど早いと思うんだが……まあちょっと待て」

主人は大分奥の方に引っ込むと、なにやらがちゃがちゃとやっている。
抱えて戻ってきたのは脇に抱え込める程の箱だった。厳重に封がされている。

興味深々覗き込むシードに見せびらかすようにしながら、主人は勿体を付けて錠に鍵を差し込んだ。
ゆっくりと蓋が開けられる。

「…………」

シードは眉を寄せて主人を見上げた。自信の程が全くわからない。
そこにあったのは、臙脂色の皮手袋だった。成る程、今シードがしているものより数段ランクは上に見えるが、それでも只の手袋だ。
まさか、クルガンにモンスターを殴り殺せとでも言うのだろうか?今までの一連を全く無視してはいないか?

その反応を予想していたのだろう、主人はにやりと笑った。

「格闘家用のグローブだ……これは結構、怖い武器なんだぜ?」






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『装備を整えよう!』 その8

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シードの胡乱な表情を宥めるように、店の主人は皮手袋を持ち上げて見せびらかした。
どう見ても、単なる手袋である。クルガンは沈黙している。
その反応は予想していたのだろう、主人は解説を始めた。

「格闘家に会った事はあるか?剣士や槍士に比べてかなりマイナーだがよ」
「いや、ない……と思うけど」
「まあ記憶がねえんじゃわからないか」

主人は勝手に納得すると、皮手袋を手に嵌めて見せた。

「奴らは戦士だが、武器は使わない。手数の多さと素早さで相手の懐に潜り込んで、己の肉体のみで戦う」
「ふーん」
「だが、レベルが拮抗しているなら、そりゃあ武器を持ってた方が攻撃力は高い。相手が固かったりすると、ぶん殴るだけじゃ倒せない。素早くたって攻撃が効かなきゃ戦士としちゃ致命的だ。だから格闘家は、色々な方法でそれを補う……その一つが、こういう特殊なグローブなんだ」
「つまり……それを嵌めると、パワーアップするってことか?何で?」

シードは腕を組んで首を捻った。
主人はにやりと笑うと、二人を手招いて店の裏口へ出ていった。シードはクルガンと顔を見合わせてから、その後を追う。

店の後ろは猫の額ほどの空き地になっており、隅の方に壊れかけた木箱がいくつか積んであった。地面に埋められた煉瓦の隙間から雑草が顔を出している。

「見てろよ」

主人は右手のグローブを外すと握りこぶしを作った。

「冒険者は荒くれが多いからな、俺も一応攻撃スキルをちょっとはつけたんだ。『正拳突(ストレート)』ならレベル2を持ってる」

得意げに言われても、シードとしてはその意味が良くわからない。取り合えずへらりと笑って、頷いてみる。クルガンはおそらく真顔のままだろう。
主人はその反応には構わず、木箱を一つ空き地の真中に据えると、その前に立った。

「いくぞ……」

ふう、と深呼吸をし、腰を据え、気合と共に握った右拳を打ち下ろす。

「せぇえいっ!!」

ばきんっ!

裂帛の気合と共に、木箱の表面を主人のごつごつした拳が突き破った。元々箍が緩んでいた箱は、再起不能といわんばかりに変形し、へし折れた側面の板から僅かに木屑が飛んだ。
主人は折れて尖った板の表面に腕を引掛けないように慎重に拳を引き抜きながら、二人に向き直る。

「まあ、普通に殴ったらこんなモンだ。次は違うから、良く見てろよ」

主人は外していたグローブをもう一度嵌めなおすと、壊れた木箱を片付けてもう一つ別のものを据えた。
先ほどと同じようにその前に立ち、深呼吸をする。

「────」

シードは居住まいを正して、真剣にその光景を見詰めた。
注目が集まる中、主人は大仰な動作で再び右拳を振り上げる。

「せぇいやっ!!」

ばきんっ!

「…………」
「…………」
「…………」

シードは実際、良く見ていた。いま起こった出来事は次の通りである。
裂帛の気合と共に、木箱の表面を主人のごつごつした拳が突き破った。元々箍が緩んでいた箱は、再起不能といわんばかりに変形し、へし折れた側面の板から僅かに木屑が飛んだ。

どうだ、とばかりに、主人が折れて尖った板の表面に腕を引掛けないように慎重に拳を引き抜きながら二人に向き直っても、シードとしてはどう反応すればいいのかわからない。仕方なく、おずおずと挙手する。

「ええと……何が起こったのか聞いて良いか?」
「何だよ、見てなかったのか」
「いや見てた……と思うけど」
「うーん、俺の力だと違いがわかり難いか……けど、箱を見りゃ一目瞭然だろ?」

穴の空いた木箱を主人が二つ並べてくれたので、シードはまじまじと見下ろして観察してみた。
成る程、上から見比べてみれば違いはあった。

主人が最初に殴った木箱は、折れている板は拳が当たった一枚のみ。
対して、グローブを嵌めて殴った方は、板が二枚折れている。

「……威力が上がった、って事か?」
「違う違う」

主人はグローブを両手から外すと、片方をシードに押しつけた。

「俺がコイツを使うと、『衝撃が伝わる面積が広くなる』んだ。威力が増えるんじゃなくて、範囲が拡大するんだな」
「それって結局同じ事なんじゃねえの?」
「俺の拳より小さい的に対しては意味が無いんだから、違いはあるだろ。いやいや兄ちゃん、そんな微妙な顔すんなよ。起こる現象には個人差があるんだからな」
「範囲が変わってくるのか?」
「いいや、そうじゃない」

主人は腕組みしてシードを促した。

「嵌めてみな。あんたが使ったらどうなるか楽しみだ」




.『装備を整えよう!』 その9

.





自らが壊した木箱の前でふんぞり返りながら、主人はとうとうと商品の説明を始めた。

「その手袋、素材はミストキャットンの皮を使っててな。まあミストドラゴンが一番良いんだが、それだってかなり希少だぜ?更に、染料の中にミスリル銀の粉末が混ざってる。だから呪力が乗せ易いんだ。肌に触れる内側に描いてある模様は、意志に反応して呪力の特質を抽出する為の呪いだ。確かソレはロメガの準司祭が小遣い稼ぎにやったって話でな、まあ保証はないがしっかりしてる。薬剤師組合が正規で扱ってる高級練成剤で描いてあるのは確かだし──ほら変色が全然ないだろ?ウィンドウ開いてみろよ、『耐腐』と『耐火』の魔法もかかってて──」
「ちょ、ちょっと待ってくれ全然わかんねぇから」

シードは右手に嵌めたグローブをぱたぱたと振ってみせた。
凄い品なのだと興奮しているのはわかるのだが、シードには全く伝わらない。

「──つまり、どのような性質の武器なのですか?」

ずっと黙っていたクルガンも口を挟んできた辺り、興味はあるのだろう。
主人は新しい木箱を持ってきてシードの前に据えながら答えた。

「個々人の呪力──つーかまあ、それも含めた性質?っていう方が正確なんだが、それが、攻撃意志に反応して形を変えて発現するんだ。性質は人によって違うから、そこで差が出る。まあ武器だから、大抵攻撃力を増す感じに変換されて出てくるようになってるが」
「えーと……気合を込めてぶん殴ると、何かが起こるってことか?」
「そうだ。魔法の素養が無くても呪力を役立てられるんだから、便利だろ?エネルギー生成にも使われてる機構なんだぜ」
「ふうん……」

シードは拳を握ったり開いたりしながら、肩幅に足を開いた。
元の力と混同しては困るので、腕の振りや速度は調整する必要がある。
標的を定めると、グローブの温度が僅かに上がった気がした。

足もとの木箱を見据える。
す、と一度呼吸をしてから、シードは木箱を軽めに殴りつけた。

ひゅっ

「……っ!」

ばごぉっ!
ぼふん!

木箱がばらばらに壊れ、更にその破片が黒く焦げたのをシードは確認した。
それは、振り抜いた右拳にまとわりついた炎の為だ。

ごうごうと燃え盛る光。

攻撃としてはかなり良いかもしれない。肌を焼く熱と衝撃の二段構え。
しかし大きな問題がひとつ。

炎はシードの拳の周囲に発生している。
つまり、シードも普通に熱い。

「うぁっち!」

奇声を上げながらシードは全力で手首を振った。グローブが外れ、地面に叩きつけられる。
けれども既に服の袖口が小さな火を上げていた為、シードは煉瓦の上を転げまわって消火に励んだ。

店の主人はシードには構わず、投げ出されたグローブに走りよる。

「やっぱスゲェな『耐火』の性能は!焦げ痕一つついてねぇぞ」
「腕!俺の腕の方がちょっと焦げたんだけど?!」
「兄ちゃんも、熱どころかこんなにはっきり炎が出せるなんて珍しい性質だな」
「それマイナス効果にしか思えねぇんだけど!?」

自分の店の商品の品質を確かめている主人には、シードの叫びは届かないらしい。
手首を抑えて蹲りながら違う方向を見上げれば、クルガンと目が合った。

「炎を嫌うモンスターは多い。便利なのではないか」
「敵倒す前に俺が挫けるっての……」

軽い火傷を負った右手首に息を吹きかけながら、シードは立ちあがった。焦げた板の破片を集め、隅に寄せる。

「ていうか……使えねぇ事この上ねぇぞその手袋」
「そりゃ、あんたの性質のせいだろ」

グローブを検分し終わった主人はにこにこした笑顔のまま、今度はクルガンにそれを差し出した。

「じゃあ次は実際にあんたが──」
「待て待て待て待てソイツにやらせんな絶対雷出るから!死ぬから!」

シードは素晴らしい反射神経で飛び跳ねると、主人の手からグローブを奪って距離を取った。
威嚇するように主人を睥睨する。クルガンの呆れたような視線が痛いが、それはこの際どうでも良い。

火ではないから、今度こそグローブは破損してしまうだろう。更に、クルガン自身が感電してしまえばもう笑い事では済まされない。
シードも火には少しばかり耐性を持っているが──それは紋章魔法の火に対してであって、この世界の魔法の火にではないという事が証明されたばかりだ。同様のことがクルガンにも言えるなら、彼の場合は即死でもおかしくない。

「……シード」
「駄目ったら駄目。危ないから駄目」

母親のような台詞をのたまいながら、シードは後ろ手にグローブを隠した。





.『装備を整えよう!』 その10

.




「だあああ、止めろって!」
「……少し実験するだけだ」

暴れるシードの背中を靴の裏で抑えながら、クルガンは奪ったグローブを片手に主人を見た。

「これは、威力の調整は利くのですか?」
「ああ?うん、そうだなぁ……やっぱ、気合が大きいと、効果もでかくなる感じだけどな」

クルガンはシードの背中から足を退けると、右手にグローブを嵌めた。
退いているようシードに目で合図するが、ふてくされた顔をして座りこんでいる。まあ、巻きこまれようが自分の選択ならクルガンの知ったことではないが。

「──」

攻撃意志に反応するとは抽象的過ぎる説明だが──クルガンは取り合えず右手に精神を集中して見た。変化は現れない。
そこで、シードが粉々にした木箱の破片を拾い上げ、握り締めてみる。

握り潰すまではいかなくて良い、そっと、破片を小さく削るイメージ。

「っ!」

ぱりり、と小さく空気が鳴る。右腕に痺れが走る──これではない。
クルガンは目を閉じると、もう少し繊細にイメージを形作ることにした。迂遠な力など求めていない。もっと鋭く、鋭く、刃の切っ先よりも鋭く、純粋なものはないのか。
クルガンは、手の中の破片をさくりと斬り割ることを望んだ。溶けたバターに沈むナイフよりも滑らかな感触を。その切り口を。

他のものは要らない。

「……、」

ばちん、と思ったよりも大きな衝撃が来て、クルガンは僅かに眉を顰めた。おそらく、失敗したのだろう。
何が起こったのか定かではないが、拳を開くと粉々に砕け散った破片がぱらぱらと零れた。粉になっている部分もある。それを見てシードが顔を引き攣らせているのがわかった。

「……成る程」

大体のことは掴めた。
グローブから木屑を振り落とすとクルガンはシードを見たが、何を察知したのかシードはぶんぶんと首を振って距離を取った。実験台になるのは嫌らしい。
仕方ない。クルガンは空き地の隅に十数個程積まれた木箱に歩み寄ると、右の手の平でひたりと触れた。
そして今度は、あまり加減せずに鋭利な破壊の意志を乗せる。

「──」

びきり、と、鼓膜に不快な音。
クルガンが手を当てた場所から放射状に計十二本、真っ直ぐに亀裂が入った。縦は地面まで、横は木箱が無くなるまで続く直線。
一瞬後、状態を維持できなくなった木箱の山が崩れ落ちる。その前に、クルガンは一歩退いている。

ずざごろがらんごろんがん、と、そういった音の後、木箱の山は薪の山に変化していた。拾い上げた板の切り口は、ささくれすらない滑らかさ。まあ、満足のいく効果と言って良い。

「ちょ、なんかこっち、横の煉瓦壁まで斬れてんですけど……?」
「……誤差だな」
「やっぱ危ないじゃん……」

都合の悪い台詞は黙殺する。
クルガンは両方のグローブを揃えると、主人に丁寧に手渡した。

「ありがとうございました」





.『装備を整えよう!』 その11

.





「「え?」」

主人とシードが同時に声を上げる。

「アンタ、それ武器にすんじゃねーの?」
「────」

溜息をついて、クルガンは言葉を足すことにした。これは、店の主人が重々しく箱を持ち出した時点で懸念していたことなのだが──

「それは、お幾らですか?」

あ、と、ようやく気付いたのかシードが肩を落とす。
同じく気付いたのか、主人が乾いた笑顔になった。高級素材のオンパレード、特殊な製法、希少な薬剤、それらをふんだんに取り入れて作る武器。

「ええと……そうだなあ……どんだけ割り引いても、70」
「ななじゅう?」
「万Gくらいか、な……?」

700000G。おそらくメインストリートに家が1軒建てられる。二人の現在の総所持金の約100倍でもある。
主人は乾いた笑顔のままグローブを翳して見せた。

「いやさ!だってミストキャットンにロメガの準司祭が──」
「わかった、わかったから。でも俺らにゃ手ぇでないから」

諦めた顔でシードがぱたぱたと手を振った。所詮、レベル1初心者が初めから高レベルの武器を装備しようと思うことが間違いなのだろう。

結局、クルガンは中に鉄心を仕込んだ木刀を武器として選んだ。情けないとは思わなくもないが、無いもの強請りをしても仕方がない。
刃が無くとも強度はあるし、剣として扱える。斬れはしないが大概のものは受けとめられるし、骨くらいは軽く折れる。
何かの樹液を使って黒く磨き上げられた木刀は無駄な装飾を一切排除しており、その点はクルガンの気に入った。剣帯に吊るせば、動きの邪魔にもあまりならない。魔法の類は掛かっていないが木刀としてはそれなりに高額で、1850G。

シードが購入したのはオーソドックスな厚手の両刃剣だった。無銘かつ実用一点張りの無粋な外見をしているが、粗悪品ではない。勿論、ルルノイエにある筈のシードの剣とは比べようもないが、玩具とけなす程でもない。
鞘と剣帯含め、5270G。

クルガンの木刀と合わせて6800Gにまけさせはしたが──値切り交渉はあまり上手くは無い──二人は当然、また貧乏になった。
まあ、ようやく武器を手に入れたシードはそんな事は気にも留めていないし、クルガンも、またシードを働かせればいい、と非道なことを考えていたので、特に問題はなかった。

今の所、ではあるが。




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『装備を整えよう!』クリア!