百万回目の告白。







百万回目の告白。





からん、とベルが鳴って。

サンジはドアを片手で開いたまま、しばし戸口で立ち止まった。
まだ日も明けぬ、薄暗い通り。

サンジは店に鍵をかけると、いつものように長いストライドで歩き出した。
一歩二歩、三歩、四歩…………二十九歩、百五十七歩。千九十七歩。
通りを抜け、市場を横切り、サンジはすたすたと歩いていく。

両手をポケットに突っ込んで、タバコの先を軽く噛みながら。



海が見たいと思った。



港に立ったサンジは、数秒後にまた歩き出した。
ゾロが集団リンチを受けた痕跡は、まだ生々しく残っていたけれど、そんなものはサンジの目には映らなかった。

ここは、違う。


───海が見たい。



二千八百七十三歩。五千二百六十六歩。



サンジはぼんやりと前方を眺めながら、歩き続けた。
小さい島だ、開発もされていない。見飽きた風景ばかりで、サンジは何にも目を留めなかった。

綺麗じゃなくてもいい。
海が見たい。
何故港から見えるあれではいけなかったのかは、サンジ自身にもわからない。

もうすぐ、夜が明ける。

「─── I want to sing a beautiful song.」

建物がまばらになる。
地面が傾斜し始める。

九千三百十一歩。九千四百十歩。

サンジは呟くように歌い始めた。
低く、擦れた声で、しかし途切れないように。

I want to sing a beautiful song.

噛んで潰れた煙草の先から、僅かに苦味が走る。
一万千五歩。一万千七十七歩。

I did not want to know your name.
Please do not take this sea.

いつの間にか、灯台へ続く道をサンジは歩いていた。
島にひとつだけある、島を全て見渡せる高台にある、その灯台。
一万二千九百二歩。一万六千三百歩。

If you have the heart, I wish only one.
Don't look at me before death.

木の枝が視界を覆う。
暗い足元を、サンジは見ずに歩いた。
見たいもの以外は、見たくなんてない。

歩き続けた。

I dream of golden light.
I will be happy in the world without you.
I am dreaming of that, only.

二万三千歩。二万三千………一歩。

いつの間にか、灯台を背にしていた。
崖の淵に立って、サンジは世界を見た。


光がサンジの目を射る。


綺麗な朝焼けだった。
こんなに綺麗な朝焼けは、まだ人生で一回しか見たことがなかった。

全く唐突に、ディフェンの言葉が浮かんで。
何故今なのか、それすらはっきりしない。胸に届くのは、いつも遅すぎる。

『なんでアンタの所に来たんだよ、わかってんだろ理由なんか!』


わからないよ。


煙草が落ちた。
歌声が途切れた。

「嫌いだ、嫌いなんだよもう見たくもねぇ位に」

そう言ってから、あはは、とサンジは笑った。
とても、清々しい笑いだった。

「もう、いいんだろ」

そう、もうサンジを苛立たせるものはない。

この海のどこにも。
この世界のどこにも。

「アイツはいねぇから」



どこにも、いないから。



とても清々しく、サンジは笑った。
実際、悲しくなんてないのだ。日差しがとても眩しい。


その背中に手を伸ばすのは簡単で、手を触れるのも難しくはなかっただろう。
友情じゃない。
勿論愛情なんかじゃない。

特別な執着なんて持てない関係だった。
何の躊躇いもなく切り捨てることが出来た。ちっぽけな同情すら何処にも見当たらない。

只、目障りで。只、気に入らず。
キライだ。キライだ。キライなんだ。
それしか言えなかった。言うことはなかった。



サンジもゾロも、他には何も言わなかった。



「もう」


どんなに強いように見えても、たった一言で砕け散る。そんなものだって、ある。

だからなにも。
いえなかった。


「いいんだ」


堪えきれずに、サンジは笑った。

酷く馬鹿馬鹿しい。
サンジは笑った。


「もう、ホントの事言ったって」


清々しく、サンジは笑った。


「誰も怒りゃしねぇ………!」




それは、慟哭だった。















表現しようのない、言葉にしないそれを。
言葉に出来ないそれを。


形にしたら、終わりだった。


只、望んだ在り方を。



望んで。
望んで。

自分らしい自分を、求めた。揺らがぬ信念を。



『まさかこの俺があの男のために何かなんてしてやれる筈もない』



馬鹿みたいだと思った。
馬鹿みたいに、馬鹿みたいに、馬鹿みたいに、くだらない信念。

それでも、譲れなかった。
どうしても。どうしても。

………言えない言葉があった。














I want to sing a beautiful song.

I did not want to know your name.
Please do not take this sea.

If you have the heart, I wish only one.
Don't look at me before death.

I dream of golden light.
I will be happy in the world without you.

I am dreaming of that, only.














そして、サンジは崖の下を見降ろした。

「……………………!!」

はっ、と息を呑むと、サンジは力一杯地面を蹴って、宙に飛び出した。
そして金色の光の中へ。


おちていった。