百万回目の告白。
百万回目の告白。
「なんで助けてあげないんだ!!」
ああ、その問いを受けるのは初めてじゃないな。
サンジはそう思った。
思ったとおりに返す。
「………なんで俺がアイツを助けなきゃならねぇんだ?」
何度聞いても同じ、答え。
ディフェンは悲鳴のように声を上げた。
何故かなんて。
そんなこと訊かなくたって、わかっているだろう。
それは、当たり前のことで。
今更確認するはずもないこと。
「だってお前は強いじゃんか!!」
あのロロノア・ゾロと肩を並べて戦ったことがあって。
料理の腕とセンスは超一流。女性には優しくて、動きはスマートで。
どんな奴だろうと腹を空かせていれば食わせてやって。
大抵の敵は瞬殺できる、力があって。
平凡な人間が焦がれるほど望むものを、溢れるほどに持ち合わせている。
だから───
「ああ、強いかも。お前よりゃきっとな」
乾ききった言葉が、空気に溶ける。
サンジはいつもの流れるような動作で、内ポケットから煙草を取り出した。
咥えて、目を伏せる。
それで?
だから俺はなんでも自由に出来るなんて勘違いしてやしないか。
かちり、とサンジは煙草に火を点けた。
長い前髪が、その表情を隠す。
俺が。
「俺がアイツを助けたくないんだと思うか」
「死ねば良いと思ってると、思うか」
ふ、と煙を吐き出してサンジは笑う。
「ああ、実は、その通りなんだ」
絶対ェ、認めらんねぇんだ。
クソクダラネェ意地だと思うかい?
なんてつまらないことにこだわってるんだと。
まったく正しい意見だよ。
でもまさかこの俺があの男のために何かなんてしてやれる筈もない。
「失ってから………」
ディフェンの声が大きく聞こえる。
確かに鼓膜は震える、けれど胸には共鳴しない音。
「…………失ってから気付いたんじゃ遅いんだぞ!!」
俺は何にも気付きやしないよ。
ディフェンの手から荷物を奪うと、サンジは三度歩き始めた。
罵声だけが追ってくる。
「馬鹿野郎ッ!」
誰にも手出しなんかさせない。
この気持ちが誰にわかる、俺にだってわからねぇのに。
どうして、こうなんだろうな。
どうかわかりやすく教えてくれ。
ちゃんと答えてくれたなら、俺は多分死ぬほど感謝するかもしれない。
あの男が死んで。そしたら俺は。
無様に泣いても、いいだろうか。
駆け出して、遠ざかっていくディフェンの足音を、サンジはぼんやりと聞いていた。
ああ、時間を食ってしまった。早く開店の準備をしなくてはいけない。
「………………まさか、この俺が」
揺らがないものは。
ここに、有る筈で。
+++ +++ +++
朦朧とした意識の中で、海軍だ、というだれかの叫び声を聞いた。
潮が引くように、周りの気配が遠ざかる。
そのまま墜落するような浮遊感。
それを食い止めたのは、体を揺すぶられることで起こる激痛だった。
「大丈夫か!?おい、大丈夫かよ!?」
そんな言葉が聞こえた。
何故だか可笑しかった。
このざまで本当に大丈夫な奴がいたら、そいつは化け物か怪物かモンキー・D・ルフィだ。
「おい………死ぬなよ」
片耳の鼓膜は破れており、それでなくとも両方に血が詰まっているし、何より脳みその方にそんな余裕がないので、その声は明瞭に聞き取れなかった。
怯えていて、興奮していて、戸惑っていて。そんな感情だけがどうにか理解できる。
「どうすりゃいいんだ………目、覚ませよ。手当て…………なあおい」
ゾロは、破れかけた瞼を震わせ、無理矢理押し上げた。
定まらない視界。
全てがぼやけて見える。
上から降ってくる太陽光線が、網膜を焼いた。
その痛みは強烈で、ゾロは思わず呻く
「………金髪は嫌いだ」
「え?」
うまく動かない舌を操って、ゾロはそう言った。
自分を抱え起こしている人物の金の髪に日光が反射して、余計に、まぶしい。
喉の奥に篭った言葉は聞き取れなかったらしく、その人物は耳元を寄せてきた。
今にも途切れそうな、苦痛と何故かちょっとした快楽に身を浸し、ゾロは唇を震わせた。
ああ。海だ。
「きらきらきらきら自己主張しやがって、ウゼェったらありゃしねぇ」
目ェ、眩むんだ。
ゾロはそういって、瞼を閉じた。
「そんなんなくても、わかんだよ」
なあ、知ってたか。
いつだってちゃんと。
わかってたんだって、ことを。