百万回目の告白。







百万回目の告白。





「………………」

サンジはくるりときびすを返した。
そして輪を抜けようとするサンジに、ディフェンは一瞬、声をかけられなかった。

いつものように長いストライドで去っていくその背中を呆然と見詰める。
その数秒後にやっと、ディフェンは我に返りサンジを追うことができた。

「サンジ!」

スマートなサンジの歩き方とは対照的に、集まってくる人ごみを無理矢理力で押し返し掻き分け、ディフェンは必死に進んだ。

「サンジ!」

迷惑そうな通行人の瞳を気にも留めず、ディフェンはサンジの腕を掴む。
降ってきた視線は、冷たくはなかった。
いつもディフェンに向ける目だ。本当に、いつも通りの目だ。

だから、余計にぞっとした。

「サンジお前───」
「俺はアイツに同情なんてしねぇよ」

ディフェンの言葉を遮って、サンジはそう言った。

「好きなだけ恨みかって好きなだけ溜め込んでたのはアイツの勝手だろ」
「…………………なんだよ、それ」

どうしてそんなに冷たくなれる?
いやどうしてそんなに───無関心に、なれるのだ?

ディフェンは立ち尽くした。

サンジは再び港に背を向け、歩き始めている。

「なんなんだよ…………」

これは遊びじゃなくて、現実なのに。
あの男は、冗談じゃなく、今、この場所で。

なぶり殺しにされようとしているのに!

ディフェンは再び走った。
後ろから殴りつけようとして、予想通りだがあっさりと回避される。

サンジは今度は振り返りもしないままだ。

「アンタ馬鹿だ!」

悲しくないのに、目が潤んだ。
これは怒りに違いないと、ディフェンは感じた。

どうしてうまくいかない?

何か、何かを間違えているような気がする。
ディフェンは再びサンジに殴りたかった。どうしても、その歩みを止めたかった。

どんどん離れていく。

「馬鹿!止まれよ!!止まれったら」
「…………………ディフ」

気配だけで拳を再びかわし、呆れたようにサンジが呼びかける。
それはディフェンの衝動を抑える役には立たない。

「………なんでだよ」

ディフェンは最終手段として、持っていた荷物を道端にぶちまけようとした。
予想通り、すかさず伸びてきた手に阻止されたが。

聞き分けのない子どもを見るようなサンジの視線を、ディフェンは真っ向から弾き返した。

「───人の命より食材のほうが大事か」

サンジの目が細まる。
心臓の音がうるさくて、ディフェンは大きく息を吸い込んだ。

「奇麗事を見るなよ!」
「キレイゴト?」

意味がわからずに、サンジは問い返す。

「───あの人のこと信頼して見守ってんのかもしんないけど、そんなカッコつけなんて大馬鹿だ!!」
「……………………」

信頼?
半ばあっけに取られて、サンジは瞬きをした。
いささかうんざりもしていたかもしれない。

そのようなものではないのだ。

「………それとも、あれは───あれはあの人の戦いだからなのか」

ディフェンは何とか理由を見つけようとしている。
興奮に息切れしながら、それでもじっとサンジを見据えて問いかけた。

「自分が手出しなんてしちゃいけないと思ってるのか!?相手のプライドが傷つくから!?」

全然違う。
サンジはすんでのところで溜め息を抑えた。これ以上この場で興奮されると面倒だった。
ディフェンの糾弾は止まらない。

「そんなの、そんなの考えて気にしてる場合じゃないだろ!」
「…………………………」
「だってあの人」

海賊狩りの、ロロノア・ゾロ。

「前はどんなに強かったか知らないけどさぁ…………!」

ディフェンの声は、心には響かない。
皮膚の上に薄い膜が張っているようだ。
ぴたりと嵌る呼びかけでなければ、何かを感じることもない。

最後まで。
最後まで揺らがないのは、絆などではなく。勿論仲間意識や情でもなく。

「もう、戦えないんだろ!?ボロボロだって、言ってたじゃないか!呼吸も満足に出来ないって」

ディフェンは、何度同じ事を叫べば気が済むのだろうか?殊更に連呼しなくとも、事実は事実だ。
サンジは、目を逸らしているわけではない。

揺らがないのは想いではない。夢ではない。信念だ。
ゾロがゾロであるということだ。
サンジが、サンジであるということだけ。

只、望んだ在り方を望むから。

ディフェンの訴えが途切れるのを待たずに、サンジは極めて平坦に言った。

「ああ、そうかもな。アイツは負けるだろうよ」

(俺は)
(あの男がどんなときもどんな相手でもどんな場合だって最後には勝てるなんて、そんな夢物語はコレっぽちも信じちゃいねぇ)

「負けて、死ぬだろうな」

サンジの薄い青い色の瞳には、何の変化もない。
只あるがままの事実を、淡々と。

「なんでだ………」

理解できない、とディフェンは首を振った。

「仲間だったんだろ!?………今も、仲間なんだろ!!」

ディフェンは泣きそうな目でサンジを見た。

お前はそんな奴じゃない筈なのに。
その強さは、守るためのものだと言ったじゃないか。

ディフェンが耐えられないのは、ゾロの死そのものではない。
サンジが、誰かを見捨てるということが。
この男が、守ることを放棄する。なんの、理由もなく。

どうして。
こんなことが起こる?

「………なんであの人がここまで来たのかお前ホントにわかんないのかよ!?」

ディフェンは顔を歪めて喚いた。
サンジは答えない。

「────最後だと、思ったからだろ」
「………………………」

この辺鄙な地。
グランドラインの外れの外れ。
知らなければ辿り着けないような、遠い海に。瀕死の体で。血まみれの足を引きずって。

何を思って。
何を想って。

この、海に。

「もうダメだって思って、必死でここまできたんだろ!」

最後に、最後に。
辿り着いたのがここだったと。

そう思ってあげたって、いいじゃないか。