胸の真ん中を、遠慮なく、とても小さくてとても熱いものが通り抜けていった。
それはゾロの肉を抉り抜き、肺を突き破って、ぶつん、と何かの線を引き千切った。

「────」

浮いた体が水平になり、ゾロの目が天頂を向いた。
世界の全てに突き刺さる日の光が、ゾロの眼底までを真っ直ぐに貫いて、ある種の暴力のように焼き付いた。

他のものがもう二度と目に入らないほど、狂気的に鮮烈だった。

















『一億光年の光。』


















ぱちり、とぜんまい仕掛けのようにはっきりと、一度で瞼を開けて、ロロノア・ゾロは覚醒した。

そのまま無造作に起き上がろうとするのを、きんきんと高い声を上げて角の生えた毛糸玉が制して来る。
見れば、ゾロの胸には大げさなほどの包帯がぐるぐると巻かれており、頭が少しくらりとしたので貧血気味でもあるらしい。

そうか、怪我をしたのか、と他人事のようにゾロは了解した。
理解すれば、自分の息から血のにおいがする事にも気付く。

毛糸玉は見る見るうちに大きくなると、人型になった手をゾロの目の前に翳して来た。

「見えるか?指が何本かわかるか?」
「──3本」
「自分の名前がわかるか?」
「──ロロノア・ゾロ」
「俺の名前は?」
「──チョッパーだろう」

簡単過ぎる質問にさらさらと答えてやれば、毛糸玉──この船の船医であるところのトナカイは、少しだけ安心した表情を見せた。
ゾロの寝ている寝台──女部屋だ──の枕もとの小さな椅子に座ったまま、なにやら紙に書き付けている。タルト、と言うらしい。いや、カルタ、だったか。

「銃創は上手く処置出来たから、ゾロが大人しくして傷が塞がれば問題ない。でも、頭の方が──」
「頭?」
「階段から落ちたんだ。しかも、下で伸びてた奴の胴鎧に頭をぶつけて……側頭部を陥没骨折した。頭蓋内もちょっと損傷してて……脳の圧迫も結構あったから、重傷だ」

ゾロは寝台の汚れを確認しながら(後で航海士に厭味を言われるのは自分だ)、額を触り、そこにも包帯があることを知った。
頭蓋骨は横や後ろからの衝撃には弱いんだよな、と、ぶつぶつと医者らしいことを呟きながら、チョッパーが再びゾロに向き直る。

「重傷にしちゃ、平気だがな」
「そりゃあ、脳味噌に痛覚はないからな。でも頭は繊細な場所だから、平気なようでいて見えない後遺症が残ったりするんだ。キチンとチェックするんだから、いつもみたいに『面倒臭い』とか『必要ない』とか言わないでくれよ」
「わかった」

大人しく了解すると、チョッパーが意外そうに目を瞬かせた。
ペンを器用に操って、トッテへの記入と同時並行で質問してくる。

「体に何か、痺れみたいなものはあるか?」
「ない」
「頭がぼんやりしてたりするか?」
「いや、むしろすっきりしてるな」
「視界に異常はないか?」
「普段通りだ」
「記憶は途切れてないか?撃たれたときのことを覚えてるか?」
「不覚だった。鍛錬が足りねぇ」

一通り問診をして、一応安心したのか、トナカイは椅子を下りた。

「……今のところ大丈夫みたいだけど、何か変だなと思ったらすぐに俺に言ってくれ」
「わかった」
「勝手に鍛錬にしちゃ駄目だぞ?寝てろよ?」
「わかった」
「じゃあ俺は、みんなにゾロが目を覚ましたって伝えて来るから……飯が食えるようなら、サンジに何か作って貰うけど」
「食う」
「……ちゃんと寝てろよ?」
「ああ」

食欲はあったし、怪我の重さがいまいちゾロには良くわからない。
それでも、トナカイがそういうなら寝ていた方がいいのだろう。ゾロは頭をゆっくりと枕に戻した。すると、すぐ傍の本棚に、ゾロの刀が三本とも並べて立て掛けてあるのが見えた。

ふと思いつき、部屋を出て行こうとしていたトナカイの背中に声を掛ける。

「おい」
「何だ?」
「診察が要らなくなるまで、どれくらい掛かるんだ?」
「……お前達は一種異様なくらい怪我の治りが早いから、順調にいけば多分、一ヶ月もしないと思うぞ」
「そうか」
「順調にいけば、だからな!勝手に動いちゃ駄目だぞ!喧嘩も禁止だ!」

どれだけ信用がないのだろうか、とふと思いながら、ゾロはまた頷いた。
それを確認してから、トナカイが女部屋を出て行く。

「────」

頭上から歓声が聞こえてきて、彼らがゾロの覚醒を喜んでいるのが知れた。
船長を筆頭として、この船の乗組員は皆、基本的に善人であり、辛い過去がある分陽気で明るい。後ろ暗い稼業を営んでいた考古学者でさえ、悪い奴ではない。既に、充分にわかっている。

いい船だ。いい船長であり、いい仲間だ。言葉を選ぶ必要もなく、断言出来る。


だが、それだけだ。


「一月か……無駄な時間だな」


ゾロはそう呟くと、目を閉じた。鍛錬を禁止されては、睡眠と食事以外にすることがないので。

海賊稼業は性に合わないという事はなかったが、ゾロは陸の上で育った人間である。陸に戻れば、またそれなりにやっていけるだろう。
船長の説得が面倒だとは思ったが、ゾロは予定を変えるつもりはなかった。

自由になれば、船を下りよう。


頭の中から何かが欠落したことを──あるいは何かが与えられたことを、ゾロは自覚していた。
それが何かも自分で理解していたが、重大なことには思えなかった。