『Happy Deathday.』
「知ってたか、俺の性分」
要求に対する返答を求めたのだが、まったく違う話題を提供された。
しかしこの男の気まぐれはいつもの事なので、ゾロは問題を指摘せず、大人しく先を促した。
大体、サンジがこちらの評価など黙って聞いてくれる筈がない。外れていたならまだしも、図星でも突いてしまったら反行儀キックコースだ。
言ってやりたい事は多分沢山あるが、そんな危険を冒すほどでもない。
それに、ゾロは言葉の使い方が巧い方ではないから、口に出してもどうせ伝わらないのだ。自分でも良くわかっていない事など。
サンジは煙草の灰をぽとりと地面に落とし、宣言した。
「俺ァ守るって決めたら空き缶だろうが錆びたフライ返しだろうが死んでも守る」
「じゃ、約束もだな」
言葉尻を捉えて、ゾロはすかさず言い放つ。
今度こそ、望んだ答えが返ってきた。
「──ああ。守るぜ」
サンジはゾロの目を見据えて言った。
「だからさっさと帰って来やがれ。俺だってやる事はあるし、そんなに待てねェ」
「さっき守るって言った二秒後にそれか」
「守るさ。クソ藻類との種族を超えたミラクルな条約だ、珍しさだけでも保護の価値はある」
サンジはニヤリと笑った。
「ただなァ……契約には、時効ってモンがあるんだ」
「契約じゃねぇ。約束だ」
「似たようなモンだ。不服なのか?すぐ終わらせる自信がねェってのかこのクソ迷子。俺はテメェが迷う時間も計算にいれなきゃならねェのか?」
屁理屈とそれにも増してのさばっている罵倒をゾロは軽く聞き流した。今は時間が勿体無い。
有り得ない平穏さで、ゾロは爆弾を投下した。
「生きて帰ったら、惚れてやろうか」
ぺらぺらと良く回っていたサンジの舌が、完全無欠に停止する。
「いや、もう惚れてるか」
沈黙は長かった。
しまった、とサンジは思い、余裕に見せた言葉を放る。
「誰が?」
もしかしてここに居るのはゾロに良く似た影武者なのだろうか。
真剣にそんなことを考えて、サンジは止まっていた呼吸を気付かれないうちにこっそり回復させる。
(おかしいのは──オカシイのは、俺もか?)
外面には欠片も同様を響かせず(固まってしまったのは確かに不味かったが)、サンジは混乱の極みに居た。
自分なら、『サンジ』なら、こんな台詞を言わせたままにしておくはずがない。一秒で振り下ろす革靴はどうした?
らしくない。らしくない。この空間自体、そもそもらしくない!
サンジが混乱している間に、ゾロはあっさりと返事をしてきた。
「お前が」
「……誰に?」
「俺以外に誰かいるのか?」
「死ね」
今度こそ考える間もなく、サンジは脊髄反射で踵を降らせた。
ミホークに手間をかけさせるまでもない、今ここで海の藻屑になるのが一番良い選択肢だろう。
がしん、と黒鞘でいつものようにそれを受け止めて、ゾロは意趣返しのようにニヤリと笑った。
「冗談だ」
「ったり前ェだクソ!」
腹立たしい。
サンジは荒々しく煙草を吐き捨てて怒鳴った。
「つかテメェそろそろ人間語を覚えろ!思いっきり文法間違ってんじゃねぇか!この馬鹿、クソ、宇宙マリモ!」
「いや意味わかんねぇし」
「あああこの人間型自動剣振り機め、ビューティフルなプリンスのワンダホーなお言葉を賜って」
「おい聞け馬鹿コック。ダーツ」
「理解できねぇとは猫に小判、豚に真珠、ルフィにナミさんだ!」
「聞けって」
「ふざけんな馬鹿ボケああもう俺と同じ場所に居るな俺と同じ空気吸うな、肺が緑色になる」
「お前の肺はとっくに真っ黒だグルグルコック」
「おお偉大なる海の神様、ここに何をトチ狂ったか突然変異して海水に適応してしまった可哀想な淡水藻類が居ますが、彼の世界はここではありません」
「……確かにお前とは違う世界に住んでるが」
「可及的速やかに自然に戻してやってください具体的には俺の行動範囲には一生入らない北のA湖とかにエコエコアラザクエコエコアラザクビビデバビデブー」
「電波を受信するな」
ゾロは待っているのも馬鹿らしくなってきたので、サンジの襟首を掴もうと手を伸ばした。
「何しやがる」
しかしそういう行動には素早く反応するのか、サンジはするりとかわして睨み付けてきた。結果、口を閉じさせることには成功したのでゾロはそれで満足する。
「待ってろ。長い間じゃねぇ」
「そりゃそうだろ。こっから隣の島まで一日もありゃ往復出来んだからよ」
はあ、とサンジは溜息をついて付け足す。
「どっかの誰かがいきなり逆走とか始めなきゃあな」
「…………」
黙り込んだゾロを憐れみのこもった視線で見遣り、サンジは肩を竦めた。
「一年」
「は?」
すらりとした料理人の長い指を額につきつけ、サンジは憎たらしく笑った。
「一年待っててやるよ。たとえ、テメェが迷子になっても」
どれだけ長く見積もっても、一年あればグランドラインだって一周して来れるだろ。
「この島の名前を覚えとけ、クソ剣士」
只、何もなく笑う顔を見て。
なんでこんなに胸が苦しいのか。
「テメェをここで待っててやるよ」
そして、一年が経った。