ユーバーは、今までに自分が儲けたチップの額を軽く目算した。
大体、3000ポッチと言ったところだろう。子供の小遣いとしては行き過ぎの額だが、ユーバーにとっては惜しくもなんともない。
それよりも、シーザーの死に様と、それを報告したときのアルベルトの顔を想像して、悪鬼はくつりと笑った。
もしも15000ポッチ稼がれても、少々アルベルトに悪戯してやればいいだけだ。シーザーに──彼の人生に、付き合う気はない。
「……まあ、頑張ることだな」
この小さな氷が完璧に融けきるまでに、何度勝負が出来るかわからないが、二桁に届けば御の字だろう。
ユーバーは台から一歩離れ、傍観の姿勢を見せた。
正直──シーザーの賭け方にあまり興味はなかったし、シーザー自身に関しても同様だ。
明らかに、未熟。
精神論に興味はない。ユーバーを使役したいなら、ユーバーの望みをかなえられるだけの度量が必要だろう。
度胸、とか勇気、といったものに、ユーバーは価値を見出さない。分の悪いときは退くのが道理。
それがわからないものは死ぬだけだ。だから、ユーバーは今も生きている──例え、主を裏切ることがあっても。
運に頼るような軍師を誰が信用するもののか。
男気、といったか?そんなたぐいは、リーダーが備えていればいいことだ。軍師は、仁義や信義にとらわれてはいけない。
時に、薄汚い策略の全てを引き被り、勝利をもたらさねばならないのだから。その栄光は、軍主に輝くとしても。
シーザーは、チップを三つの山に分けると、そのうちの一山を奇数に賭け、一山を横2列に含まれる6つの数字(の25~30に賭け、一山を手元に置いた。
2分の1の確率で1000ポッチを儲け、6分の1の確率で5000ポッチを儲ける。12分の5の確率で、賭け損だ。
賭けを締め切り、ディーラーがルーレットを回す。
慣れた動作で投げ入れられる玉が銀色の奇跡を残して円を描く。
だがそれも束の間、摩擦の激しいルーレットの中で、玉は瞬く間に勢いをなくし、転がり、停止する。
幾本もの視線が見守る中、それはひとつの数字を選ぶ。
「──黒の17」
ため息と歓声がそれぞれから立ち上る。シーザーは反応しなかった。
1000ポッチ巻き上げられ、1000ポッチ儲けた。差し引きゼロ。
ユーバーは鼻を鳴らした。
「随分面白みのない賭け方だ。間に合うのか?」
「──確かにな。これじゃ、アンタを楽しませられないか」
シーザーは、短い間逡巡した。
思い切ったように顔を上げると、手元の山を全て赤のゾーンに移動(させる。
ユーバーはさらに呆れた。
この子供は、どうしてこんなに浅はかなのだろう。本当に、アルベルトの弟か?
「……安い挑発に乗るのも、どうかと思うがな」
「どうしろってんだよ」
ユーバーは他には聞こえないように落とした声で言った。
「2分の1の確率で失っても構わないほど、安い命なのか?俺にはどうでもいい事だがな」
「……安売りはしてないつもりだけどな。お前の気位が高すぎるんだろ。高級娼婦じゃあるまいし」
「殺すぞ」
「俺が負けたら、な」
ユーバーは舌打ちした。
可愛げのなさだけはアルベルトと張る。
「結構、緊張するな」
「この程度でか。戦場に出れば、賭けるのはお前の命だけではないぞ」
「……わかってる」
「それでも諦める気は、無いのか」
「おう」
聞こえよがしにため息を吐いたが、シーザーは反応しなかった。
じっとルーレットを見詰めている。
まったく、人間はくだらないことを考え付いて自分の首を絞めるものだ。
こんな玉転がしの結果が赤になったか黒になったかで──本当にそれだけで、命運が決まってしまう者がどれ程いるか。
まったく、愚かとしか言いようが無い。
放り込まれた銀の玉が回るのを、皆が固唾を呑んで追う。
同様にそれをじっと見詰めながら、シーザーがぼそりと言った。
「……俺はこれをわかっておかなきゃいけない」
「これ?」
「運命の気紛れに弄ばれる、恐怖にさ」
「どういう意味だ」
ボールの速度がだんだん落ちていく。
シーザーは、握った右手を緑色のフェルト地に軽くこすりつけた。
何の気なし、といった風に、悪鬼に語りかける。
「お前は簡単には死なない」
「当然だ」
「アルベルトもそうだろ。そんな簡単に──死んだりしない」
「……」
シーザーは振り向かず、銀球を見詰めたままだ。
その背は痩せて小さく、ユーバーは、初めてシーザーの「ちっぽけさ」というものをリアルに実感した。
「強い奴は自分で自分の命を守れるし、頭のいい奴だってそうだ。権力があれば尚更」
「何が言いたい」
「普通の人間は死ぬんだよ」
赤か黒か。
右か左か。
晴れか雨か。
男か女か。
敵か味方か。
どんな小さな理由でも、死ぬことは幾らでもある。
そしてそれを自分で選ぶことすら出来ない。
「こんな──些細な事でも」
勢いが失せ、急速にスピードが落ちる。
からん、と、低い枠を乗り越えて玉が移動する。
からん、からん。
赤。黒。赤──
「運命を選べず、死ぬんだ。アルベルトやお前が、数で理解する駒たちは」
黒。
「──わかっておかなきゃと思うんだ」
ユーバーはグラスの氷に目をやった。まだ時間はあるようだった。
ならばもう少し長引いた方がいい──そう思ったのを読んだように、玉はもうひとつだけ障害物を乗り越えた。
張り詰めた空気が弛緩する。
「赤の3」
+++ +++ +++
ふん、とユーバーは鼻を鳴らした。
倍に増えたチップを見遣る。それでもまだ、6000ポッチ程度だ。
気配が伝わったのか、シーザーは振り返らず訊いて来た。
「……ちょっとは、楽しかったか?」
「貴様が、手のひらの中にチップを隠し持っていなければ、もっと楽しめたかもしれないがな」
ユーバーはせせら笑った。
それは確信だった。しかし、予想に反してシーザーは肩を竦めただけだった。
握っていた右こぶしを持ち上げ、開く。
そのまま回転させ、手のひらを下に向ける。
そこには何も無かった。
「……隠してねえよ?」
意表を突かれて、ユーバーは少しだけ目を見開いた。
安全策をとっておく。それは当たり前の事だった。疑う余地などない筈。
最悪の事態を予想して、手を残しておくのが策士の習い。いや、策士でなくとも──普通、保険を全て切り捨てることなどしない。
チップ一枚だけでも残しておけば、命はつながる。全部か無かなどに賭けるメリットなど無いと思う。少なくとも、今は。
だからユーバーは、疑いなくそう揶揄ったのに──2分の1だと?本当に?
無意味だ。
まさかこれ程、と思う。
これ程愚かな癖に──どうして軍師などを夢想する?
向いていない所の話ではない。こんな調子で策を立てられたらたまったものではない。気違い沙汰だ。
「貴様……」
「ちょっとは、楽しかったかよ?」
シーザーは俯いた。
もとより後ろからではその表情は伺えなかったが、ユーバーはある疑念を抱いた。
麻薬によって理性を失っているのではないか?
もしくは──
「俺は、自棄になってる訳じゃあないぜ」
思考を読んだように、シーザーはそう言った。
手早くチップを分けると、一番初めと同じように賭ける。2分の1の確率で2000ポッチ、6分の1の確率で10000ポッチ──充分、目標に手が届く額になる。
ディーラーが盤を回し始めた。
+++ +++ +++
ユーバーはグラスに目をやると、唇を歪ませた。
最早氷の粒は視認が難しくなっている。
「時間が無いぞ」
「……わかってる」
シーザーは毒づいた。
「嬉しそうな顔しやがって」
「小生意気な餓鬼をもうすぐくびり殺せると思えば、仕方の無いことだ」
シーザーの手元には、8000ポッチ程。
一度は12000ポッチまで伸びたのだが、勿論そううまく行く方が珍しい。
氷はみるみる熔けていく。小さくなるほどに、加速度的に。
これがラストになるかもしれない。
シーザーはかぶりを振ると、7500ポッチを素早く数えて、黒のゾーンに押しやった。
そうするしかないだろうな、とユーバーも思う。
2分の1。
2分の1の確率で、自分は賭けに負ける。
だとしたら、シーザーは随分と頑張ったのだろう。
自分の命をチップに、ここまでこぎつけた。賞賛する気にはなれないし、むしろユーバーにしてみれば呆れるばかりなのだが。
聞こえないように口の中で呟く。
「……よくやる、とは思うがな」
ぼんやりとしているうちに、いつの間にかルーレットが回っていた。
ユーバーの発達した動体視力では、今この瞬間玉がどの数字の上にあるかも簡単にわかった。
2分の1の確率で死ぬ覚悟が自分にあるかといわれたら、答えはNOだ。
ユーバーはそんなことになんの美意識も見出せないし、そこまでむきになる気持ちもわからない。
わかっているのは、アルベルトを追わない方がシーザーは幸せになれるということだ。
アルベルトを追うから──
「赤の19」
こんなところで、ユーバーに殺される羽目になる。
+++ +++ +++
ざあ、と音を立ててディーラーの元に回収されるチップを、ユーバーは目の端で見送った。
こんなものだと思う。どれ程粋がっても、所詮は全て運頼みのやり方なら。
「賭けは終わった」
だが──ユーバーにとってのショータイムはこれからだ。
一歩踏み出しシーザーの脇に立つ。
台に突いた震える手首をつかみ上げ、悪鬼にふさわしい表情でユーバーは笑った。
「行くぞ」
シーザーは、ゆっくりと首を振った。
ユーバーの眉根が寄せられる。
「貴様、今更──」
別に、ユーバーは時と場所を選ぶ必要は無いのだ。
せめてと気を回してやったのに。
ユーバーは左手に力を込めた。
まずは手首を握り潰し、千切ってやろうか。
シーザーは気配を察したのか、普段とは見違えるくらいの敏捷さで、グラスを悪鬼の前に突きつけた。
そこに浮く──今や小指の先ほども無い、ひとかけらの氷を見て、ユーバーの眉間にしわが寄る。
「……それがどうした」
「まだ、終わってない」
新緑の瞳がまだ力を失っていないのを見て取って、ユーバーは舌打ちした。
まだるっこしいことこの上ない。
「後一度を許したとして、お前に何の策がある」
「これさ」
シーザーは左手を開いて見せた。
五枚──たった500ポッチ分の、チップ。
それがどうした。
ユーバーが口に出す前に、シーザーは真剣なまなざしでこう言ってのけた。
「……お前が好きな所に、賭けてくれ。倍率36倍の、一点掛け(だ」
ユーバーは一度目を閉じた後、疑り深い眼差しを向けた。
「何を企んでいる」
「特に何も」
「……シルバーバーグの台詞とは思えんな」
ユーバーは目を眇めると、シーザーの手のひらからチップを取り上げた。
「俺が責任を感じるなどと思うのはお門違いだぞ」
「まさか。そんなつもりじゃねえよ」
シーザーは悪鬼にそんなことを期待してはいない。
どうか、どうか──と思いながら、唇の震えを押さえてこういうのが精一杯だ。
「俺の運命を、お前に賭けるのも悪くないと思ってね」
+++ +++ +++
ユーバーはルーレットと、その中で回転する玉ではなく、グラスの中の氷を見ていた。
それが、完全に、水の中に消えて溶け去るのを。待ったは一度で充分だ。
シーザーも、盤ではなく、ユーバーが賭けたそのチップ、それが示す数字を見詰めている。
「……くだらん」
シーザーの提案に乗る気になったのは気まぐれだ。
確かに氷は溶けきってはいなかったし、38分の1の確率だとしても──このルーレットには「0」と「00」の目がある──可能性はゼロではない。
ならば、この一度は反故には出来ない。それはそうなのだが。
38分の1か、と悪鬼はつまらなく思う。
スリルなど、全く楽しめなかった。ユーバーにしてみれば、五分ほどシーザーの寿命が延びただけだ。
まさかこの土壇場で、38分の1の当たりくじを引けたなら、それは最早奇跡と言ってもいい。それこそ、アルベルトにシーザーが追いつくようなものだろう。
「くだらなくなんかねぇよ」
悪鬼の隣で、人間が反駁する。
「──確率って言うのは魔物さ。ユーバー、お前なんかよりももっと奇妙だ」
只の水を満たしたグラスを干して、シーザーはそう呟いた。空になったグラスを、ユーバーに手渡す。
どれ程見込みが低くとも──通る可能性はあるのだ。
どれ程望みの薄い道でも。
「二十七回連続、黒が続く事だってこの世にはあったんだぜ?」
ゆっくりと、ゆっくりと。
回転盤の速度が落ちる。
ユーバーはルーレットに意識を移す。
転がる玉の、数字を追う。
赤の7黒の28赤の12黒の35赤の4黒の2──
こんな確率になど、自分は賭ける気にならない。
いくら──可能性があっても。
黒の20、赤の14、黒の31、赤の9──
「……馬鹿馬鹿しい」
赤の34。黒の6。赤の27。
ゆっくりと──ルーレットが止まる。
ディーラーがそれを見て、皆に聞こえるように宣言する。
「──赤の、1」
落胆する声、歓喜の声、様々にいつもどおりの音が台の上に溢れ──
ぐしゃり、とユーバーはグラスを握り潰した。
割れたガラスの破片が、絨毯の上に降り注ぐ。
幸いにして、周囲の人間はシーザーの元に返った18000ポッチ分のチップに気を取られていたために、それには気がつかなかった。
シーザーだけが苦笑する。ユーバーは苦虫を噛み潰したような顔で、小賢しいシルバーバーグを睨み付けた。
「……まあ、こんな事もあるって事だ」
シーザーは山になったチップの中で指を遊ばせると、ニヤリと笑ってユーバーを見上げた。
いくらユーバーでも、これ程のコインを、誰にも影響を与えず、見咎められずに処理することなど出来ないだろう。簡単に、握り潰せる量ではない。
「だから、俺に賭けてみないか?ユーバー」
「黙れ糞餓鬼」
ユーバーはシーザーの肩に手を置いた。
「っ」
軽く置かれたように思えたその手に、万力のような力が宿っているのがわかるのは、当のシーザーとユーバーくらいだろう。
痛みに、シーザーの顔が歪む。
「そんな口説き文句が言えるとは、厚顔にも程があるぞ」
「ちょ、オイ……!」
「よくもこの俺を謀ってくれたな」
やばい、とシーザーは冷や汗をかいた。
傍から見れば、連れの幸運を祝っているような表情で、ユーバーはシーザーにしか聞こえない声で囁いた。
「──イカサマを、したな?」
こんな偶然があるわけがない。そう呟いて、ユーバーは笑った。
シーザーは何とか冷静な表情を作って、言い逃れようとした。
「いや、これは、俺の男気を神様が汲んでくれた結果。もう純粋にそれだけ」
「早く吐かないと、そのうち腕がもげるぞ」
ユーバーは本気だった。
シーザーはそれを見て取ったが、悪足掻きをしてみる。
「だって、どうやってイカサマすんだよ……出来ないから、お前この勝負を選んだんだろ!?」
ルーレットを選んだのも、台を選んだのも、ユーバーだ。
シーザーはチップを賭けただけで、ルーレット盤に触れてもいない。
「それはわからん」
「なら」
「だが、貴様はイカサマをした。それは確かだ」
「言い掛かり……!!」
「腕は要らないようだな」
みき、と肩の骨がきしむ音が脳天に突き刺さり、シーザーはとうとう白旗を上げた。
「わ、わかった!わかりましたっ!」
身をもぎ離すと、ユーバーはあっさりと手を放した。
赤い顔で肩を擦るシーザーの回復を待たず、ユーバーは尋問を続けた。
「で、どうやった」
しぶしぶ、といった調子で、シーザーは口を開いた。
あたりをはばかる小声。
「──あのルーレット台には細工がしてあって、ディーラーの好きな目で止められるんだよ」
「……」
「勿論、普段は使わないぜ?まあ、最終的に少し賭場側が勝つようにだな、保険というか」
「そんな言い訳は良い」
ユーバーは、眇めた目をさらに細めて問い詰めた。
「……何故、ディーラーが貴様に協力する?」
「えーと……」
にへら、と緩んだ笑みを浮かべて、シーザーは白状した。
アルベルトにチクるなよ、と付け足して。
「……実は俺、この賭場のオーナーだったりして……」
シーザーはギャンブルに手を出すほど愚かではなかったが、経営するくらいには馬鹿だった。
+++ +++ +++
夜の道を、悪態をつきながらユーバーは歩いていた。
変化はすでに解いている。いつもの神父服姿だ。
「……何が確率は魔物だ。この詐欺師めが。どうやったところで貴様が勝つ仕組みではないか」
「イヤ、百万ポッチを、三ヶ月で、五倍なんて、ちょっと黒い、商売でも、しないと」
襟首を掴まれ引き摺られたままの体勢で、シーザーが答える。
シャツの襟が呼吸を阻害しているため、どうしても言葉がつっかえつっかえになる。
「つまり、アルベルトの、せい」
「どんな理屈だ。まったく兄弟揃ってろくでもない」
憤慨しながら、ユーバーは掴んだ襟首を前方に放り投げた。
ゴミ収集所に墜落した赤毛から、痛え、とうめき声があがる。
「俺を納得させるような申し開きがあるか?」
「……イカサマは、バレなきゃアリ」
ゴミ袋の上でぶすくれた顔をしてのたまう若僧に、反省の色は無い。
人を食った返答に、ユーバーは薄く笑った。
「結局、貴様は無謀な賭けはしなかったというわけだ──まあ許容範囲だな」
「え?」
「良かろう。貴様に少々、つきやってやる」
これは、単なる気まぐれだ。
ユーバーは別に、シーザーの可能性に賭けるわけではない。
この餓鬼は一体どんな顔をするだろうか──アルベルトを困らせることなど、実はひどく簡単だと言ったら?
「ど、どういう風の吹き回しだ?」
「素直に喜べ。一応、策士と認めてやったのだぞ」
「それだけ?」
重ねて問われて、ユーバーは首を捻った。
三秒ほど考える。
「後は……俺は、一人の人間とこんなに続けて言葉を交わしたのは多分、初めてだ」
「──アルベルトは?」
「奴は貴様ほど無駄口をきかないぞ」
ユーバーは4歩でシーザーとの距離を詰めると、腕を突き出して手のひらを下に向けた。
そこから金色の雫が滴り落ち、地面に波紋を広げる。
ずぶ、と自分の体が沈んだのを知覚して、シーザーは驚いた。
何処へ行こうというのだ。
ユーバーのペースは目まぐるしくて、ついていくのが難しい。
「まだ貴様は一人前とは言えん。鍛える必要がある」
にぃ、とユーバーは牙を剥いた。
自分をはめてくれた礼は、違う方法で返すとしよう。
アルベルトも、精々困るといい。それもまた、一興だろう。
腰まで沈んだ時点で、まだじたばたとしていたシーザーが、破れかぶれに呻いた。
もしかして自分は、手を間違ったのではないか?
今更ながらに、そう思った。
「オイ、どうすんだよ俺の借金は──」
「馬鹿か貴様は」
ユーバーは、全くくだらないといった風に、鼻で笑った。
「踏み倒せ」