目の前に鎮座した物体は皿の上に乗ってはいるものの、とても食べ物には見えない。
それは自分もわかっているので、シーザーは全力で目を逸らしていた。
溜息を吐いて、アルベルトが儀礼的に尋ねて来る。
「……これは何だ」
「煩いな、カネロニだよカネロニ!カネロニを作ろうとしたんだよ」
一応、「作ろうとして出来なかった」事はシーザーも自覚しているのだ。
アルベルトはまた一呼吸おいてこう言って来た。
「確かお前の好物だったな」
「二人分は食わないぞ絶対」
向かいの席の憎たらしい無表情を牽制するため、シーザーは半眼に目を細めた。皿が押しやられてきても断固ブロックするつもりだ。
けれどアルベルトは呆れたようにもう一度だけ溜息を吐いたあと、匙を手に取った。
一掬い口に運ぶ。
シーザーもそれを見習い、手を動かして見た。
「……」
予想通りに苦い。
アルベルトは全く表情を変えていないが、シーザーの顔は言葉よりも雄弁に歪んでいる筈だ。
次の食事はアルベルトに任せようか、とシーザーは凹みながら考えた。
試みたことはないだろうが、アルベルトは何でも器用にこなせるタイプだ。そう楽な方に逃げかけて、シーザーは考えを変えた。
一度そうしてしまえば、シーザーは二度と料理などするまい。マヌエラから聞いたレシピも無駄になる。
一週間もすれば、どうにかまともなものが出来るのではないかとシーザーは見当をつけた。わざとではないのだから、そう何度も料理を作ろうとして炭を作成することなど有り得ない。そして、流石に一週間で味覚が麻痺する事はない──後遺症も残らない筈である。
おそらく、アルベルトは文句も言わず、出されたものは食べてくれるだろうし。
それならば自分にもそれが出来ない筈はない。挫けそうになりながら、シーザーは次の献立を模索し始めた。まずは火を余り使わず、サンドウィッチ程度から始めるべきか。
そう決めると、シーザーは二口目の炭を食べた。水で喉に流し込みながら、視線を窓辺の鉢植えに向ける。
今更、この歳の離れた兄と、どんな話をすれば良いのかわからないのだが──
「なあアルベルト、お前あの花の名前知ってる?」
「──ベッリスペレンニスだ」
「それ学名だろ?普通は──」
「自分で調べなさい」
自分を子供扱いするその口調がシーザーは気に入らないのだが、言っていることは頷けたので渋々シーザーは追及を諦めた。
あれを買った花屋の主人にでも聞いてみよう。
根本的に姿勢が改善されていないことは棚上げしたまま、シーザーは皿を空にしようと奮闘し始めた。栄養がとれている気が全くしないが、流石に捨てるのは気がひける──アルベルトは食べていることだし。
血で染まった己の両手のこと、あるいは陥れた数々の命のこと、シーザーは忘れてはいない。
けれど、悪役には幸せな結末が許されないなどと、誰が決めたのかシーザーは知らなかったので(アルベルトはそんな古臭い勧善懲悪が好きそうだが)、世間一般の常識には従わないことにした。
更に言うなら、有能な者がその才を発揮するべきとは大きなお世話だと思うので、アルベルトにも精々何十年か分をまとめて怠けさせてやろうと思う。
何故そうするか?簡単なことだ。
世界は見渡せないが、シーザーは白い花の咲くその窓辺が気に入っているのだ。