帰還。












「お帰り」
「……………」

いつから執事は重犯罪人を気軽に家にあげるようになったのだろう?
シーザーはそう思ったが、とりあえずその疑問は棚上げした。コートを預けたばかりの使用人にくるりと向き直る。

「マディ」
「はい」

シーザーは息を吸い込んで冷静になってから、すべき事をはっきりと整理した。

「悪いんだが警備隊を呼んでくれないか」
「じゃあ買い物のついでに。夕食はカネロニで良いですかね?坊ちゃん」
「マヌエラ、警備隊は呼ばなくて良い」
「畏まりました。ティーセットをお下げしても宜しいでしょうか?若君」

にこにこと頷く老女。
シーザーの目がゆっくりと細められる。

「……マディ、殺虫剤は何処に閉まってあるんだっけ?」
「木の消毒の時期だから、庭に出したままだろう」

シーザーは毛ほども表情を動かさずに、問いかけなおした。

「マディ?」
「仰る通りだと思いますよ」

にこにこと微笑み続ける老女。
彼女はテーブルの上から茶器を取り上げ、ワゴンに移動させた。
シーザーのコートはきちんと畳まれ籠の中へ。旅の埃をたっぷり染み込ませてあるそれは、すぐに洗濯場行きだろう。

「先に忠告しておけば、お前には荷が重過ぎると思うがな」
「……………」

かけられた言葉を、シーザーはこれ以上ない程に見事に無視した。
その場に事情を知らない第三者がいれば、彼の耳が聞こえないものだと勘違いしただろう。
代わりにとりなすように問いかけたのは老女だった。

「何がですか?」
「一人であの殺虫剤の缶を持ち上げられるようなら、幼年学校の体力測定を泣いてズル休みしたりはすまい」

マヌエラは納得したように頷いた。

「確かにねえ」

そしてシーザーの方を見遣り、

「坊ちゃん、木の消毒はジョンがしますから心配しないでも」
「──イヤ、ちょっと別の用事に使いたいだけなんだ。コップに半分も要らないさ」
「コップに?坊ちゃん、何に使うんですか?」
「気にしないでくれ。ところでマディ、お客さんに出すお代りの茶、俺が淹れても良いか?」
「結構。お前が淹れる紅茶は不味い」

マヌエラが返事をする前に、別の方から声が返って来た。

「……マディ」
「はいはい、なんですか」
「なんかその辺に尖ったモンないか?アイスピックとか」
「キッチンに行けばありますよ。取ってきましょうか?」
「頼む」
「マヌエラ、ついでに何か固くて頑丈なものを──そうだな、銀の盆を持ってきてくれ」
「畏まりました」

マヌエラは深々とお辞儀をすると、ワゴンを押して部屋を出た。
そして扉を閉める。

彼女は変わらない微笑を浮かべながら、途端騒々しくなった室内を後にしてキッチンへ向かった。
久々に腕の奮いがいがある、ワゴンを置いたらすぐに買い物に出よう。
カネロニはあの二人の好物なのだから。