プロローグ。
夕日が沈む。
ささやかな風が丘を吹き渡っていく。
名も知らない白い花が群生しているその場所に、小さな人影が駆けていった。
そして立ち止まり、幼い手を伸ばす。
「シーザー、摘むな」
その声は少しばかり遅かった。
すでにその白い小さな花は、生命線を絶たれ彼の弟の手にある。
彼は溜息を吐いた。
「それは咲いているから綺麗なんだ。摘んだら枯れて終わりだろう」
いまだ学校に通う歳にもなっていない幼い弟に、彼はそう教えた。
弟は難しい顔になって、手の中の花を見つめる。元に戻そうか、と不可能なことを一瞬逡巡したようだった。
そしてそれから、弟はそっとその花を彼に差し出した。
「…………なら、これはアルベルトにあげる」
その時、彼の胸中をよぎった思いは一体何だったのか。
「アルベルトの為に摘んだんだ。そうすればこのお花もしあわせだろ」
素晴らしい名案を思い付いた弟の顔は、それこそ自分が幸せそうにほころんでいたから。
彼は、柔らかに微笑んだ。
そして弟の頭を撫でた。
夕日の射す丘。白い花の群生。
絵画のような景色の中で。